第22話 アスカVSセイラ
試合開始。
アスカちゃんは拳を胸の高さまで上げ、がっちりとボディを守っている。
対するセイラは腕をだらりと下げ、ノーガードだ。
アスカちゃんは体を振りながら遠間からセイラの懐に入る機会をうかがっている。
突如、アスカちゃんの頭を何かがかすめた。
蹴り。弧を描く軌道のハイキックだ。
「間一髪で避けたわね」
顔面へのパンチは禁止されているが、ハイキックは認められている。
即座にまっすぐのボディへのパンチが矢のように飛んできた。
当たったらひとたまりもない。
これは腕でブロックして防いだ。
「すっごー。あんな遠くからパンチが出せるんだねえ」
愛ちゃんの驚きに、麗艶さんが微笑む。
「顔面攻撃の認められていないフルコンタクト空手や今回のキッズ、ジュニア昇竜だと、距離を詰めてのド突き合いになることが多くて、どうしても防御がおそろかになりがちなのよ。でも、二人ともディフェンスがしっかりしているわね。若干、セイラに分があるけれど」
アスカちゃんもフェイントでパンチを打つふりをした。
届くか届かないかの微妙な距離で、様子を見計らい、今度は踏み込んでのボディジャブ。
続いてみぞおちへのストレートパンチ。
ところがどちらも軽快な足運びでかわされた。
「攻撃、当たらないんですけど」
驚く愛ちゃんに対し、麗艶さんは「当然よ」と言い切った。
「打たせずに打つ、がセイラの信条だから。打撃のディフェンス技術はうちのジムでもトップクラスよ。なんて言ったって、スパーでも私の攻撃をかわすくらいなんだから」
まだだ。
うちのアスカちゃんだって負けていない。
セイラめがけて右のパンチを二回打つ。一発目はよけられ、二発目は腕でブロックされた。
つづいて今度は、アスカちゃん渾身の右ハイキック。
低い身長ながらも、的確にセイラのこめかみを狙った。
けどセイラが上体をのけぞってかわした。
「悪くない戦法だけど、セイラは目が良いからスウェーバックでよけられたわね」
それでも負けじとアスカちゃんはボディのガードを固め、前に出続ける。
太ももへの蹴り、ローキック。
これは当たった。
そこから左ボディへのパンチ。
これは肘でブロックされた。
けれど、パンチの威力により、セイラはバランスを崩し、よろめいた。
「やるじゃん、アスカ」
愛ちゃんの言葉に麗艶さんはフフと微笑んだ。
「下段に攻撃を散らすのはたしかに良い方法ね。セイラは、ボディとハイキック以外に意識を向けなければいけなくなるから、かえって攻撃が当たりやすくなる」
今度はアスカちゃんが、足を左前から右前に入れかえる。
左左左。
左の連打を打っていく。
かわすかわすかわす。
セイラはことごとくかわす。
時折アスカちゃんはローキックを織り交ぜる。
何発か当たった。
ダメージの蓄積か、セイラのフットワークが鈍った。
そこへ、大きく踏み込んで左のパンチを叩き込んだ。
ついにセイラの鳩尾に直撃!
「よし!」
私の声と同時に、セイラが崩れ落ち、ダウンを喫した。
これには麗艶さんも切れ長の目を大きく見開いていた。
「顔面への攻撃が制限されているジュニアの部でダウンさせるとは驚きね」
愛ちゃんが私に聞いてきた。
「ダウンって顔面が多いの?」
「うん。私もさほど詳しくないけど、いままで観た映像だと顔面へのパンチで倒れる場面が多かったかな」
格闘技を始めてから、試合の映像をよく観るようになった。
そこで分かったのは、パンチで倒れるときは、頭部への衝撃で脳が揺れたときが多かったということ。
ボディは鍛えている選手が多いから、ちょっとやそっとじゃ倒れない印象がある。
倒しただけで終わらず、アスカちゃんは仰向けに倒れたセイラの上を取った。
ここからはグラウンドの展開だ。
「いけいけアスカ! 押せ押せアスカ!」
愛ちゃんの声援に負けじと、これまでどこか他人事だった麗艶さんが檄を飛ばした。
「どうしたセイラ! アンタの望んだ相手でしょ! このまま終わっていいの?」
セイラは下からじだばたしている。
まだ足で抵抗できる体勢だったが、そこから何もできないでいた。
「あーあ。グラウンドはまだまだ改善の余地ありね」
麗艶さんの言葉通り、セイラは立つでもなく、関節技を仕掛けるでもなく、防ぐので精いっぱいという印象だった。
アスカちゃんは、セイラの足をさばき、さらに有利なポジションに移った。
サイドポジション、そこから馬乗りになり、マウント。
上からセイラの左腕を両手でとり、胸の上で九〇度回転した。
セイラの体に対し、左腕が直角に伸びきった。
マウントからの腕十字だ。
「これは危険だわ」
麗艶さんが椅子から腰を浮かせ、少し身を乗り出した。
私も思った。これは、止めないと折れる。
セイラさんはなかなか降参しない。
でも苦しそうだし、腕が変な方向に伸びそうだ。
「ストーップ!」
レフェリーがようやく、アスカちゃんの肩をトンと叩き、試合終了を告げた。
アスカちゃんは腕十字を解除し、立ち上がった。
一ラウンド三分十二秒。新藤アスカの腕十字による一本勝ち。
セイラは両手を上げ、何やら叫んでいる。
外国語なのでよくわからないが、止めるのが早いと文句を言っているのだろうか。
ファックとか危ない言葉も混ざっていた。
「往生際、わるっ!」
愛ちゃんの率直な言葉にひやりとした。
けど麗艶さんは大人だった。
「アマチュアは安全面を考慮してストップが速いんだけど、今回のレフェリーは遅かったわね」
「セイラ、さんの腕、大丈夫ですかね?」
「ちょっと痛めたかもしれないけれど、折れてはいない、と思うわ」
そう言うと、席を立ちあがった。
「帰るんですか?」
「偵察に来ただけだから。アマチュアと思ってあなどってたけど、それなりの収穫はあったわ。アマチュア無敗の期待の新鋭、新藤アスカ。その長所と隣り合わせの弱点が分かったわ」
女王の意味深な発言が気になった。




