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第95話 適応能力

 今日は人生最高の日になると思っていたら、人生最悪の日になってしまった。

 私は恋人の米田と、いっしょに勝利を祝うはず、だったのに。

 なんでこんなときに、米田は風邪引いちゃうかな。


 結局、私は米田不在のなか、試合に臨むことになった。

 まあ、勝てたからいいけど。

 それはそれとして・・・・・・。


 いま、控室のモニタ画面の向こうでアスカとヒナが激しい打ち合いをしている。

 アスカのフックの連打に対し、ヒナが応戦したためだ。

 どちらの打撃も女子選手にしては重そうだけど、手数、精度ともにアスカのほうが上回っている。

 クリーンヒットはないけれど、少しずつヒナの顔が赤みを帯びだした。

 ヒナはアスカに立ったままで抱きつき、なんとか暴風から逃れた。

 その間も、アスカは膝をヒナのボディに。

 負けじとヒナもショートフックをアスカの顔面に連打していく。

 膝膝膝。

 拳拳拳。

 しばらくのクリンチ際の攻防ののち、お互い離れた。

 離れ際にアスカが肘を見舞った。

 ヒナはバックステップでかわせたけれど、距離が生まれてしまった。

 仕切り直しだ。

「ヒナの闘い方、相変わらずリスキーです。私だったらあんなに深追いしません」

「あれはあれで正解よ。逆に下がりっぱなしのほうが、アスカを調子づかせて危なかったと思うわ」

「たしかにその通りですね。さすが私のティーチャー」


 隣にいるブロンドよりの髪の女と、黒くて長い髪の女がうっとうしくて仕方なかった。

 よりにもよって、麗艶とその金魚のフンと同じ控室だなんて。

 トギシ戦もそうだけど、総合の神様は私に恨みでもあるのだろうか。


 1ラウンドも残り1分。

 途中からヒナのペースだけど、序盤はアスカだから五分五分か。

 ヒナとアスカはいま、立った状態で見合っている。


「ヒナさん、私があげたヒントを掴めたようね」

 麗艶がヒナを褒める。

「ヒント?」

 思わず聞いてしまった。

 麗艶の切れ長の目がこちらをちらっと見る。

 すぐに視線をリング中央に戻した麗艶は、答えた。

「アスカの目標の高さよ。彼女のゴールはアルティメットフォースの王者。それは素晴らしいことだけど、そのことばかりに目がいきすぎて、目の前の少女のことをおそろかにしてしまっていた。気づいたときには手遅れ。少女はアスカの想像を超えるスピードで成長を遂げていた」

「なんとも抽象的ね」

 麗艶はつづけて解説した。

「要は、RFCの試合に絞って練習してきたヒナさんと、先を見越してアルティメットフォースも視野に入れたトレーニングを取り入れたアスカ。二人の試合への向き合い方が、あの子の形勢逆転を生んだってことよ。アスカよりもヒナさんのほうがRFC向きの闘い方ができているわ」

 麗艶は満足そうに笑った。

「なるほど。そういうことか」

 って、なんで私、家庭をぶっ壊した女と普通に話してんだよ。

「回りくどい説明ありがとさん。大体分かったわ」

 一応、嫌味な言い返しをしてやった。

「あなーた、アンサーもらっておいて失礼な方でーすね」

 そんな私に、セイラが文句を垂れる。

 

 でもなぁ、麗艶に対する憎しみはあまり感じなくなってきているんだよなぁ。

 闘争心がなくなったわけじゃない。

 たぶん、いまが幸せだからだと思う。

 でもこの幸せがいつまでも続くとは限らないんだよなぁ。

 米田が私に愛想を尽かしたり、他の女になびいたりとかいった未来もありえなくはないし。


 そのとき、実況の大きな声が会場に響き渡った。

「ヒナ、アスカのジャブをかいくぐり、タックルを仕掛けた!」

 いけない。

 試合に集中だ!

 私の戦友二人が闘っているんだから最後まで見届けないと。

 

 アスカは足を後ろに引き、タックルをがぶった。

 そしてがぶった状態から、ヒナに膝蹴りを見舞った。  

 RFCで認められている四点ポジションからの膝蹴りだ。

  

 麗艶がセイラに語りかけた。

「セイラ、ジュニア昇竜でのあなたとの試合、あのときアスカは、右の拳を負傷した。でもサウスポーに切り替えて勝利をものにした」

「イエス」

 そうだった。

 普通の選手は、オーソドックスかサウスポーか、どちらか一方だけを練習する場合が多い。

 両利きの選手をスイッチヒッターというけれど、それはあまり一般的じゃない。

 チームスパークのとき、アスカは両方練習していたけれど、基本はオーソドックスの構えが多かった。

 本来、得意なのはオーソドックススタイルのはずだ。

「アスカの強み、それは適応能力の高さ。徐々にRFCのルールに順応してきているわ」

 アスカはがぶっている状態から、ヒナの首と片腕を自身の両腕で巻いた。そしてくるっと転がった。

 アナコンダチョーク。別名スピニングチョーク。

「レイエンさんの得意技です!」

 セイラが驚いている。

「まあ、私の専売特許というわけじゃないし。それにしてもなかなか巧いわね」

 ヒナは自分の足を遠くに移動させ、足でロックされまいとしている。

 さらに肘を下げて空間を作り、気道を確保している。

 よかった。

「ヒナ、あと二〇秒、耐えるのよ!」

 セイラが不思議そうに言った。

「あなた、ヒナを応援してるですか? 私もですが」

 私は首を横に振った。

「そうじゃない。どっちも前のジムの仲間だし。ただ、ここで、1ラウンド目で終わっていい試合じゃないってこと。これは二人にとって大事な大事な試合だから」

 アナコンダチョークを解除してアスカが立ち上がった。

 間髪入れずサッカーボールキック!

 でもヒナは転がってかわして第1ラウンド終了のゴングが鳴った。

 

 私はほっと胸をなでおろした。

 よかった。まだ続けてくれるんだ。

 どちらとも、疲労、痛み、ダメージはハンパないと思う。

 それでも。

 私は二人の戦いをまだ見ていたい。

 おそらく二人もまだ続けたいと思っているはずだ。

 リングに向かって精一杯の雄たけびを上げる。

「ヒナー! アスカー! 出し尽くしちゃいなーっ!」

 いつの間にか隣に麗艶とセイラがいることも気にならなくなった。

 それに、人生最悪の日とか思っていた自分をぶん殴ってやりたい。

 ヒナとアスカが目の前でこんな試合を繰り広げてくれているんだ。

 全力で見届ける!

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