第102話 ダーティボクシング
興奮状態に包まれた会場。
立った状態で私とアスカちゃんはリング中央で対峙している。
まるで世界の命運がこの試合で決まると言わんばかりに、観客たちは見守っている。
「残り2分30秒! 大丈夫、こっちが押してる! パンチに気をつけて着実に行きなさい!」
「遊びはここまでだ! 右ストレートだけに気をつけて、確実に立ち技でヒナの意識を断ち切れ!」
両セコンドからアドバイスが飛ぶ。
私は挑戦者。
だから先に出る!
遅れてアスカちゃんもマットを蹴った。
肩と肩がぶつかり合う!
私はすかさずアスカちゃんの後頭部を左手で押さえた。
そうして動きを制してから右アッパー、右フックを連打した。
一般的に『ダーティボクシング』と呼ばれる技術だ。
ボクシングではクリンチしたらそこでレフェリーが割って入るけれど、それがない総合では、クリンチしたまま相手を殴ったり蹴ったりできる。
負けじと至近距離で殴り返してくるアスカちゃんだけど、隙を見て私の押さえている左手を解除する機会をうかがっている。
私は頭を抑えてる左手に力をこめ、さらに前かがみにさせ、顔面に膝!
当たったが、すぐに嫌がり、顔を上げた。
すかさず、私は横からの肘を顔面に叩きこもうとしたけど、空を切った。
源治さんの罵声が飛ぶ。
「さっさとクリンチを振り払え!」
アスカちゃんは私の胸部を左手で強く押してきた。
押されて距離が生まれたところで、私は片足タックルに行こうとした。
だがアスカちゃんの膝小僧が私の顔面を直撃!
会場の興奮はすさまじいものがあり、歓声がドカッと湧いた。
「神童、神童!」とアスカちゃんへの声援が会場にこだました。
私はというと、鼻血をボタボタと垂らしながら、笑みをこぼしていた。
膝蹴りのキャッチに成功!
膝を両腕で抱えたまま、押すのではなく、引き倒した。
闘いは再びグラウンドへ。
「いいわよ! あと1分30秒よ! 極めてしまいなさい!」
ヒカリ先生、行きます!
私は立たれないよう、アスカちゃんの足を両腕で束ね、必死に食らいつく。
絶対に放すもんか!
下から横殴りの肘をガンガン入れてくるアスカちゃんだが、押されていると感じているのだろう。普段表情の少ない顔に焦りを浮かべている。
私は肘打ちを甘んじて受け入れ、コツコツと上からパンチを落とした。
安易にパスガードしようとしたら、スイープか立たれるかしてしまう。
アスカちゃんの隙を窺った。
彼女は両手で、密着してる私の頭を下げさせて、足を抜こうしている。
背を向けて立ち上がる気だ。
一瞬、私に背中を見せた。
今がチャンス!
私はそこから思い切ってアスカちゃんの背後にジャンプした。
足を解除するので、逃げられる可能性があったけど、うまく背中側につくことに成功した。
中腰の体勢で立っているアスカちゃんの背後に、私はおんぶの状態で抱きついている。
足のロックはまだ十分じゃないけれど、両腕をたすき掛けのようにして、アスカちゃんの上半身に組みついている。
ここから両足をアスカちゃんのももの付け根に沿わせるか、アスカちゃんの胴体に、足を四の字で組むかのどちらか。
どちらの場合でも狙うのはバックチョーク。
私は腕をたすき掛けにしたまま飛び上がって、足を四の字に組んだ。
「絶対に振りほどいて向き直れ! そして打撃で仕留めろ!」
源治さんはかなり焦っていた。
いまのところ、この最終ラウンドは私が有利!
「焦らなくていい! 着実に一本を取るのよ!」
ヒカリ先生も負けじと檄を飛ばしてくれた。
アスカちゃんは不利な状況からの脱出が抜群にうまい。
痛めつけ、疲れさせ、反撃する力を削いでからチョークの方がいい。
アスカちゃんの背中越し、ちょうど私の視線の先に、デジタル式の時刻を表示するディスプレイが映っていた。
残り時間は一分と表示されていた。
やるならそろそろだ。
コツコツと後ろからパンチを打ったあとで、たすき掛けにした腕を解除して、右腕をアスカちゃんの首に巻き、そして、一気に絞め上げた!
観客席は一気に盛り上がった。でも・・・・・・。
「前のめりになりすぎよ! 振り落とされるわ!」
ヒカリ先生から指示をもらったけど、それよりもアスカちゃんの反応が速かった。
アスカちゃんは体をお辞儀をするように折り畳んだ。
私は前に振り落とされた。
いけない!
すぐに立ちあがろうとした!
が、直後、右ストレートを顔面にもらってしまった。
かろうじて立ち上がったものの、よたよたとした足どりで後ずさってしまった。
とっさに腕で顔面のガードを固める。
足に鋭い痛みが。
カーフキック。
さらには、左膝への関節蹴り。
左足を後ろに下げることで衝撃を和らげたが、思わず歯を食いしばった。
前に出ようとするとまた関節蹴りで止められるだろう。
今度こそ膝がおかしくなるかもしれない。
でも、それでも、前に出なきゃ!
私は顔面のガードを固め、前進した。
対するアスカちゃんはバックステップで距離をおく、はずがなかった。
またもや左膝への関節蹴り、
に合わせた右のオーバーハンド!
関節蹴りで軸足が固定されていたので、アスカちゃんは上体をのけぞってかわした。
同じ手は通用しないと見たのだろう。
すぐに、アスカちゃんも顔のガードを固め、前に出てきた。
彼女もジャッジに判定を委ねたくないのだろう。
そうこなくっちゃね。
私は幼稚園の頃、いっしょに遊んだときのように満面の笑みを浮かべた。
アスカちゃんもかすかに微笑んだ。
「楽しいね、アスカちゃん」
彼女も笑っていた。
「うん、楽しい」
そして、私がマットを指さして頷くと、頷きを返してくれた。
大好きだよ、アスカちゃん。この試合、楽しかったよ。でもそろそろ終わりだね。
ヒナ、私も。そうだね。悔いの残らない、いや残さない殴り合いをしよう。
私たちはマットの中央で足を止めた。
そして。
拳拳拳拳拳拳!!!
拳拳拳拳拳拳!!!
会場の温度が急上昇した。すさまじい熱気のなか、歓声が響き渡る。




