↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタクと天使のラブソング  作者: ななぐさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/15

第8話「テレビに出る、変な感じがする、そして幼馴染が現れた」

第8話「テレビに出る、変な感じがする、そして幼馴染が現れた」


   ◆


 MUSIC CANVASの収録は、都内のスタジオで行われた。


 出発前に社長から一言あった。


「収録中は、オタク感を抑えてください」


「……わかってます」


「本当にわかってますか」


「わかってます」


「他の出演者を見て固まらない。目を輝かせない。『尊い』と呟かない」


「言いません」


「過去に言いそうになったことがありますか」


「……ノーコメントで」


「注意してください」


 わかっていた。わかってはいた。


 楽屋に通されて、スタッフさんに挨拶して、メイクを直してもらって——その間ずっと、なんか変な感じがしていた。


「どうしたの?」とノエルが言った。


「なんか……背中がゾワゾワする」


「緊張?」


「違う。なんか……痒い感じ」


「蕁麻疹?」


「そういうんじゃないんだけど」


 うまく説明できなかった。


 緊張とも違う。怖いとも違う。なんか、虫の知らせみたいな、落ち着かない感じ。


「気のせいじゃない?」とノエルが言った。


「……そうかも」


 私はミラーに向き直った。


 メイクさんが仕上げをしてくれていた。


 でも背中のゾワゾワは、消えなかった。


   ◆


 収録前の待機室で、他の出演者と鉢合わせた。


 今日の出演は三組。Lumière Angeと、シンガーソングライターの女性と——


 その女性を見た瞬間、私は固まった。


(白石ことりじゃないか)


 インディーズから叩き上げで今年メジャーデビューしたシンガーソングライター。透き通るような声と、日常を切り取った歌詞が特徴で、私は去年から追っていた。アルバムは全部持っている。ライブにも二回行った。


 固まっていた。


 ノエルが私の脇をつついた。


「あかり」


「……わかってる」


「目が輝いてる」


「……わかってる」


「社長に言われてたでしょ」


「……わかってる」


 深呼吸した。


 落ち着け。プロとして来てるんだ。オタクとして来てるんじゃない。


 白石ことりさんがこちらに気づいて、会釈した。


 私は会釈を返した。


 平静を保った。


 保てた、と思う。


「さっきちょっとだけ『尊……』って言ってたよ」とノエルが言った。


「言ってない」


「言ってた」


「言ってない」


「あかり」とノエルが言った。


「なに」


「あの人たちも来たよ」


 ノエルが指さした先に、四人組がいた。


 全員、黒い衣装だった。全員、顔がよかった。全員、オーラがあった。


(GODSYか)


 今の日本で一番売れているヴィジュアル系アイドルグループ。チケットは秒でソールドアウト。雑誌の表紙を総なめにしている。私はオタクなので当然知っていた。


 ただ、男性アイドルは守備範囲外だった。


 かっこいいとは思う。すごいとも思う。でも白石ことりさんを見た時みたいな「カチカチ」は来なかった。オタクの熱量というのは不思議なもので、ちゃんと好きじゃないと発動しない。


