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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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16/19

16.ずぶ濡れ

 崖から落ちて、川に流されて。


 川の流れが穏やかになったあたりで、クサヴェルとナタリーは洞穴を見つけた。


「いいか? 絶対に振り向くなよ? 振り向いたらこの火の中に貴様を投げ入れてやるからな?」


「わかってるよー。……へっくしょい!」


 洞穴にくしゃみがこだまする。ナタリーは「親父くさ……」と顔をしかめた。


 長いこと水に浸かっていたせいで、二人とも濡れ鼠だ。そのままでは死ぬ可能性もあるため、焚火で暖を取りつつ服を乾かしている。


 クサヴェルは(はな)をすすりながら言った。


「でもすごいね、ここ。誰かの住処だったのかな?」


「さあな。自然に崩れて出来た可能性もある。なんにせよ、助かった」


 そう言って、ナタリーは静かに祈りを捧げる。


「……そのお祈りって、孤児院ってところで知ったの?」


「そうだな。育ててくれた職員や、年上の子どもたちがやっているのを見て、自然と」


「ふーん。孤児院に来る前は?」


「さあな。物心ついた頃には、あそこで暮らしていた」


(……いや、最初の記憶が、あの孤児院に向かう道中だった、が正しいか)


 しかし訂正するほどのものではない。ナタリーは話を振った。


「そういう貴様はどうなんだ? その年まで一人で生きてきたのか?」


「そうだよ」


 あっけらかんとクサヴェルは肯定する。


「なら、あの悪魔憑きが言っていたことは?」


「嘘。……ていうか、別の誰かとおれを勘違いしてる?」


「自分のことを〝兄〟と言っていたからな。……貴様が本当に奴と兄弟だったら、まとめて叩っ斬るぞ」


「だから違うってばー。あいつ、おれのことを変な名前で呼んでたし」


「まあな。それさえも貴様らのシナリオ通りだとしたら、大したものだが」


「ひどいなあ。信じてよー」


「悪魔憑きの言葉など信じられるか」


 そこで会話が途切れる。焚火がパチパチ爆ぜる音と、遠くから聞こえる川のせせらぎが横たわった。


「……幸せって、難しいな」


 不意に、クサヴェルがそう言った。


「なんだ、急に」


「おれ、幸せになりたいっていつも言ってるよな。幸せって、すごいふわっとしてるじゃん? だから、まずおれが幸せに思うのがなんなのか、そこから始まったんだよね」


 ナタリーは静かにしている。クサヴェルは構わず続けた。


「まず、ご飯が食べられること。屋根がある場所で寝られること。床や干し草があったらもっと嬉しい。あと痛いことがない。痛いのは嫌い。あと暖かいこと。寒いのは嫌い」


「好き嫌いで判断しているのか。単純だな」


「でもわかりやすいだろ?」


 クサヴェルは言った。


「あとね、君と一緒にいられること。それが今は一番幸せかな」


「こんなことになっているのにか?」


「うん。おかしいよね」


 クサヴェルが身じろぎする。膝を抱え直したようだ。


「でも、本当。君と出会って、一緒に旅を……行動をするようになってから、ずっと楽しいんだ。いろんなことがあったのに。楽しいことばかりじゃないはずなのに。それを含めて、君と一緒にいられることが、すごく嬉しくて……幸せ」


 ナタリーはなんとなしに彼の背中を見た。


 あばらが浮いている。小柄でも聖騎士の鎧を着ているナタリーを軽々と担ぎ上げる力を持っているとは思えないほど、その線は細かった。


「ねえ」


 クサヴェルの声でナタリーは現実に引き戻された。


「君は、なにが楽しかった? なにをしていると、楽しかった?」


「…………」


 ナタリーは答えられなかった。


「……ない」


 (かす)れるような声で答える。


「え?」


「ない、と答えたんだ。楽しかったことなど。嬉しいことも、面白いと思ったことも」


「…………」


「聖騎士にそんなものは必要ない。求められるのは、神への信仰と、それを忠実にこなす行動力。個人の意思など必要ない」


「…………」


「笑うか?」


「ううん。笑わないよ」


 クサヴェルは即答した。


「そうしないと生きていけなかったんだろ? 今まで、ずっと。……おれも、そうだったから」


「なに?」


 ナタリーが怪訝そうな声を出す。


「貴様、教会にいたことがあるのか?」


「ううん。でも、生きるのに精いっぱいだったころは、そんなこと考える余裕なんてなかったから。……あのさ」


 クサヴェルはそこで一拍置いた。


「おれ……」


 努めて平静に。なんてことないように。


「一回、死んでるんだ」


 悪魔憑きはそう言った。

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