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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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4.告白

 とぼとぼと、馬車の轍(わだち)をなぞるように歩く。


「……助かった、かあ」


 クサヴェルは村を出てから、考えるとなしに考えていた。


 教会の存在は知っていた。祈る人も知っていた。実際、クサヴェルも寒さや飢えの中で祈ったこともある。


 でも、教会の関係者に出会ったのはあれが初めてだった。


 真っ白で、まるで作り損ねた雪だるまみたいだった。動く雪だるまが、神様のためだと言って食糧や毛皮を集める。


「……ふふ」


 なんだか滑稽に思えて、思わず笑った。


「羊ってどんな味がするのかな」


 ひとりごちる。


 澄んだ声で剣を止めてくれた少女の言葉が耳に残っていた。


 哀れな子羊は、きっと――いや間違いなくクサヴェルのことだ。それは否定しない。


 同時に、彼女の視線が気になった。


 周りの人たちは、誰も人を見ていなかった。目を合わせようとしなかった。


 その中でただ一人、彼女だけは、クサヴェルを一瞬だけどちゃんと見た。


 あの視線は、どれだけ他のことを考えても忘れられなかった。


 食料で重くなっているのか、轍ははっきりと土の上に残っている。それを追っていけば、きっとまた彼女に会えると思った。




「……いた」


 村を出て数時間。太陽がすっかり真上を過ぎた頃に、クサヴェルは馬車に追い付いた。


 休憩中だろうか。数名の見張りを残して、白い外套の人たちが地べたに座っている。余計に雪だるまっぽく見えた。


「なにか御用ですか」


 近付くと、見張りの人がクサヴェルに気付く。


「あの、赤い髪の人を探していまして」


「赤い髪……」


 見張りが怪訝そうに目を細める。


「失礼ながら、その人にどんな御用で?」


「会って、話がしたいんです。これくらいの背丈の女の子で……」


「そのような者はいません。お引き取りを」


 ズバッと。断ち切るような物言いだった。


 そんなふうに言われると、逆にクサヴェルも退(ひ)きたくなくなる。


「さっきの村で会いました。この中にいますよね?」


 見張りを押しのけて集団の中に入る。休んでいた人たちが、なんだろうかと顔を上げた。


「おい、待て!」


 見張りがクサヴェルの腕を掴む。


 その瞬間、巨大なムカデに這い回られるような気持ち悪さが、全身を駆け巡った。


「うわっ!?」


 悲鳴を上げて見張りを振り払う。


 見張りも驚いたように自身の手とクサヴェルを交互に見る。


「どうした」


 休んでいた一人が立ち上がった。


 その視線が少し下がる。


 顔が強張った。


「悪魔憑きだ!!」


 絶叫に反応したのは周囲だった。


 即座に立ち上がり、どこからともなく武器を取り出してクサヴェルを囲む。


「え? え?」


「間違いないのか?」


 困惑するクサヴェルを置いて、大柄な人が訊ねた。見張りが頷く。


「はい。拒絶反応が出ました。そして奴の左手に痣が発現しています!」


 言われて、クサヴェルも自分の左手を見た。


 左手の甲――薬指から手首にかけて、鎖のような文様が不気味に光っていた。


「悪魔に魂を売った異端者か」


 誰かが苦々しく吐き捨てる。


「待って、ちょっと待って。異端者ってなに? おれ、ただの人間だよ?」


 クサヴェルは周囲を見まわした。本気で意味がわからなかった。


 たしかに悪魔と約束した。生き返らせてもらった。でもそれ以外は本当に普通の人間だ。誰かのホラ話にあった、火を吹くとか瞬間移動するとか、空を飛ぶなんてできない。


 だが白い人たちは武器を構えたまま、一瞬だけ可哀想なものを見るような目でクサヴェルを見つめ返した。


 誰かが一歩前に踏み込む。


「悪魔よ――」


 赤い二本の髪がなびく。


「消え去れ!」