 そして。


 四人のうちの一人が、こちらを向いた。


 背中のゾワゾワが、一気に強くなった。


 顔を知っていた。


 でも——なんで知っているのか、一瞬わからなかった。


 雑誌で見た顔だ。テレビで見た顔だ。でも、それだけじゃない気がした。


 男は私を見た。


 一秒、見た。


 それから、すっと視線を外した。


「知り合い?」とノエルが言った。


「……ううん」


 でも背中のゾワゾワが止まらなかった。


   ◆


 収録は順調に進んだ。


 Lumière Angeの出番は二番目だった。


 カメラの前に立って、ギターを構えて、ノエルが歌って——テレビ収録というのは、ライブとも動画とも違う独特の空気があった。静かで、でも密度が高い。


 弾き終わって袖に戻ったとき、GODSYが入れ替わりにステージに向かうところだった。


 すれ違った。


 また背中がゾワゾワした。


 男が、また一瞬だけこちらを見た。


 私は思わず目を逸らした。


 なんなんだ、あの感じは。


   ◆


 収録が全部終わって、楽屋に戻る廊下で。


「神崎あかり」


 後ろから声がした。


 私は止まった。


 振り返った。


 GODSYのセンターが立っていた。


 背が高かった。衣装のまま、廊下に立っていた。


 顔が、よかった。


 というかこの顔、どこかで——


「……知り合いでしたっけ」


 男は少しだけ眉を動かした。


「覚えてないのか」


「……すみません」


「月城聖。小学校が一緒だった」


 私は三秒固まった。


 月城聖。


 つきしろ、ひじり。


 つきしろ……


「……え」


「思い出した?」


「……ひじり?」


「そう」


 思い出した。


 思い出してしまった。


 小学生のころ、同じクラスだった男の子。地味で、おとなしくて、休み時間も教室の隅にいた。あだ名は「つっきー」だった。


 この人がつっきーか。


 全然わからなかった。


「でかくなったな」と私は言った。


「そりゃそうだろ」


「顔も変わったな」


「十年経ってるから」


「なんでアイドルになったの」


 聖は少しだけ、間を置いた。


「お前のせい」


「は?」


「お前がアイドルオタクだったから」


 私は意味がわからなかった。


「……どういう意味?」


「お前が俺を見る目で、俺を見てほしかった」


 私はしばらく考えた。


 真剣に考えた。


「……つまり、推しを見る目で見てほしかった、ってこと?」


「そう」


「それで、アイドルになれば私が推してくれると思ったの?」


「……まあ、そういうことだ」


「……その発想はなかった」


「なかったのか」


「推しって、なんというか、こう——遠くにいるから推せるんだよ。ステージの向こうとか、スクリーンの中とか。隣のクラスの男子を推すっていう回路が私にはなくて」


「…………」


「むしろ幼馴染がアイドルになってたら、ちょっと複雑な気持ちになるかも。応援したいけど、なんか、知ってる人がステージに立ってる感じで——」


「……そういう話をしてるんじゃない」


「違うの?」


 聖はため息をついた。


「お前は本当に」


「なに」


「……なんでもない」


「……なんか、ごめん」


「謝るな。そういう話じゃない」


 聖はまっすぐ私を見た。


「俺と付き合わないか」


 私はまた三秒固まった。


「……は?」


「聞こえてたよな」


「聞こえてたけど」


「付き合わないか」


「いや、急すぎる」


「急じゃない。十年待った」


「十年!?」


「小学校のころからずっと」


「……それは知らなかった」


「知らせてなかったから」


 私は頭をかいた。


 なんか、ものすごく、処理が追いつかなかった。


 その時。


「あかりー! 何してるの?」


 廊下の向こうから、ノエルが走ってきた。


 聖を見た。


 ノエルの顔が、一瞬だけ変わった。


 笑顔のままなのに、目が変わった。


「誰?」とノエルが言った。


「幼馴染」と私は言った。


「ふーん」


 ノエルは聖を見た。聖はノエルを見た。


 二人の間に、なんか変な空気が流れた。


「ノエルです」とノエルが言った。


「月城聖」と聖が言った。


「あかりの相方です」


「知ってる」


「仲良くしてください」


「するつもりはない」


 ノエルの目が、また変わった。


「……ふーん」


 今度のふーんは、最初のふーんと声のトーンが違った。


 私はなんとなく二人の間に割って入った。


「ほら、ノエル、帰るよ」


「うん」


「聖も、えっと……またいつか」


「答えを聞かせてもらう」


「……考えておく」


「期待してる」


 私はノエルを引っ張って歩き始めた。


 廊下を曲がったところで、ノエルが言った。


「あかり」


「なに」


「好きなの? あの人のこと」


 私は少し止まった。


「……わからない」


「わからないの?」


「考えたことなかった。恋愛とか、そういう方向で人を見たことが、あまり」


 ノエルは少しだけ黙った。


「そっか」


「なんか変?」


「変じゃない」


 ノエルはまた歩き始めた。


 私も歩いた。


 背中のゾワゾワは、まだ少し残っていた。


                     

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。