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加護憑き少年、一目惚れした聖騎士の少女と旅をする  作者: 長久保いずみ


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10/18

10.出発

 クサヴェルが目を覚ますと、ナタリーは変わらずそこにいた。


「おはよう」


 と声をかけると、ナタリーは彼を一瞥する。


「大丈夫? 疲れなかった?」


「聖騎士を舐めるな。これくらい、鍛錬の内にも入らない」


 淡々と返される。


「そっか」


 クサヴェルはそう返して、腕をめいっぱい空に伸ばした。


「ん~……」


「起きたのなら教会に行くぞ」


「えー、まだそれを言うの? おれ、行きたくない」


「貴様の駄々は聞かない。行くぞ」


「そっちに行ったら、おれ絶対に不幸になる。少なくとも幸せにはならない」


「貴様個人の幸せなど知ったことか」


「とにかくおれは行かない……あっ」


 言い合っていたクサヴェルが、ふと視線を外したまま固まった。


 ナタリーが怪訝に思ってそちらを見れば、


「ああ……」


 昨日、干していた魔物の毛皮にうじが湧いていた。昨日食べきれずに残していた肉も同様だ。


「あー、面倒くさがらずに水場を探しておけばよかった……」


 あったかいのに、とぶつぶつ言っていたが、ナタリーは安堵のため息をこぼしている。


「これ以上穢れが広がるのは看過できないからな。ちょうどよかった」


「行く先に村がなかったらどうするんだよ?」


「それも神の御意思だ。あれは捨て置くぞ。立て」


 立ち上がったナタリーがクサヴェルを蹴る。クサヴェルは「ひどい」と言いつつリュックを取った。


 そして教会方面へ歩き出そうとしたが。


「だーかーら! こっちに来いと言っているだろうがこの悪魔憑き!」


「絶対に嫌だ! 君も諦めてよ!」


「誰が諦めるものか! 貴様、本当にその馬鹿力はどこから来ているんだ!?」


「知らないよ! 君が非力なんじゃないの?」


「他の者より身長が低いのは認めるが、その分私は天使様の加護で他人よりも膂力(りょりょく)がある! 貴様の悪魔の加護が私の膂力を上回っているとしか思えん!」


「へー。それはそれで助かるかもな」


「良くない! いいからこっちに来いこの悪魔憑き!」


 喚くナタリーをずるずる引きずりながら、クサヴェルは教会から遠ざかるように歩いた。


「それよりも君、体は大丈夫なの?」


「は?」


「いや、昨日頑張ってお肉を食べていたからさ。気分が悪くなっちゃったり、それこそ……なんだっけ、テンなんとかの加護とぶつかって体の調子が悪くなっちゃったりしたら、申し訳なかったなって」


「…………。そう思うなら勧めるな」


「だって、食べられるものがあれしかなかったんだもん」


「ならば勧めなければ良かったんだ。人間、一日二日なにも食べなくても生きていける」


 ナタリーがそう言うと、クサヴェルは黙った。


 それから、絞り出すように言う。


「……それは、嫌だ」


「なに?」


「それは、おれが嫌だ。おれは、君に苦しんでほしくない。君も、幸せになってほしい」


「…………」


「食べ物がないって、すごく怖いことだから。いつまた食べ物が手に入らなくなるか、わからないから。手に入ったら、そのことに感謝して、ちゃんと食べて、明日に繋げたい」


 ナタリーはクサヴェルの顔を見た。こちらに背を向けているから表情ははっきりしない。けれど、真剣な顔をして前を向いているのがわかった。


「……貴様は本当によくわからないな」


 ため息混じりに吐き捨てる。


「え? なに?」


「行く当てはあるのかと聞いたのだ。教会が嫌だと言うなら、貴様だってどこかに隠れ家やあったり支援者がいたりするのだろう」


 ナタリーが訊ねると、振り返ったクサヴェルがきょとんとした顔で足を止めた。


「ないよ?」


「は?」


「だから、ないよ。行く当ても、隠れ家も。シエンシャってなに?」


「…………」


 ナタリーはしばらく、なんともいえない顔で固まった。

 

◆   ◆    ◆


 森をかき分ける白い集団がいた。汚れ一つない真っ白な外套に身を包んだ彼らは、緑豊かな森の中で完全な異物だった。


「くそっ、悪魔憑きめ。なんて速さなんだ」


「副団長の斧の跡が一直線についているから、ここに来たのは確実なんですけどね」


「お前ら、無駄口を叩くな。悪魔憑きに聞こえたらどうする」


 一人がぴしゃりと言うと、誰も無駄口を叩かなくなった。


 森にただ、複数人の足音だけが響く。


「ん? 班長、これなんの跡でしょうか」


「なに?」


 班長と呼ばれた男が、隊員が指さす先に目を凝らす。


「…………」


 太い二本の跡だった。それに隠れるように、誰かの足跡がかすかに浮かび上がる。


「うわっ」


 思考に沈む班長の耳に、別の隊員の悲鳴が上がった。


「どうした」


「ち、血です。それも、魔物の血」


「なんだと?」


 隊員が指さしたところは、たしかになにかが焦げたように黒く燻っていた。


「班長、この周辺、魔物の血だらけです」


「戦闘があったのは間違いありません」


 他の隊員も声を上げた。最初に見つけた一ヵ所が色濃く出ていただけで、そこかしこにも魔物の血と思しき黒い焦げが周囲に散っていた。


「……急ぐぞ」


「ですが班長、もしまだ近くに——」


「だから急ぐんだ」


「ゼルニケ班長?」


 ゼルニケが歯を食いしばる。


「悪魔憑きめ、ナタリー副団長を悪魔への生贄にするつもりだ」


 隊員たちが息を呑んだ。


「そんな、副団長……!」


「で、でもどこに……!?」


「魔物の肉と一緒に引きずっていったんだろう。魔物の肉と副団長の体を使って悪魔を召喚するつもりだ」


 ひっ、と誰かが悲鳴を上げた。


「一刻も早くお助けするぞ。この跡を追えば間違いない。そう遠くへは行っていないはずだ」


「はいっ」


 福音旅団は、悪魔憑きの痕跡を追った。

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