3.遭遇
生き返ってから、もう何度夜を越えただろうか。
雪が残る道を粛々と歩く。
クサヴェルは雲が多い青空の下、崩れた城壁を見つけた。
その向こう側から、人の気配が風に乗って流れてくる。
「……食べ物、あるといいな」
形だけの城壁をくぐると、そこでは何人かが作業をしていた。大人ばかりで子どもはいない。なにかを掘り出しているらしい。
「あのー、すみません」
できるだけ警戒させないよう、穏やかに声をかける。
全員が一斉にクワを持ってこちらを見た。慌てて両手を上げる。
「た、旅の者です。しょ、食料、分けてもらえませんか」
そう言いながら、背負っていたリュックを下ろして中を開ける。
「これ、旅の途中で狩った魔物の毛皮です。あったかいですよ」
「いらん」
遮るように男が言った。
「去れ。お前にやるものなど一つもない」
「…………」
クサヴェルは男を見上げたまま固まった。それからおもむろにリュックの中に手を入れる。
「……干し肉も、ちょっとあるから」
「くどい。去れ」
にべもなかった。
「…………」
クサヴェルは再度固まり、取り出そうとした干し肉と毛皮をしまう。
村人たちに睨まれる中でリュックを背負い直した。
その後ろで、場違いなほど澄んだ鐘の音が響いた。
音色に村人たちの空気が重くなる。
誰かがため息まじりにこぼした。
「教会だ」
クサヴェルが振り返ると、小さな鐘を高く掲げる白い一団が見えた。
彼らは大きな馬車を引いてやってきた。村人たちは農具を下ろし、膝をついてこうべを垂れる。
「福音旅団です」
真っ白な外套に身を包んだ、ひときわ大柄な人が言った。
「神へ捧げる供物をいただきに来ました」
「……はい」
先ほどクサヴェルとの交渉を断った男が、絞り出すように応える。
村人たちがゆっくりと立ち上がり、後ろから食べ物を持ってくる。そこは大量の雪があった。クワで中から様々な食べ物を掘り起こしている。天然の貯蔵庫だ。
「そこのあなたも」
クサヴェルは声をかけられて我に返った。
「え?」
「ここで出会えたのもなにかの縁です。神への供物をいただきます」
そう言って、流れるような手つきでリュックを取り上げられた。
「あっ、えっ? ま、待って!」
「毛皮があったぞ」
「魔物のものだ。穢らわしい」
「いや、聖水と祈祷で禊をすれば立派な供物となる」
「これで神も凍えずに済むでしょう」
口々に言いながら、雑に毛皮や干し肉を取り出していく。
「いや、待って! あげるって一言も言ってない!」
クサヴェルが一人の肩を掴んだ。
その首筋に、剣が突きつけられる。切っ先から全身へ、肌がびりびりと痺れる感覚がした。
「……貴様、異端者か?」
声が低くなる。クサヴェルは無意識のうちに両手を上げていた。
「い、たん……しゃ?」
「神にあだなす愚か者かと聞いているのだ。悪魔憑きならなおのこと、我が聖武具の錆にしてくれるぞ」
「よせ、ゼルニケ」
甲高く澄んだ声が響いた。
声を発したのは、旅団の中でもひときわ小さな人物だった。フードの奥から二本の赤髪が覗く。その胸元には斧のブローチが光っていた。
「神の教えに出会えなかった哀れな子羊だ。大目に見てやれ」
「……はっ」
剣が下ろされる。それでもクサヴェルはまだ手を下ろせなかった。
赤髪の旅団員をじっと見つめていると、視線に気づいたのかこちらを見た。
切れ長の茶色の目に強い意志――そして迷いを宿した少女だった。
しかし少女はすぐに視線をそらし、大柄な団員と共に食べ物を馬車へ積む指示を出していく。
やがて村の食べ物やクサヴェルの毛皮、干し肉を積み終えると、福音旅団は胸の前で印を結んだ。
「提供、感謝いたします。今日を生きる方々へ、祝福の祈りを」
その言葉に感情がこもっているとは到底思えなかった。
来た時と同じように、断続的に鐘を鳴らしながら福音旅団は村を去る。
後に残されたのは、食料を失った村と、クサヴェルだけだった。
「……食いもん、持ってかれちまったなあ」
誰かがぽつりとこぼす。
「しょうがないさ。教会の御使いだからね」
別の誰かがそう答える。
「あそこで抵抗すれば、俺たち全員異端者として殺される。……助かったんだよ」
他の誰かがそう言ったきり、皆座り込んで動かなくなった。
クサヴェルは静かに空のリュックを持って、村を出た。
向かうのは、福音旅団が去った方向。
あの赤髪が、どうしても頭から離れない。
同時に、思う。
教会ってそんなに偉いのか。
祝福ってなんなんだ。
祈りってなんなんだ。
――幸せって、なんなんだ。




