14.悪魔憑き
突然の絶叫に老夫婦が飛び上がる。
「なんだ!?」
「行くぞ!」
ナタリーがクサヴェルの首根っこを掴んで飛び出した。
悲鳴は畑の方から近付いてきている。そちらへ駆けていくと、こちらに逃げてくる村人たちがいた。
「聖騎士様ぁっ! 従者様ぁっ!」
そう叫んだ男が、鋭利な刃物で切断されたように斜めに切り落とされた。
「ひっ」
「怯むな!」
息を呑むクサヴェルをナタリーが叱咤する。
他にも悲鳴を上げながら逃げてきた村人たちが、次々に切られる。どれも刃物の姿なんて見えなかった。
「悪魔憑き……!」
ナタリーが歯噛みする。
「やっぱり? そうなの?」
「ああ。この不可解な現象はそいつしかいない」
ねっとりと血の臭いが立ち込める中、立っている人物が一人だけいた。
どこにでもいる旅人のように見えた。ぼろぼろのマント。風にはためいて揺れるその内側も、どこにでもあるシャツやズボンだ。体格からして男だろう。
伏せていた顔を上げると、ぼんやりとその景色を眺め始めた。
ただの青年に見える。その男が不意に、腰から下が分離した死体の方を揺すった。
「すみません、お聞きしたいことがあるんですけど」
死体は答えない。仮にまだ死体でなかったとしても、事切れるのは時間の問題だ。
「んー……」
男はつまらなさそうに立ち上がる。そして周りを見回す。
離れた場所に立っている二人を見つけた時、
「…………」
虚ろだったその目が焦点を結んだ。
「……あぁ、ここにいたんだ」
誰に向けられた言葉かわからず、クサヴェルもナタリーも辺りを見回す。だが周辺にいるのは自分たちと目の前の男だけで、生きている人はそれ以外にいない。
「まったく。手間かけさせるなよ。ほら、兄ちゃんと行こう」
そう言って、男はクサヴェルに手を差し出した。
「……貴様、兄がいたのか?」
意外そうにナタリーは訊ねるが、クサヴェルは強張った顔で首を激しく横に振る。
「おれ、生まれた時から一人だった。兄弟なんて誰もいない。こいつ、誰? 知らない!」
悲鳴のようだった。男が残念そうに眉を下げる。
「ひどいなあ。兄ちゃん傷付いちゃう。……ま、そっか。自分を見殺しにした兄のことなんか、覚えてないか」
「え」
「は」
次の瞬間。
「伏せろっ!」
ナタリーに引きずられるようにして、クサヴェルは伏せた。
その真上をなにかが通り過ぎる。突風の一瞬を切り取ったような鋭さだった。
後ろでなにかが倒れる音がする。見ると、老夫婦と思しき体から大量の血が流れ出ていた。
「でもいいんだ。お前を殺して俺も死ねば、ぜんぶなかったことになる。なあ、デミトリ。兄ちゃんと一緒に死のう?」
クサヴェルは答える代わりに、ナタリーを抱えて走り出した。
「わっ、ちょっ、下ろせ!」
「ダメダメ無理無理! できるだけ小さくなってて!」
「なぜだ――」
答えは直後にやってきた。
ギィン! と金属音が鳴る。クサヴェルの背中からだった。
「いっつ……!」
同時にクサヴェルも顔をしかめる。ナタリーは驚いたように彼を見た。
「貴様、怪我をしているのか?」
「体の傷はすぐに治るけど、痛みまで感じないわけじゃないから! 痛い痛いやばいやばいめっちゃ痛い!」
ギギギギギィン! と連撃が来る。そのさらに後ろからは
「兄ちゃんとおにごっこかい?」
なんて楽しそうな声が聞こえてくる。
見えない刃で建物が次々に崩される中、ナタリーは必死に周囲を見回す。
「あっちだ!」
不意に右側を指さした。
「崖がある、飛び込め!」
「うおおおおおおおおっ!!」
クサヴェルがスピードを上げる。
平原が続いているせいでわかりにくくなっていたが、村の奥は断崖になっていた。
クサヴェルはそこに飛び込む。
眼下に見えるのは一面の濃い緑。内臓が持ち上がる気持ち悪い感覚に二人で悲鳴を上げた。
細い枝を折り、太い枝にぶつかり、何度もそれを繰り返して落ちていく。
やがてその衝撃がなくなったと思ったら、今度は水音と共に肌を刺すような冷たさに襲われた。
「つっ、つめたっ……!」
「馬鹿、声を出すな! このまま下るぞ」
幸い、川は深くて流れも速い。流れに身を任せていった方が速かった。
悲鳴と、枝を折る音、そして水音。
崖の上でそれらを聞いた男は、残念そうにため息をついた。
「あーあ。また逃げられちゃった」




