第108話 アスカの決意
「お父さん、話したいことがある」
あらたまって言われた父は、こちらに視線を向けた。
「何の話だ?」
「アルティメットフォース」
その言葉を聞いた父の顔に笑みが差した。
「おお! ついに決心したか。アルティメットフォースへの参戦を」
ヒナとの試合はドローだったけど、内容を評価されたようで、アルティメットフォース行きが白紙になることはなかった。
でもヒナの容態が心配で、行くのを先送りにしていた。
「うん。でも私一人でアメリカに行く」
父が一瞬固まった。
しばらくして。
「お前は何を言っているのかわかっているのか。異国の地で暮らすんだぞ。言葉も文化も違う。日本で練習しながら、試合のときだけ渡米するという方法もある。そっちのほうがいい」
私は首を横に振る。
「お父さんは日本でチームスパークでの指導を頑張ってほしい。私はアメリカのUSAトップチームに行く」
最大手の総合格闘技ジムで、限られた者しか入門の許可が下りない。
そこには外国から来た選手を迎え入れる寮があり、食事も提供される。
「なぜだ? 俺の指導に不満があるのか?」
「お父さんには感謝しています。ここまで私を育ててくれて、強くしてくれて。おかげでRFCのチャンピオンにまでなれた」
父は納得していないようだ。
「だったらなぜ?」
私は殴られる覚悟で言った。
「私はこれまでお父さんの言われた通りに生きてきました。自分の意志で何かを決めた経験がほとんどない。私は強くなりたいんです。肉体だけでなく、心も。格闘家としてだけでなく、人としても。そのためにはいつまでもお父さんの言いなりじゃ、だめだと思うんです」
父は苦笑した。
「お前のその気の迷いは、思春期特有の一時的なものだ。あまり気にしないほうがいい」
私は理解してもらおうと努めた。
「私には尊敬するファイターが二人います。一人目は新藤源治、あなたです。そしてもう一人はブレイブカウ、山本ヒナ」
続けて言う。
「ヒナは自らの意志でプロを目指し、格闘技をする人生を選び、そして私とのタイトルマッチまでたどり着いた。私もヒナのように自分の意志で自分の人生を選んでみたい。たとえそれが茨の道であったとしても」
父は何度か頷くと、「風呂に早く入れ」と言い、踵を返した。
そして背中を向けたまま父は言う。
「わかった。お前がそこまで言うのなら。ただしここからは俺のサポートは期待するな。自分の力でやってみせろ」
「押忍!」
こうして私はひとりアメリカへ旅立つ決意をした。
私は震えていた。
正直、不安はある。
けど不安だけの震えではなかった。
これは武者震いでもあった。
父なしで私がどこまでいけるか試してみたい。
と、同時に気がかりなことがあった。
ヒナだ。
アメリカに行けば彼女とはしばらく会えない。
それでも……。
父のいなくなったキッチンの前で私は一人つぶやいた。
「ごめんなさい、ヒナ」




