27.捜索
暗くてなにもない部屋では、なにもすることがない。
ナタリーは膝を抱えて、そこに自分の頭をうずめていた。
どれくらい時間が経ったかなんてわからない。壁の目地を迷路に見立てて遊ぶほどの気力は残っていなかった。
(死ぬというのは、どんな感覚なんだろう)
裁判で繰り返される茶番劇は興味ない。どうせ判決は死刑しかないのだ。
それよりも死ぬときの苦痛だ。できるだけ苦しむ時間は短くしてほしい。
だけど、他の聖騎士への見せしめを考えれば、楽に死ねるとは思っていない。
(やっぱり火刑、かな)
太い柱に罪人を縛り付け、油を撒いて燃やす。その断末魔は心臓に深く刺さったまま抜けない。
(声の一つくらいは、我慢できるか)
それよりも息苦しさだろうか。煙を全身が包むから息ができない。そうして悶え苦しむ彼らに、ナタリーは心ある祝詞を上げられただろうか。
(……天国よりは、地獄がいいな)
立派だと褒められた功績はすべて消えた。ならば、人を間接的に殺し続けた罪を背負う方がよっぽどいい。
(……ん?)
ふと、ナタリーの耳がざわめきを捉えた。約一時間ぶりに顔を上げる。
(なんだ? 騒々しい)
扉が遠い上に分厚いので判然としないが、叫び声なのはわかる。蹴破るように扉が開かれ、足音が雪崩れ込む。
なんとなくまずい気がして、ナタリーは自分の牢の扉から離れた。
果たして、その直感は間違っていなかった。
「ナタリー副団長!」
「元、だ」
切羽詰まっている――というより、混乱している彼らへそう突っ込む。だが聖騎士たちはまるで気にせず、手にしていたロープやタオルを持ってこちらに近付いた。
「ちょっと大人しくしていてください!」
「は?」
言っているそばから腕が胴にくっつくよう縛られる。口にタオルをかぶせられ、その上から麻袋をかぶせられた。
(急にどうした?)
状況についていけないナタリーの体が宙に浮く。お腹の圧迫具合から、誰かの肩に乗せられたらしい。
「急げ、急げ!」
聖騎士たちが走り出す。上でがくがく揺られてちょっと気持ち悪い。
「悪魔憑きに見つかる前に処刑しないと!」
(――なんだって?)
ナタリーの疑問は、もごもごと言葉にならなかった。
◆ ◆ ◆
「――ぁぁあぁあああああああああっ!!」
振り回された錘は、聖武具を根元から折った。
振り下ろされれば、容赦なく頭が潰される。
大理石の床がへこみ、白い壁に血が飛んだ。
両手の錘はすでに血と脂と肉に塗れていた。錘に刻まれた聖なる紋章がおどろおどろしく浮かび上がる。
「ば、化け物……」
クサヴェルを取り囲む聖騎士の中から呟きが漏れた。
悪魔憑きが脱走した。その一報で駆けつけた彼らだったが、相手はどんな攻撃も通用しない悪魔の加護を持っている。理不尽にも、あちらの攻撃は容赦なくこちらに通ってしまう。
不意打ちでもう一度捕縛型の聖武具を使おうとしたが、発動前に薙ぎ払われた。
「どけ!!」
また錘が振り回され、振り下ろされる。その度に聖騎士たちは悲鳴を上げて散っては、先へ行かすまいと集合した。
「彼女はどこだ」
目を血走らせたクサヴェルが睨む。
「ナタリーはどこだ! 言え!!」
再び錘を振り回す。悲鳴が上がる。
腕が重いとか肩が痛いとか言っている場合ではない。
早く見つけ出さなければ、ナタリーが殺されてしまう!
「なにをしている!」
人ごみの向こうから怒声が飛んだ。彼らをかき分けて、ひときわ装飾が派手な聖騎士たちが現れる。
「不死がなんだ。攻撃が通らなければ、通るまで攻撃し続けろ!」
怒鳴った男の顔面に錘がめり込んだ。倒れたところにダメ押しでもう一度振り下ろす。
頭がなくなった。
「な、なぜ……なぜこのようなことをするのです! なぜ悪魔に魂を……!」
「うるさい」
耳障りなキンキン声の女を殴る。せめてもの情けで顔ではなく胸にしたが、肋骨が肺や心臓を突き破っているだろう。陸に上がった魚のようにビクビク跳ねて、動かなくなった。
「た、隊長!」
聖騎士の何人かが悲鳴を上げた。どうやらこの派手な騎士たちは偉い立場にあるようだ。
「怯むな!」
裏声で叫んだ男を殴った。
「とにかく抑え込め! 攻撃の暇を与えるな!」
はるか後ろにいる男は諦めて、引きつった顔で突進してきた聖騎士たちを殴り殺した。
「天地創造せし我らが主よ、どうか……!」
祈っている男の頭を潰した。
キリがないと思っていたが、意外と人が減ってきている。あるいは、逃げたかもしれない。それはどうでもよかった。
「ナタリーは、どこだ」
もう一度問う。だが誰も答えない。
小刻みに震える剣を向けているのが鬱陶しかった。
「……ハァ、ハァ……!」
誰かの息遣いが聞こえる。
「今のうちに……!」
「わかってる、デカい声出すな!」
二人組の聖騎士が、彼らの後ろを通っていく。
山の向こうから見えた麻袋。
「――いた」
クサヴェルは無意識に呟いていた。
どうしてそう思ったかわからない。どうでもいい。
それよりも、ナタリーを救わねば。
「来るぞ!」
「構えろ!」
「いや逃げろ!」
目の前にいる聖騎士を蹴散らし、クサヴェルは走った。
「ナタリー!!」
麻袋を担いだ二人組が振り向く。その顔が恐怖に大きく歪んだ。
「むごむご!?」
麻袋の中から声が聞こえる。
間違いない、ナタリーだ!
錘を振り回せば彼女に当たる。クサヴェルは聖騎士に飛びついた。
「ひっ、ひいぃ~!!」
頭を抱える聖騎士を蹴り飛ばし、麻袋を引っぺがす。
「……誰だ」
そこにいたのは、ナタリーではなかった。
体格は似ている。でも赤髪ではない。そばかすの少女だった。
ご丁寧に猿轡をして声も判別させにくくしたのだろう。顔を真っ青にして怯える姿はあまりにも哀れだった。
「おい」
縮こまっている聖騎士の首を掴む。
「ナタリーはどこだ」
「あ、あ、あ……!」
「言わないなら、死ね」
「ま、ま、待って! 言う! 言います!」
「おい!」
「どのみちもう無理だって!」
咎める同僚に聖騎士が返す。
「ナタリー元副団長は処刑場に連れていかれた! あと三十分もすれば炎の中だ!」
「どこだ。連れていけ」
聖騎士はこくこくと首を何度も振った。
「走れ!」
「はいぃ!」
首をぎゅっと握ってやれば、面白いくらい走り出した。
待て、と追う声に応えてやらない。
聖騎士を盾に走り続け、木で作られた舞台のような場所を通り過ぎる。
さらに細い道を通ると、人の気配がした。
「こ、こ、この先です!」
「開けろ!」
「はい!」
聖騎士を押し出すようにして、簡素な木の扉を開ける。
松明が十数本と掲げられている。
その中央、足元に大小の枝で組まれた山の上。
太い木に縛り付けられているのは。
「ナタリー!!」
「クサヴェル……!?」
見つけた。




