第13話 はじめてのパンチ
源治さんが遅れてやって来た。
「早速始めよう。アスカ、ミットを持ってあげなさい」
頷いたアスカちゃんは、壁に掛けられた円形のミットを二つ両手につけた。
その間、私はグローブをはめた。
オープンフィンガーグローブと呼ばれる、指が出ているタイプのものだ。
指が出ているので、相手を掴むことができる。
すると源治さんが別の、指先が出ていないタイプのグローブを持ってきた。
「打撃の練習をするときはこちらのグローブの方が良い。用途によって使い分けるんだ」
私がグローブをつけかえると、アスカちゃんは私の正面に立ち、ミットを前に掲げた。
「どうやってやればいいの?」
「ヒナの思うとおりにやってみて」
そうか。そういうものなのか。
私はこれまでの人生経験で培ってきたパンチのイメージで打ってみることにした。
一歩下がり、右腕を大きく引き、助走をつけた。
「パ~ンチ!」
ミットに直撃。
するとアスカちゃんが含み笑いをした後、吹き出した。
「いまの何?」
私は恥ずかしそうに言った。
「アンパンチをイメージしたよ」
「なんでアンパンマン?」
「だって強そうだし、いつもバイキンマンをやっつけてるし」
源治さんも笑いを堪えるのに必死だった。
「ヒナさん、基本を教えよう。パンチを振りかぶって打てば威力は増すかもしれないが、相手にパンチを打つぞとバレバレになってしまう。拳はできるかぎり引かずに打つ」
源治さんは、私に見えるように顔の前に拳を掲げ、そこからパンチをまっすぐ伸ばした。
するとシュッとキレのある音がした。
パンチを出したのと同じ軌道で拳を引いていた。
「それと助走をつけると動作を読まれてしまう。たしかに拳を打つとき一歩踏み込むが、基本は少しの踏み込みだ」
私は源治さんに言われた通りに打ってみた。
パチン、パチン。
倒せる自信はないけど、ミットの破裂音が爽快だ。
「うん、パンチ力ある。いい」
アスカちゃんがミットを持ちながら、私のパンチをチェックしてくれた。
三分ほど汗を流して、息が上がったところで、源治さんが言った。
「次はキックに行ってみようか」
長方形のキックミット二つを手にしたアスカちゃんが、脇腹辺りにミットを掲げた。
「前蹴りはコツがいるから、まずは回し蹴りからだ」
源治さんが誰もいな空間に回し蹴りを放った。
美しい弧を描き、何も存在しない空間に対戦相手がいるかのような錯覚をおぼえた。
「フォームとか気にせず、自由にやっていい。最初から型にはまりすぎると自由な動きが制限されるからな」
そうは言ってもアンパンチは恥ずかしかったので、できる限り源治さんのフォームを思い出しつつ、思いっきり蹴った。
「痛っ!」
私は、すねを押さえてぴょんぴょんとはねた。
「蹴りは当たりどころが悪いと、蹴る側も痛いぞ」
「私が下手ってことですね」
しょんぼりしている私をアスカちゃんが励ます。
「はじめてにしては上出来。徐々に痛くなくて、しかも効果的な角度が分かるようになる」
そうして一〇回ほど蹴った。
蹴りの方がパンチより衝撃音が大きい。
「ヒナ、蹴りもよかった。蹴りはパンチより精度は落ちるけど、威力も高くて、距離も長い。使いこなせるようになったらかなり役立つ」
そう言うと、アスカちゃんはミットをはずした。