 すべてが銀色の巨大な斧が振るわれる。


「はっ――」


 我に返ったクサヴェルは、その斧に手を伸ばした。


 両手で掴み、力の限り押し返す。足もしっかり踏ん張った。全身を這う気持ち悪さは歯を食いしばって耐えた。


 元居た場所から数センチずれて、斧の勢いが止まった。


「……バカな」


 ホッとしたのも束の間、周囲から漏れたのは驚愕の声だった。


「ありえない……」


 構えが解かれるどころか、さらに隙のない構えになる。十数という切っ先が向けられる。


 その中でクサヴェルは、正面に立つ赤い髪の少女を見た。


 戸惑ったのはほんの数秒。すぐに斧の柄を握り直し、クサヴェルに再び一撃を見舞う機会を窺っている。


 クサヴェルはそんな彼女へと近付く。


 あまりにも無防備なその行動に、少女たちの方が動揺した。


「ナタリー副団長!」


 誰かが少女の名を叫ぶ。


 クサヴェルは少女――ナタリーの手を握った。


「好きだ。結婚してくれ」


 空気が静止した。


「……は?」


「君といると、幸せになれる気がするんだ。だから結婚してくれ」


 唖然とするナタリーに畳みかける。


 ナタリーはクサヴェルをまっすぐに見据え――


「ふっ!」


「おぐっ!?」


 股間へ思い切り足を振り上げた。いくら体が頑丈になっても、急所を不意打ちされたら一瞬でも意識が飛ぶ。


 思わず味方の数名が内股になった。


「悪魔憑き」


 うずくまってもナタリーの手を離さないクサヴェルへ、彼女は淡々と言った。


「私は天授者(てんじゅしゃ)。教会に属し、天使様より加護を授かった、世界の調和者」


 だがその声は、まるで誰かから言わされているかのように聞こえた。


「世を乱し、いたずらに人を殺める悪魔憑きは、この世から排除されなければならない」


 そう言いながらクサヴェルを振り払おうとするが、彼はなおも手を離さない。


「悪魔になにを吹き込まれたのかは知らないが、悪魔憑きとなって日が浅いならば、寛大なる神もお許しになるだろう」


 だから、死ね。


 言葉に出さず、そう続けられたような気がした。


「ゼルニケ」


 ナタリーが雪だるまを呼んだ。


「はい」


「私が押さえる。首に一撃だ」


「はい」


 後ろを見る。


 白い外套の一人が、剣を振り上げるのが見えた。


「っ!」


「きゃっ――!」


「ナタリー副団長!」


 前へと踏み出してナタリーへタックルする。その勢いで彼女の胴にしがみつき、包囲を突破した。斧が落ちるのも気にする余裕はなかった。


「動くなあっ!!」


 反転し、ナタリーを片腕で拘束して叫ぶ。


 空いたもう片方の腕でナタリーの首を絞める。呼吸ができるくらいには緩めているが、簡単に脱出できるほどではない。


「貴様……!」


「悪魔憑きめ……!」


 白い外套の人たちが歯噛みする。


 ナタリーが彼らへ手を伸ばす。落ちていた斧がひとりでに浮き、惹かれ合うようにして彼女の手に戻った。


 重さを感じさせずに逆手に持ち替え、手首のスナップだけでクサヴェルに向けて振るう。


 斧がクサヴェルの背中を打った。が、鈍い音だけで彼が苦悶する様子がない。


「……バカな」


 ナタリーが呆然と呟く。斧が落ちかける手を、クサヴェルが掴む。


「……一緒に来て」


 拘束を解き、手を握って走り出す。


「ま、待て!」


「一から三班、追え! 逃がすな……!」


 声が急速に遠ざかる。


 ナタリーが振り返ると、走っているはずの仲間たちがどんどん遠くなっていく。


「……貴様」


 ナタリーは言った。


「どういうつもりだ? 私はお前の天敵だぞ」


 クサヴェルは止まらずに答える。


「天敵とか、テンジュシャとか、関係ない。おれは、幸せになりたいんだ。だから一緒にいたいんだ」


 答えになっていない答えに、ナタリーは舌打ちする。


「悪魔憑きめ」


 クサヴェルは答えず、ひた走る。


 幸せになれる場所を探して。


 それがどこにあるかも知らないまま。

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