26.囚われて
不死の悪魔憑きを捕らえた。
その一報に教会は沸いた。
前代未聞の恐ろしい存在を手中に収めた。
これでまた世界が平和に一歩近づく。
いつもより賑やかな教会を、下町の人々は不思議そうに見つめ、好奇心を気取られないように足早に去っていった。
◆ ◆ ◆
「こちらにお入りください」
錆びた蝶番が耳障りな悲鳴を上げる。
ナタリーは黙ってそこに足を踏み入れた。
ドアの監視窓と、食事を提供する出窓以外に空気穴もない小さな牢獄。
不気味なほど整然と積まれたレンガの目地が模様の代わり。床代わりの石畳はむき出しで、少し湿っている。奥には排せつ用の壺があった。天井には、いや通路にも灯りはない。
湿った土とカビの匂いが鼻を突いた。
「それと、手錠を」
控えめに言った聖騎士に、ナタリーは首だけで振り返る。
「必要ありません」
「し、しかし」
「異端者の手錠は、処刑後まで外されることはありません。それに、もう敬語は必要ないはずです」
「…………」
淡々と紡がれた言葉に、聖騎士たちはなにも返せない。
「……食事が、三時間後に運ばれます。その十二時間後に、裁判が始まります。……副団長」
「もう聖騎士ですらありませんよ」
「…………。それでも、言わせてください。どうか、天に赦しが届きますようにと」
震える声でそう言って、聖騎士たちはドアを閉めた。
鍵は必要ない。内側にノブがないのだから。
足音が少しずつ遠ざかっていく。蝶番が軋む音を聞いて、ナタリーはゆっくりと座り込んだ。
「ああ――――――――っ!!」
絶叫した。
なにに対しての叫びか、ナタリー自身もわかっていない。
聖騎士でなくなったことへの怒りか。否。
魔物の肉を食べた自分の不甲斐なさか。否。
クサヴェルへの名もなき感情か。
教会の頭の固さへか。
……どちらも正解で、どちらも間違いだ。
(なにもできなかった)
クサヴェルの動きを封じた聖武具は、四方を囲むことで初めて発動する。どれか一つを蹴飛ばせば、解除できなくても効果は半減したはずだ。
それができなかった。
爛れては再生するクサヴェルの体に怖気付いた。想像よりも早く来た追手に驚いた。
なにより、迷った。
クサヴェルを助けるかどうか。
選ばなかったから、ナタリーは今ここに居る。
喉が痛くなって、声が途切れた。それでもナタリーは動かなかった。
(……未練が、あったというのか)
魔物の肉を食べたと申告しなければ、禊の果てにまた聖騎士に戻ることもできただろう。
だが、それを許さなかったのはナタリー自身だ。
嘘は神への反逆を意味する。それ以前に、嘘をつき通せるほど自分の心は強くない。
(聖騎士に戻ったとして、今まで通りでいられるわけがない)
父を返してと、少女に言われた。
教会のせいで弟を殺されたと、キケは言った。
村が滅んだのは自分のせいかと、クサヴェルに問われた。
どれも答えられない。他人はもちろん、自分を納得させることもできない。
(なにが、聖騎士だ。……なにが、副団長だ)
自分の両手を見下ろす。ずしりと手首にかかる重みは、罪人に不相応なほど軽い。
(罪人だ。……私は)
人々を救うなんて嘯いて。
誰一人救えたことなどなかった。
その事実をようやく認めて、ナタリーは一人笑った。
◆ ◆ ◆
体がずっと痛い。
腕を縛られ、口を塞がれ、目も隠されて。
痛みの中で引きずられるようにしてどこかに運ばれて。
両腕を広げるようにどこかに固定されて、ようやくクサヴェルは目と口が自由になった。
「……どこだ、ここ?」
窓もない小さな部屋。壁に埋め込まれた鎖に両手がそれぞれ繋がっている。足元にはあの忌々しい白い杭。これが光っているせいで、今もずっと体が焼かれている。
そして目の前にいるのは、ナタリーに手錠をかけた男たちだった。
「口を利くな、悪魔憑き」
一人がそう吐き捨てる。もう一人の大柄な男が手で制した。
「大した生命力だと、まずは誉めてやろう。聖武具に耐えられた悪魔憑きは初めて見る」
「……あ、そう」
それよりも、聞かなければならないことがある。
「あの子はどこだ? お前が手錠をかけた子は」
二人が目配せする。
「丁重に保護している、とだけ答えよう。……彼女が大事か?」
「当たり前だ!」
「彼女を生かしたいか?」
「……どういう意味だ」
「私はこれでも、教会内ではそれなりに偉い立場にいる。お前の〝死なない体〟は便利だ。神にこれまでの行いを悔い改めると宣言すれば、彼女の延命を私から進言することもできるぞ」
クサヴェルは男の言葉を噛み砕いて、自分なりに変換した。
「……要は、お前らの手先になれってことか」
「そうだ。悪い話ではないはずだ」
「嫌だ」
被せるように答える。
「俺の願いはあの子と幸せになることだ。お前たちにあの子を人質に取られて生き延びたとしても、俺は幸せになれない。おれは誰にも縛られない。あの子も自由にする。その上で、二人で幸せになる道を探す!」
男たちは可哀想なものを見るような目でため息をついた。
「ふん。ならばそこで永遠に過ごしていろ。明日、異端者として彼女を処刑する」
「ならば団長、一緒に処刑するのはいかがです?」
隣の男が言った。
がちゃん、と鎖が鳴る。
「どうせ死なないのでしたら、彼女が死に行くところを一番近くで見られたら幸せでは?」
「……そうか。そうだな。教皇様に提言してみよう」
みしっ
空気が軋むような音がした。ドアへ向かいかけた二人は音の異変を探して振り返り、
「なっ……!?」
目を見開いた。
「させない……」
鎖を目いっぱい前に引っ張り。
壁に両足をつけて全体重をかけて手首に集中させる。
「あの子を……ナタリーを、殺させはしない!」
壁にヒビが入る。尋問用に、鎖の先は錘と繋がっていて壁に埋め込まれている。それがクサヴェルの腕に負けようとしていた。
「ば、バカな……!?」
「応援を呼べ、こいつを部屋から出すな!」
一人が部屋を飛び出し、もう一人が懐から大剣を取り出す。
「ううううううううおおおおおおおおおおっっ!!」
剣の先がクサヴェルの胸に突き当たる。だが貫通どころか皮膚に一ミリも刺さらない。それどころか、押し負けている!
「……化け物がっ!」
壁が弾ける。正方形の錘が鎖の勢いを乗せて振り下ろされる。
聖騎士団第三十七福音旅団団長レイモンドが見た、最期の光景であった。
錘を振り下ろして、杭を壊す。光と一緒に壁も消えた。
ああこんなに簡単なことだったのかと、肩を落とす。
でも立ち止まっている暇はない。
「……助けないと」
手首に繋がっている鎖を握り締める。
短剣は奪われた。これが唯一の武器だ。
足音が近付いてくる。
クサヴェルは開けっ放しのドアから出た。
悲鳴と怒号が教会に溢れた。




