第21話 トラップクイーン麗艶
私は男二人組みがいなくなった頃合いを見計らって左隣の美女にお礼を言った。
「さっきは助けてくれてありがとうございました」
愛ちゃんも美女にぺこりと頭を下げた。
女性は含み笑いをこぼした。
「助けた覚えはないわ。私としても、勘違いして調子に乗っている輩は嫌いだから。あら、なかなかいい蹴りね」
青田さんの試合を観ながら美女は言った。
会場に響くほどの鋭い回し蹴りが相手の脇腹に炸裂したのだ。
数秒の間をおいたのち、響いてきたであろう痛みに耐えきれず、相手は脇腹を押さえて倒れ込んだ。
青田さんのKO勝ちだ。
会場からは「おお!」という感嘆の声がいくつか響いた。
私はぴょんぴょん跳ねながらはしゃいだ。
「すっごいキック。やったじゃん」
愛ちゃんもルールを知らないながらも、蹴りの凄さは分かったみたいで、興奮していた。
「二ラウンド目から距離感がつかめてきて、遠い間合いで闘うようにしたのがよかったわね」
レフェリーに腕を持ち上げられ、勝ち名乗りを受けると、青田さんは「おっしゃぁ!」とらしくない雄たけびをあげた。
「ところで、さっき男の人たちを追い払いましたけど、プロの格闘家の方ですか?」
問いかけられた美女は赤い唇に微笑をたたえ、切れ長の目を細めた。
「私を知らない人がいるだなんて驚きだわ。麗艶といえばわかるかしら」
現RFCストロー級王者、〝トラップクイーン〟麗艶。
そうか。現役のプロ選手。しかもチャンピオン。
だから男たちは逃げ出したのか。
「麗艶さんですか? そうとは知らず、すみません。私、格闘技を始めたばっかりで、詳しく知らなくて」
「気にしなくていいわよ。いずれ格闘技を知らない層も私のことを嫌でも知るようになるから」
言葉の節々からうかがえる自信は、慢心でもはったりでもない。
最高にカッコいいと思った。
不倫をしているということで、あまり良い印象を抱いていなかった。
でも直接対面すると、悪い人じゃなさそうに思えた。
実際、私と愛ちゃんを助けてくれたし。
あの男二人組みとは違う本物の風格があった。
「あ、ごめんなさいね。そろそろ、私のところの選手が試合をするから」
試合観戦に集中しようということだろう。
私と愛ちゃんは視線を再び試合会場に戻した。
金網に入ってきたのは、金髪ではないけれど、ややブロンド寄りの髪をセミショートにした白い肌の女の子だった。
パンフレットには九条セイラと書かれていた。ハーフだろうか。
「すごく綺麗」
愛ちゃんが感嘆の声を漏らす。
「綺麗なだけじゃない。強いわよ、セイラは。うちのジムの選手だし、今のところアマチュアの試合では負けなし。セイラの父も、強いボクサーだったわ。その影響か打撃が上手よ」
麗艶さんの選手紹介は自画自賛の体をしていた。
無料配布のパンフレットに目を通すと、年齢は私と同じ一四歳で、ボクシング歴五年、総合格闘技歴二年らしい。
私はこの次のリアクションに迷っていた。
素直に応援していいものか。
だって、続いて金網に入場したのは我らが神童、アスカちゃんだったから。
「アスカ! 頑張れー!」
私の心配をよそに愛ちゃんが声援を送ると、麗艶さんは微笑を浮かべる。
「あら? あなたたち、神童のお友達なのね。これはおもしろいことになってきたわ」
そうこう言っているうちに間もなく試合開始だ。
レフェリーの指示で互いに金網の中央に移動した。
こちらから見てアスカちゃんは背を向ける位置にいる。
小柄ながらもしっかりと筋肉の詰まった背中はカッコよく、頼もしかった。
大丈夫。アスカちゃんなら勝てる。
対するセイラという選手はセパレートタイプの衣服を着用し、腹部からのぞく肉体は見事な凹凸を作り上げていた。
肩周りの筋肉が発達しており、背はアスカちゃんより高い。
白地に青いラインの入った衣装で、右肩から腕にかけて龍の刺青が彫られている。
西洋のではなく、東洋の細長い龍に近かった。
「対戦相手、でかく見えるんだけど」
愛ちゃんの言葉に麗艶さんが答えた。
「普段のセイラの体重は、リミットの四八キロよりも八キロ上の五六キロ。そこから減量している。だから大きいのよ」
今回アスカちゃんが出場するのは、四八キロ以下の部だけれど、アスカちゃんの通常体重は四七キロなのだ。
どうりで体格に違いがあるわけだ。
「それってありなん?」
愛ちゃんのツッコミに麗艶は微笑した。
「ありよ。ただ、死ぬほど苦しいけどね。過度な減量は健康にも良くないし、私は止めたんだけど。セイラがどうしても、神童と闘いたいと言って聞かなくて」
それだけアマチュアでのアスカちゃんの活躍ぶりはすさまじいということだろう。
レフェリーが試合開始と叫ぶと、一旦アスカちゃんとセイラさんは離れた。
いよいよ始まる。アスカちゃんの試合が。




