22.激闘
「デミトリを……弟を返せっ!」
男が手を突き出す。ナタリーはすかさず左へ飛んで見えない刃を避けた。
ギィン!
「ぐっ!」
そこにクサヴェルが割り込んで、体で刃を受け止める。
「え?」
「は?」
男とナタリーが素っ頓狂な声を出した。クサヴェルが声を荒らげる。
「ちょっと待ってよ! なんで二人が殺し合うの!?」
「いやこっちのセリフだが? なんで君が庇うんだい? 相手は聖騎士だぞ?」
男が困惑したまま問うた。
「だっておれ、この子と幸せになりたいんだもん! おれも死にたくないし、この子に死んでほしくない!」
真っすぐにクサヴェルが答える。
「は……?」
男が口をぽかーんと開けた。
ナタリーが額に手を当てて空を仰ぐ。
「……貴様、こんな状況になってもそれを言うか」
「だって、このままじゃ殺されちゃいそうだったんだもん。なんでか知らないけど、おれは死ねないからさ。丸腰でも君の盾にくらいはなれるよ」
「悪魔憑きが聖騎士の盾を名乗るか」
「君に死んでほしくないから。おれとしては、それだけで十分だよ」
ナタリーにそう答えてから、クサヴェルは男に向き直る。
「ねえ、手を引いてくれない? おれも人を殺したくないんだよ」
「…………はっ」
男は笑った。
「舐めたことを言ってくれるな、少年。個人的に恨みがなくても、聖騎士と出会った以上は殺しておかなくちゃならない」
「それ、誰が決めたの?」
「さあな。だがせっかく生き返ったんだ。悪魔と取引をしただけで目の敵にする教会なんか、滅んでしまえばいいんだ!」
男がテーブルの上を薙ぎ払うように腕を振る。見えない刃の雨がクサヴェルに襲い掛かる。
彼の後ろに回り込んだナタリーが小さく息を吐いた。
「驚いたな。悪魔憑きというのは皆生き返るのか」
「知らないよ、そんなの!」
顔を両腕で守りながらクサヴェルは言い返す。
「本当に教会はなにがしたいの? 悪魔憑きを目の敵にするような事件ってあった?」
「少なくとも、あいつは罪のない村人を皆殺しにしただろ。しかもついさっきまで正気を失っていた。危険因子と判断するには十分だろ」
「そうじゃなくって……! あれ? あいつは?」
不意に攻撃が止む。クサヴェルが辺りを見回すが、男の姿はなかった。
「こっちだ!」
ナタリーがクサヴェルの腕を引っ張る。ギィン、と胸が痛んだ。
「っつ……!」
クサヴェルが顔を上げた先は、斜面に生えた雑木林。
「このままあの林に突っ込め!」
ナタリーが指示を出した。
「ここじゃ奴の格好の的だ!」
言っているそばから、再び見えない刃がクサヴェルを襲う。
「絶対におれの後ろから出ないでよ!」
「誰が出るか!」
腕に、腹に、足に攻撃を受けながら、クサヴェルはナタリーを庇いつつ雑木林に向かう。時々当たり損なった刃が地面を抉り、砂利を飛ばした。
「ねえ、あいつがどこにいるのか、わかるの?」
不意にクサヴェルが訊ねる。
「なんとなくな。貴様に触れている時と同じだ。奴が攻撃を繰り出す度、大量の虫が全身を這うような嫌な感じがする」
「そうなんだ。いてっ」
雑木林にようやく辿り着いた。細い木が乱立しているせいで視界が悪い。
それに合わせて、急に攻撃が止んだ。男もこちらの出方を窺っているのだろうか。
「……隠れるのが上手いな、あいつ」
ナタリーが小さく舌打ちした。
「うん。全然わからない」
クサヴェルは頷いてから、驚いたようにナタリーを振り返る。
「って、さっきわかるって言わなかった?」
「奴が攻撃を繰り出す度に、と言ったはずだ。なにもしてこなかったら自分の五感で探るしかなかろう。……そのせいで貴様の正体に気付くのに遅れたし」
最後の方は小さすぎて聞き取れなかった。
「うーん、不便」
「貴様も探せ、悪魔憑き。貴様の方こそ同族は見抜けないのか?」
「わからないよ。だって他の悪魔憑きに会ったのもこれが初めてだし」
「もっとなにかしらの違和感はないのか?」
「あったらとっくに気付いてるよ! 人を便利な道具扱いしないで!?」
次の瞬間、ナタリーが伏せた。
「うげっ!?」
こめかみに直撃を食らったクサヴェルが仰け反る。
それを無視して、ナタリーは刃が飛んできたと思しき方向を睨んだ。
「あっちか。行くぞ、盾」
「う、うん……」
こめかみを抑えながら、クサヴェルはナタリーにつつかれて進む。
雪が残る斜面をぎゅ、ぎゅと踏みしめながら登っていった。
「……ちょっと待って」
クサヴェルが立ち止まる。
「どうした」
「足跡がない」
そう言われて、ナタリーも慎重に周囲の雪が残る場所を見回した。
足跡は自分たち二人分のものしかない。かといって、見える範囲に第三者の足跡があるわけでもない。
「…………。いや、そこの雪を見てみろ」
ナタリーが指さしたのは、クサヴェルの右斜め前だ。他と同じように、日陰で雪が残っている。
「凍っていないぞ」
クサヴェルが近付いて触ってみた。半端に溶けて凍った雪ではない。新雪のようにさらさらとしていた。指先の温度ですぐに溶けていく。
「例の見えない刃物で、雪を砕いた?」
「おそらくな。それから、いくつか仮説がある」
「仮説?」
「一つ、奴の力は手の平、または指先から放たれる。もう一つは、それが当たったら消滅する」
「……そういえば」
と、クサヴェルは川の方を見る。そこには男が放った刃で倒れた木があった。
「木が倒れたの、一本だけだ」
「貴様の頑丈さに関わらず、おそらく貫通できるのは木一本程度」
倒れた木の断面は、滑ってしまいそうなほど滑らかだ。だが周囲の木には傷一つ付いていない。
「さっきも、あれだけ攻撃があったのに今はしていない。おそらく木を切って衝撃が逃げるのを恐れている」
「でもさ、それならいっそ木を切って俺たちを下敷きにしちゃったらよくない?」
「……それ、聞かれたらどうする」
「え?」
クサヴェルが首をかしげる。
ギィン、とどこかで鳴った。




