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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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28.逃亡と追跡

 突然現れた悪魔憑きに、聖騎士たちは色めき立った。


「悪魔憑き……!」


「殺せ!」


 聖武具(セイクリッド)を手に彼らが襲ってくる前に、松明を持つ一人に向けて案内役を思い切り蹴り飛ばす。


「うわっ!」


「ぎゃーっ! 熱い!」


 突き飛ばされた衝撃で松明が落ち、二人のマントに燃え移った。他の聖騎士たちは転げまわる二人から飛び火しないように遠巻きになり、一部が水を汲みに走る。


 クサヴェルはまっすぐナタリーに向かって走った。


「松明を投げろ!」


 誰かが叫んだ。松明が宙を舞う。


 ナタリーの顔が引きつった。


 クサヴェルはぎゅっと足を止め、体を捻った勢いで錘を振り回す。


 松明のいくつかが叩き落とされた。


 一拍遅れて投げられた松明が、足元の枝に燃え移る。


 炎が柱を包んだ。


「やった!」


 誰かが歓声を上げる。


 そこに錘が投げ込まれた。


「もらうぞ」


 次の瞬間には肉薄していたクサヴェルに、聖騎士はなにもできなかった。


 剣を奪ったクサヴェルは、炎をものともせず飛び込む。黒煙と真っ赤な炎の隙間から見えたナタリーの表情は苦悶に歪んでいた。柱に縛り付けている縄を次々に切り、落ちかける彼女の体を抱えて飛ぶように離れた。


「ナタリー! ナタリー、しっかり!」


「げほっ、げほっ、げほっ!」


 服に燃え移った火を手で叩いて消し、背中をさする。


 顔は若干(すす)けていたが、ナタリーは新鮮な空気を懸命に肺へ送り込んでいた。


 生きている。


 クサヴェルは安堵で体の力が抜けそうだった。


「そこまでだ、悪魔憑き」


 老いた声が、枝の爆ぜる音に混ざって聞こえる。空気がぴんと張りつめた気がした。


 見れば、今しがた出てきた扉の方から老人が聖騎士を連れて雪崩れ込んできている。聖騎士の鎧を着ているわけではないが、老人はどこか神秘的な雰囲気を感じさせた。


「……誰?」


「……きょ、教皇様」


 クサヴェルの疑問にナタリーが答えた。


「教会で、一番、偉い人……」


 息も絶え絶えに告げる彼女へ、老人――教皇は目を向ける。


 カラスにつつかれるネズミの死体を見たような目だった。ナタリーの喉がひくりと動いて、しかしなににもならず消えていく。


「全員、構え」


 教皇が命じる。聖武具(セイクリッド)が二人に向けられる。


「ねえ」


 ナタリーの体をぎゅっと抱き寄せて、クサヴェルは言う。


「井戸ってどこ?」


 ナタリーの目が小さく見開かれる。


「やれ」


「後ろだ!!」


 ナタリーは可能な限り大声を出した。


 聖騎士たちの動きが一瞬止まる。何人かは実際に後ろを見た。


 その隙をクサヴェルは見逃さない。


 腕を振り抜いて錘を振り回す。聖武具(セイクリッド)が砕け、腕が折れ、あばらが折れ、内臓を潰された聖騎士たちが、味方を巻き込んで倒れた。


 悲鳴の中でクサヴェルはナタリーを抱えて走り出す。


「逃がすな!」


 教皇のしゃがれた声が遠くなる。


「あっちだ!」


 ナタリーが指さした方向へ走れば井戸が見えた。中を覗き込むと水はすっかり枯れている。だがよく手入れされていた。


「降りるぞ」


「うん」


 ご丁寧に備え付けられている梯子を下りる。


「で、どこにいくの?」


「さあな」


 ナタリーは振り向かずに答えた。


「井戸の通路はいくつも枝分かれしている。どこに着くかは運次第だ」


 クサヴェルは手を伸ばし、ナタリーの手を掴んだ。


 襲ってくる嫌悪感にナタリーは驚いて彼を見る。だが、振り払わなかった。


「絶対に、おれが守るから」


 クサヴェルはまっすぐにナタリーを見つめて言う。


 ナタリーはふっと唇を歪めた。


「……信じているぞ」


 冷たい暗闇の先に向けて、二人は走り出した。




 雪が解けてぬかるんだ地面は、足跡がべったりと付いていた。


「ここか」


 聖騎士に負ぶわれていた教皇は、古井戸を無感情に見つめる。


「これから言う場所に、一から十旅団を派遣する。派遣後、再び団員が戻ってくるまでは井戸の蓋を閉じるのだ」


 それから、と教皇は続ける。


「悪魔憑きを決して生かすな。奴に(くみ)する異端者もだ。あれはもう、君らが敬愛していた副団長ではない。そのことを忘れるな」


 はい、と聖騎士たちから返事が来る。だがその声に覇気はなかった。


「第十五旅団長、ワイアットはいるか」


「ここに」


「〝禁忌の水〟を持ってきなさい。あるだけすべてだ」


 教皇の言葉に、ワイアットと呼ばれた男が目を見開いた。


「良いのですか」


「こういう時のための備えだ。いいか、決して火は使うな。奴らが逃げられないよう、すべての通路に水を撒く」


「し、しかし、それでは他の聖騎士は――」


「案ずるな」


 教皇は力強く頷いた。懐から取り出した鍵をワイアットに握らせる。


「貴殿らの勇敢な行いを、神は見てくださる。必ず、その懐に迎え入れてくれるだろう。さあ、急ぐんだ」


 教皇に背中を押され、ワイアットはふらふらとした足取りで教会に戻っていった。教皇は振り向かず、自分を囲む聖騎士たちに言う。


「勇敢なる神の騎士たちよ。今こそ正しき清浄なる世界のために戦う時だ。必ず悪魔憑きと異端者を殺せ」


 はい、と聖騎士たちから返事が来る。


 震えて強張っていた。

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