第20話 一触即発
金網は二か所あり、私の席からはどちらも観ることができた。
開会式で、今回の主催者による挨拶が終わると、大会の始まりとなった。
オープニングは小学生くらいの男の子同士の試合だ。
キッズ部門で、アスカちゃんの出場するジュニア部門と同じく、顔面へのパンチは安全性の面で禁止されている。
判定決着となり、勝者の手が挙げられた。
私は思わず拍手していた。
会場からも喝采が巻き起こった。
「へえー。あんな小さな子たちも試合するんだね」
不意に聞き覚えのある声がした。
愛ちゃんだった。
「やっほー。アスカの応援に来たよー」
愛ちゃんは私の右隣に座った。
手には『アスカファイト』と書かれたうちわを手にしていた。
「来てくれてありがとう。一緒に応援しよ!」
「ルールとか分からんので、解説よろしく!」
「押忍! まかせて」
スマホでささっと、昇竜の公式サイトでルールの確認をした。
ルールは、四分一ラウンドで、決勝だけは判定で優劣がつかなかった場合、二分間の延長ラウンドが行なわれる。
ジュニア部門とキッズ部門は安全面を考慮し、プロの試合で認められているグラウンド状態の相手へのパンチ、いわゆるパウンドと呼ばれる技は全面禁止されている。
だんだん人が集まってきた。
観客は一気に増え、私の左隣にも人が座った。
試合を集中して観ていたので、どんな人かは定かではないけど、不意に薔薇っぽい香りが漂ってきた。
「いよいよ。青田さんの試合だ」
「ヒナの同門?」
「うん。真面目でとっても優しい人だよ。大学生なんだって」
「へえ、文武両道ってやつじゃん。かっこいー」
今回出場するうちのメンバーの中で、一番頬がこけていた。
この大会のために、体重を一〇キロも落したという。
一回目の計量が失敗したくらいだから、よほどギリギリだったに違いない。
過酷な減量を突破したのだから、勝って欲しい。
試合開始のゴングが鳴らされた。
青田さんの方が上背があるけれど、対戦相手の方が筋肉が詰まっている分、パワーがありそうだ。
開始早々、対戦相手が距離を詰めて殴りかかってきた。
これに応じた青田さんも前に出る。
互いに鼻先がこすれ合わんばかりの距離になった。
そうしてお互い至近距離で殴り合いをはじめた。
違う、そうじゃない。
青田さんの持ち味は、長い手足を使って遠い間合いから、パンチやキックを打つことだ。
そのとき私から見て右側、愛ちゃんの隣の席からあざ笑う声が聞こえた。
「あの青コーナーのひょろい奴、馬鹿だなあ。あんな長いリーチで接近戦をするなんて」
「素人なんだろうさ。なんていうか、レベルの低い試合だよな」
「所詮アマチュアなんてこの程度なんだよ。俺でもコイツらになら余裕で勝てる」
ガタイのいい男二人組みだった。
二人のうち一人は、タンクトップから太い二の腕をのぞかせている。肩に刺青があった。
もう一人は髪がなく、スキンヘッドだ。
青田さんは戦略ミスを犯していると、私も感じてはいた。
でも、それを何も知らない赤の他人に言われるのは腹が立つ。
それになんで・・・・・・。
すると愛ちゃんが親指で声のする方を指し示して代弁してくれた。
「ところでさあ、なんであいつら、あんなに偉そうなわけ?」
「たぶん、実際に闘ったことがないんだと思う。闘うことの難しさや痛みとかが分からないんじゃないのかな」
「最高にダサいよね」
声が大きかったのか、聞こえていたようで、ここから面倒な出来事が起こった。
「おい、聞こえてんぞ! 誰が闘ったことがないだって?」
刺青を肩に入れた男が、立ち上がるとこちらに近づいてきた。
髪の毛のない男もついでに立ち上がる。
「こいつはな、生ぬるいままごとルールじゃなくて、何でもありの路上の喧嘩で勝ってきてるんだよ。お嬢ちゃんたち、あまり怒らせない方がいいよ」
スキンヘッドが頼まれてもいないのに刺青男の紹介をしてきた。
おそらく二人とも、見た目からして三〇代前半に見える。
それで喧嘩自慢って。
私も愛ちゃんと同じ感想だ。
最高にダサい。それでも怖かったが。
とりあえず謝ろうとすると、不意に薔薇の香りが強くなった気がした。
「静かにしてくれないかしら。試合に集中できないんだけど」
見ると私の左隣の観客が座ったまま穏やかな声音で注意してきた。
おそらく口論を始めた私たちに対してだろう。
「すみませんでした。観戦の邪魔をしてしまって」
私が左隣の観客に謝るのに対し、スキンヘッドの男は注意されて逆ギレした。
「なんだ、てめえは」
私は左隣の観客の姿をまじまじと観る。
ストレートロングの黒髪と切れ長の目、白い肌をした妖艶な美女だった。
黒いノースリーブの服は気品に溢れており、服の上からでもプロポーションのよさが際立っていた。
でもそれ以上に印象的だったのは、右肩から腕にかけての薔薇の刺青だった。
私は、刺青が好きじゃなく、してみたいとは思わない。
そんな私でも、この女性の薔薇の刺青は美しいと思った。
「聞こえなかったの? 邪魔だから黙って観戦してちょうだい」
「お前、誰に文句を言っているのか分かってんのか。こいつはな、路上の喧嘩師なんだよ」
スキンヘッドの男が勢いづくのに対し、ガタイの良い刺青男はやや顔をうつむかせていた。
「いや、まあすんませんした」
突然の刺青男の平謝りに、スキンヘッドは何事かを察し、それ以上何も言わなかった。
二人組みは椅子に座りなおしたが、気まずくなったのか、しばらくしてその場を後にした。




