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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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25.捕捉

 首を落とされたキケの体は、瞬く間に黒ずんでボロボロに崩れた。


 人の形に落ちた、炭とも灰とも言えないそれをクサヴェルは見つめる。


「……ねえ、埋めない?」


「……ああ」


 ナタリーが頷いた。


 二人で、それぞれ武器を使って土を掘る。斜面に生えている雑木林であったが、人一人分の遺体を埋める程度のスペースはあった。


(おれも、いつかああなるのかな)


 ナタリーが大まかに土を抉ってくれたので、クサヴェルはとにかく土を掻き出す。


(真っ黒になって。埋めてくれる人……彼女は、どうだろう)


 一瞬だけナタリーを窺う。彼女は黙々と斧で地面を掘っていた。


(弔ってくれるかな)


 放置されるのは、悲しい。


(それに……あんなに真っ黒になるなんて、まるで)


 二度とこの世に生まれてくるなと言われているようで。


 悪魔との契約とは別に、世界に拒絶されているようで。


(嫌だな)


「そろそろいいだろう」


 不意にナタリーが言った。


「埋めるぞ」


「おれがやるよ」


 クサヴェルは答える。ナタリーは反論しなかった。


 短剣をしまい、両手で土ごとキケだったものをすくう。


 なんとなく、足だった方から少しずつ穴に入れていった。


 足から、胴、両手、そして頭。


 少しでも人間っぽく埋められるよう、細心の注意を払った。


 一人でちまちま入れているから時間がかかるが、ナタリーは斧をしまって、黙って見つめていた。


 最後の一すくいを穴に入れて、クサヴェルは言う。


「できたよ」


「じゃあ、埋めよう」


 今度は二人で、掻き出した土を戻すように両手で埋めた。


 少しだけ盛り上がった土に、川の方から拳大の石を持ってくる。それを墓標がわりに乗せた。


「……悪魔憑きに本来、見送りの祝詞は使わないんだがな」


 両手についた土を払って、ナタリーは手を組む。


「光の化身。月の使者。天上より見守りし聖なる主よ。御許へ向かわれし魂を迎えたまえ。その慈悲の光で傷を癒し、永遠(とわ)の安らぎを与えたまえ」


 静かで凛とした、鈴のような声だった。


 クサヴェルも隣で倣って手を組む。


(……なにかの手違いで、悪魔の奴隷にならないで、弟君と再会できますように)


 祝詞の代わりにそう祈った。


 凪いでいた風が、雑木林の上空を揺らす。その風が下りてきて、二人の髪を、服を、穏やかに揺らした。


 示し合わせたわけではないが、同時に手を下ろす。


「……行くぞ」


「うん」


 墓標に背を向ける。戦闘の影響で無残に切り倒された木々を避けながら河原まで降りた。


 川が穏やかに流れる音を聞きながら、ただ無言で歩く。


「……ねえ、もしかして悪魔憑きを殺したの、初めて?」


 クサヴェルは訊ねた。


「いいや。……いや、そうだな。初めてだ」


「どっち?」


「初めてだ。異端者は何度も逮捕したが、悪魔憑きをこの手で殺したのは初めてだ」


「……出会ったのは? おれとキケを除いて」


「何度もある。その度に戦闘になった。死んだ聖騎士も何人もいる。だが……」


 言葉が途切れる。


「……この手で殺したのは、奴が初めてだった」


「そっか……」


「急にどうした。そんなことを聞いて」


「いや。なんかこう……落ち込んでいるように見えたから」


 ナタリーが盛大にため息をついた。


「はあ。貴様にそう思われるとは」


「嫌だった?」


「自己嫌悪的な意味で言えばな」


 不意に、ナタリーが立ち止まる。自分の手の平を見つめる。


「…………。人を殺すというのは、こんなにも苦しいものなんだな」


 小刻みに震える右手を、左手で隠すように握り込む。


 足から力が抜ける感覚がして、ナタリーはしゃがみ込んだ。


「怖い。誰かを殺す重みで、押し潰されそうだ」


 傾き始めた日が彼女を照らす。白い外套が色を吸ってオレンジ色になった。


 クサヴェルはナタリーの前に回り込む。


 祈るように固まる拳に触れようとして、引っ込みかけた両手を伸ばす。


 鎖のような痣が浮かぶ。全身が寒気と虫に覆われたような嫌悪感に支配される。


 ナタリーが驚いて顔を上げた。正面にいるクサヴェルは、まっすぐに彼女を見据えている。


「おれは、たくさん人を殺してきた」


 クサヴェルは言った。


「おれから色んなものを奪おうとする奴らを。殺そうとしてきた奴ばっかりだったから、殺さなきゃいけなかった。でもそうじゃなかったら、こっちも襲ったりしなかった。……ねえ、もし殺すのが怖いなら、おれがやるよ」


