第7話「顔が出る、バレる、そして冷めた目で見てる男がいる
第7話「顔が出る、バレる、そして冷めた目で見てる男がいる」
◆
翌日のバイト、開始三秒でバレた。
「神崎さん!!!!」
森くんが叫んだ。
入店して、エプロンをつけて、タイムカードを押した瞬間だった。三秒だった。
「神崎さんじゃないですか!!!!」
「違う」
「え?」
「違う人です」
「え、でも顔が」
「似てるだけです」
「名前も神崎さんじゃないですか!!!!」
「よくある名前です」
「akariって読むんですよ!!名前まで一致してる!!」
「偶然です」
「偶然!?」
森くんは私の顔を見た。私の顔を見た。もう一回見た。
「……神崎さん」
「違います」
「神崎さんですよね」
「違います」
「昨日、星宮れいのライブの前座に出てた、Lumière Angeの、ギター弾いてた、akariさんですよね」
「…………」
「神崎さん」
「…………バレてた?」
「昨日のライブ終わった瞬間から気づいてました」
私はため息をついた。
「なんでLINEで聞いたんだ」
「確認したかったので」
「確認とれたか」
「とれました」
森くんはしばらく私を見ていた。
それから、深呼吸した。
「神崎さん」
「なに」
「……ギターの子、かっこよかったです」
私はまた変な声が出た。
「うるさい」
「本当にかっこよかった。最初に一瞬止まったじゃないですか、あそこで」
「それはもういい」
「あそこで心臓持っていかれました」
「それはもういいって言ってる!!」
森くんはにやにやしていた。オタクの目だった。
「SNSで『推せる』って書いたの俺っす」
「お前だったのか」
「書きました」
「……ありがとう」
「あと、星宮れいちゃんと同じ事務所ってマジですか」
「マジです」
「神崎さんの人生、どうなってるんすか」
「私も知りたい」
◆
事務所に呼ばれたのは、翌週だった。
社長室に通されると、社長がいつも通りのスーツで、いつも通りの鋭い目で座っていた。
「おめでとう」
開口一番だった。
「何がですか」とノエルが言った。
「音楽番組の出演が決まりました」
社長はテーブルに資料を置いた。
番組名が書いてあった。
「『MUSIC CANVAS』です。月曜夜十時、視聴率十二パーセント」
ノエルが「やったー!!」と言った。
私は固まった。
「……音楽番組」
「そうです」
「テレビの」
「そうです」
「顔が出る」
「そうです」
「全国に」
「そうです」
「…………死んでいいですか」
「ダメです」
社長はまっすぐ私を見た。
「怖い?」
「怖い、というか」
「というか?」
「動画は、顔を出してないんです。声とギターだけで。だからなんとかなってたんですけど」
「今回はちゃんと出てもらいます」
「……ステージと違うんですよね、テレビって」
「何が違うと思いますか」
「ステージは……その場限りで、暗くて、遠い。でもテレビは、全部、はっきり映る」
社長は少しだけ頷いた。
「そうです。でも」
「でも?」
「あなたの言葉は、はっきり映っても届く。それはもう証明されてます」
また言い返せなかった。
「あかり、大丈夫だよ」とノエルが言った。
「根拠は?」
「私が言ってるから」
練習初日と同じ答えだった。
私はため息をついた。
「……わかりました」
社長は「準備を進めます」と言った。
ノエルはまだにこにこしていた。
私は窓の外を見た。
渋谷の空は、曇っていた。
◆
同じ頃。
都内某所。
高層マンションの上層階。
広いリビングに、一人の男がいた。
ソファに深く沈んで、スマホの画面を見ていた。
画面には、Lumière Angeの動画が映っていた。
「光の先へ」。再生数は今や四百万を超えていた。
男は音量を上げなかった。
イヤホンもしなかった。
ただ、冷めた目で、画面を見ていた。
動画の中で、金髪の天使みたいな女が歌っている。
その横で、ギターを弾いている女がいる。
少し俯きがちに、でも確かにギターを弾いている。
男はその女を、しばらく見ていた。
それから、マネージャーに電話した。
「藤堂プロの新人ユニット、MUSIC CANVASに出るらしいですよね」
『はい、来月の収録です』
「俺も出ます」
『え、でもスケジュールが』
「調整してください」
男は電話を切った。
窓の外に東京の夜景が広がっていた。
スマホの画面には、まだLumière Angeの動画が止まったままだった。




