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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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24/31

24.いたみ

「いっ……あ、があっ……!」


 熱い、痛い、熱い!


 たまらず倒れ込んだ男をナタリーは見下ろす。


「よっ、と……えええっ!? だ、大丈夫!?」


「貴様はどっちの心配をしているんだ」


 斜面を登り切ったクサヴェルが、短剣をしまい慌てふためく。ナタリーはそれに心底呆れながら、男に言った。


「二手に分かれて攪乱(かくらん)し、聖武具(セイクリッド)が手元に戻る性質を利用しての不意打ちだったが……。こうも簡単にうまく行くとは思わなかったな」


「ぐ……っ、あ……!」


「痛かろう。悪魔憑きにとって聖武具(セイクリッド)は毒だ。次の一撃で葬ってやる」


「……寄る、な……!」


 男は苦痛に呻きながら、這って後ろへと下がった。


「なにが悪魔憑きだ、なにが聖騎士だ! お前たちは、結局自分が可愛いだけだろう!」


 近付こうとしたナタリーが止まる。


「……そうかもしれないな」


「都合の悪い奴は異端者として殺される。それ以外の奴は信徒とか言って搾取する! 誰も逆らえないから、恨みつらみは弱い奴に向けられる! お前らのせいで弟は……!」


 不意に、言葉が途切れた。男がなにかに気付いたように目を見開く。


 クサヴェルが周囲を見回したが、なにもない。冷たい風が吹くだけだった。


 ナタリーが問う。


「どうした」


「……いいや」


 男はゆるく首を振った。


「思い出しただけだ。弟が死んだときのことを」


「そうか」


 ナタリーは近付き、男から斧を引き抜いた。痛みに男が呻く。


「殺すの?」


 クサヴェルは訊いていた。


「そうだ」


「悪魔憑きだから?」


 続けて問われて、ナタリーは言葉に詰まる。


「…………。聖騎士と出くわした以上、悪魔憑きは生かしておけない」


「でも、俺は生きてる」


「それは貴様が死ねないからだろう。本来なら最初に出会った時に私の一撃で死んでいたんだぞ」


「理屈じゃあ、そうだよ。でも俺は死なない。死ねない。だから君と旅が出来てる。……ねえ、本当に助かる道はないの?」


「くど……」


「しつこいなあ、君」


 ナタリーの言葉を男が遮った。


 男は脇腹を抑えながら、仰向けに転がる。血が広がる。汗が止まらない。呼吸が速くなっている。顔も青白くなっている。その左頬には、鎖のような痣が浮かんでいた。


「俺は弟を救えなかった。君たちも殺そうとした。それで死ぬんだ。天罰だよ」


「でも――」


「ああ、じゃあこれならいいかな。先輩として、悪魔憑きがどう死ぬのか見せてあげるよ」


「それも嫌だ!」


 クサヴェルは叫んだ。男の傍に膝をつく。


「なんで死ななきゃいけないの!? おれたち、なにか悪いことした!?」


「貴様はともかく、こいつは一つの村を滅ぼしたぞ」


「それは、そうだけど! 悪魔憑きになったのは、願いがあったからで……! その願いも、持っちゃダメなの!? 幸せになりたいとか、弟を取り戻したいとか! ねえ、神様も悪魔も天使も、なんでそういうことをするの!?」