「……え?」


「おれが代わりに殺す。君を守らせて。君に辛い思いをさせたくない」


 ナタリーは目の前の少年を見つめた。


 彼の目に一切の揺らぎはない。真剣に、真摯に、ナタリーを救おうとしている。


「…………」


 聖騎士は、人々を救い、守る者。悪魔憑きを滅する者。ナタリーはそう教わってきた。


 だから、戦闘で連携を取ることはあっても、誰かを庇うことはなかった。


 自分たちは死後の救済が約束されているから。それは、誰かの辛さを見て見ぬふりするちょうどいい言い訳だった。


(救われたかったのか、私は)


 クサヴェルの言葉がすとんと胸に落ちる。握りしめていた拳から力が抜ける。肩が、体が、軽くなる。


「――――」


 ナタリーが口を開いた。


 カカカカッ!


 硬く澄んだ音が響いた。


「「え?」」


 周囲を見回す。


 さっきまでなかった、白い杭。


 それがクサヴェルを囲むように四本突き立てられている。


「セ――!」


 ナタリーが叫び、クサヴェルを突き飛ばす前に。


 杭が稲妻を帯びて発光した。


「うわっ!?」


「ぎゃああああああああっ!!」


 ナタリーが弾き飛ばされ、クサヴェルが絶叫する。


 白い光の壁で彼の四方を閉じ込められた。皮膚が焼かれては再生する。


「あああああっ!! あああああっ!!」


 クサヴェルが壁を叩く。触れたそばから皮膚が焼け(ただ)れた。そしてまた綺麗な肌に再生する。


 明らかに聖武具(セイクリッド)の能力だ。それも、自分たちに支給されている物よりも格段に威力が高い。


 ナタリーの記憶が正しければ、危険物扱いされて倉庫に封印されていたはずのものだ。


「どうして……」


「ナタリー副団長!」


 声が響いた。


 はっと振り返れば、対岸から馬を駆る聖騎士の姿があった。そこに見覚えのある人物を認めて、血の気が引く。


「レイモンド団長……」


「ナタリー、無事か!?」


 馬から降りた大男――レイモンドがナタリーに駆け寄った。


「……そう、ですね。怪我は、ありません」


「それはなにより」


 レイモンドは頷いて、光の壁の中で悶えるクサヴェルを見やった。何度も皮膚が爛れて再生しながら、脱出しようと短剣も取り出して壁を叩いてる。だがびくともしなかった。


 それをゴキブリを見るような目で見下ろし、呟く。


「教皇様から許可をもらって持ち出してみたが、まさかこれでも死なないとは」


「団長、これからどうするのです?」


「悪魔憑きが死ななければ、持ち帰って他の聖武具(セイクリッド)を試すまでだ。その許可ももらっている」


「そうですか」


「……どうした」


 レイモンドは改めてナタリーを見た。特に変わっている様子はない。もしや、精神的な屈辱を味わわされたのか。


 ナタリーが、静かに両手を前に突き出した。


「……なんの真似だ?」


「悪魔憑きに(そそのか)され、私は魔物の肉を食べました」


 うすら寒くなるほど感情のない言葉に、レイモンドは絶句した。遅れてやってきた聖騎士たちも目を見開いて固まる。


「もう聖騎士ではありません。私は異端者です」


「…………」


「違う……!」


 二の句が継げないレイモンドに代わって、クサヴェルが言った。


「違う、君は、異端者じゃない……!」


「黙れ、悪魔憑き!」


 我に返った聖騎士が剣で突き刺した。刃はまるで入らなかったが、上から押さえつけることで動きは阻害できている。


「……ナタリー」


 レイモンドがゆっくりと言った。


「覚悟はできているのか?」


「はい」


 即答だった。顔を上げたナタリーの目は、レイモンドを見ているようで見ていない。


「お願いします」


 レイモンドの懐から手錠が取り出される。


「ダメだ……!」


 上から何本もの剣で押さえつけられても、光の壁で阻まれても、クサヴェルは手を伸ばす。


「ダメだ……!」


 名前を、言おうとした。


 でも言葉が出なかった。


 言ってしまったら、彼女を異端者と決定付けてしまうみたいで。


「ダメだ……!!」


 手錠が、かけられた。

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