 ナタリーは答えられなかった。


 クサヴェルの問いは、彼女に向けられたものではない。だが、答えに一番近いところにいるのもナタリーであった。


 唇を噛む。


「……こいつを放置していれば、また罪のない人々が殺される。私は、その悲劇を増やさないために、こいつを殺す」


「……答えになってないよ」


「いいんだ、少年」


 男がクサヴェルの胸を叩いた。本当はもうちょっと強く叩きたかったのだろう。だが血まみれの手は、ほとんど押し付けられる程度の力しか残っていなかった。


「俺は疲れたよ。もういない弟の影を追うのは。もう……これ以上、生きたくないんだ」


 クサヴェルは口を開こうとした。舌が上手く動かない。唇がわななく。


 この男は、たしかに自分たちを殺そうとした。こちらも本気を出さなければナタリーが死んでいた。


 でも。それでも。


 死んでほしくないと願ってしまった。


「……じゃあ、名前だけでも教えてよ」


「は?」


 男がきょとんと眼を見開いた。


「おれ、あんたの名前を知らない。ただの『他の悪魔憑き』で終わらせたくない」


「…………ふはっ」


 男はたまらず噴き出した。脇腹が痛む。


「お前、変な奴って言われるだろ」


「それは、もう。あの子に散々」


「だろうな」


 男は痛む脇腹を抑えながら、小さくひとしきり笑った。


「ふっ、くくっ……。少年、俺の名前はキケだ。覚えておけ」


「キケ、キケ……。うん、覚えた」


 何度も口の中で繰り返し呟き、クサヴェルは頷く。


「おれも教えとく。おれの名前は、クサヴェル」


「クサヴェル、か……。似ても似つかないな」


「だから最初から言ってるじゃん。別人だって」


「そうだったか」


(……ああ、でも)


 男――悪魔憑きキケはクサヴェルの顔を覗き込む。


「……やっぱ、そっくりだ」


「まだ言うの?」


「お前の、その、無邪気そうなところ……。あいつそっくりだ」


 この世に楽園があると信じて疑わなかった小さな弟。いつか絶対にそこに行くんだと、木の棒や布に切れ端で冒険の準備をしていた。自分はそれに呆れながらも、否定しなかった。


 信じていたかったのだ。


 誰も信じられないこの世界で、眩しい夢に、いつしか自分も連れて行ってもらいたかった。


 教会が食料を奪い、幼い子供を攫いに来て、すべてが崩れ去った。


 町の外の木から実を取ってきて、それを他の子どもたちに見られて。


 実のなる木のありかを吐けと、殴られ、蹴られた。


 二人とも絶対に喋らなかった。


 そのうち、頭を強く殴られた。大きな石をぶつけられたのかもしれなかった。


 意識が沈んだキケを拾ったのは、恐ろしい形相の存在だった。


 慌てふためく彼に問われたのは、生き返った後のこと。


 キケは迷いなく答えた。


「弟を助けたい」


 なにもかもを切り裂いて、弟を必ず守る。


 それは、耳まで裂けるほど笑って了承した。


 再び意識が浮上したキケが見たのは。


 全身から血を流し、頭が大きく抉れた小さな体だった。


(ああ、とんだ喜劇だ)


 悪魔は最初から知っていたのだ。


 キケが生き返っても、弟はすでに助からないということに。


 壊れたキケの旅路を、悪魔はさぞ楽しく見ていたことだろう。


(でも、もういい)


 弟は――デミトリは生き返らなかった。つまり、悪魔の手に落ちなかった。


 そこに一片の希望があれば、キケは自身に待ち受ける地獄も耐えられる。


「もういいか」


 聖騎士が言った。


「ああ。……せめて、一思いにやってくれ」


 キケはそう言って目を閉じる。抵抗する力も残っていなかった。


「……離れていろ」


 ナタリーはクサヴェルにそう言う。クサヴェルは二人を交互に見つめ、なにか言いたそうな顔でゆっくりと後ろに下がった。


 ナタリーは斧を握り直す。手の平に汗がにじむ。いつも難なく振り回せているはずの斧がやけに重かった。


 ゆっくりと、持ち上げる。断頭の刃が上がる。


 なかなか衝撃が来ず、キケが目を開けた。


 二人の目が合う。


「……面白いものを見た」


 唇を一直線に引き結び、眉間に大きく皺を寄せ。


 泣きそうな顔で斧を振り上げるナタリーを見て、キケは笑った。


 そうして、もう一度目を閉じる。


 悪魔憑きは抵抗していない。その気力が残っていない。


 はやく、彼を救ってやらねば。


「……あ、……っ、……――あああああああああああああっ!!」


 (いた)むような絶叫を乗せて。


 斧が振り下ろされた。

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