第4話「光の先へ、あるいは社長室に呼ばれた件
第4話「光の先へ、あるいは社長室に呼ばれた件」
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二本目の動画は、バイト明けの朝に撮った。
機材は何もない。スマホと、私のギターと、ノエルの声だけ。
曲は「光の先へ」。歌詞は私のポエム帳から。
撮影時間は十五分だった。
ノエルが歌い始めて、私がギターで追いかけた。一テイクで終わった。撮り直す気力がなかったし、ノエルが「これでいい」と言ったので、そのまま投稿した。
投稿して、私は眠った。
◆
目が覚めたら、夕方だった。
スマホを見た。
通知が、死んでいた。
正確には多すぎて処理できていなかった。
再生数は——
「五百万」とノエルが言った。
私の隣に座って、にこにこしていた。
「……五百万」
「うん!」
「一本目が二百万で、二本目が五百万」
「そう!」
私はスマホを置いた。
コメント欄を少しだけ見た。
一番上にあったコメントがこれだった。
「歌詞を書いた人、プロになってください」
次がこれだった。
「このギター、誰。うますぎる」
「うますぎるって書いてある」とノエルが言った。
「下手だよ」
「上手いって言ってる人がいる」
「素人耳だから」
「私も上手いと思う」
「天使の耳も素人耳だ」
ノエルは笑った。
私はもう一度コメントを見た。
歌詞を引用しているコメントが、何個もあった。
私が高校二年の冬に、推しのライブの帰りに書いた言葉たちが、知らない人たちの心に刺さっていた。
◆
ここで少しだけ、歌詞の話をする。
「光の先へ」の一番は、こんな感じだ。
見えない場所を見ようとして
届かない声を出し続けて
それでも走ってた、あの夜の私は
きっと正しかったと、今なら言える
当時の私は、推しのライブが終わった後の、あの「終わってしまった」感が嫌いだった。最高の時間が終わる瞬間の、胸のすきま風みたいな感覚。
それをそのまま書いたのが、この歌詞だ。
こんなもの、誰かに見せるつもりは一ミリもなかった。
それが今、五百万人に届いている。
人生、わからないものだと思った。
◆
三日後、DMが来た。
差出人は「藤堂プロダクション」。
聞いたことがある名前だった。
というか、かなり知っている名前だった。
星宮れいが所属している事務所だった。
私はスマホを落とした。
拾った。
もう一回見た。
「藤堂プロダクション」と書いてあった。
私は壁に向かって「ふぁ」と言った。
「どうしたの?」
「ふぁ」
「日本語で」
「ふぁ……」
深呼吸した。三回した。
落ち着かなかった。
藤堂プロダクション。星宮れいの事務所。私が五年間ずっと推してきた人の事務所。グッズは全部持ってる。ライブは行ける限り全部行ってる。誕生日には毎年お祝いツイートをしている。その事務所から、私にDMが来た。
意味がわからなかった。
「……ノエル」
「なに?」
「藤堂プロダクションからDMが来た」
ノエルは首をかしげた。
「どこ?」
「私の最推しの事務所」
ノエルの目が輝いた。
「読む!?」
「読む」
二人でスマホを覗き込んだ。
内容はシンプルだった。
「一度、お話を聞かせていただけませんか」
それだけだった。
「行く?」とノエルが言った。
「……行く、けど」
「けど?」
「ノエル、羽根しまえる?」
「しまえるしまえる」
「絶対に出さないでね」
「出さない! たぶん」
「たぶんはダメ」
「出さない!」
わかってなさそうだった。
◆
藤堂プロダクションのオフィスは、渋谷のビルの十二階にあった。
エレベーターを降りた瞬間、廊下に星宮れいのポスターが貼ってあった。
私の足が止まった。
「どうしたの?」とノエルが言った。
「……れいちゃんのポスター」
「れいちゃん?」
「最推し」
「ああ、推し! かわいいね」
「かわいい……」
私はポスターをじっと見た。三秒見た。五秒見た。
「あかり、行くよ」
「……うん」
引き剥がされるように歩いた。
受付で名前を告げたら、すぐに通された。
廊下を歩いていたら、また別のポスターがあった。
また足が止まった。
「あかり」
「今度のツアーのやつだ……」
「行くよ」
「……うん」
社長室のドアが開いた。
中にいたのは、五十代くらいの女性だった。ショートカットで、スーツで、目が鋭かった。
藤堂さくら社長。業界では知らない人がいない名前だ。私はオタクなので知っていた。というかファンブックで顔も覚えていた。れいちゃんの密着取材に同行していた人だ。サイン会で一度だけ遠目に見たことがある。
目が合った。
私は「あ」と言った。
完全に素が出た。
「来てくれてありがとう」
社長は立ち上がって、二人を見た。
私を見て、ノエルを見て、また私を見た。
「歌詞を書いたのはあなたね」
私は固まった。
「なんで」
「声でわかる」
「は?」
「嘘。コメント欄とSNSを三日調べた」
調べられていた。
社長はノエルに視線を移した。
「あなたは歌と、存在感。このふたつは本物」
ノエルはにっこりした。「ありがとう!」
社長は私に視線を戻した。
「あなたは言葉と、音楽のセンス。ギターも弾ける」
「素人ですけど」
「素人で五百万再生取れる人間を、素人とは呼ばない」
言い返せなかった。
社長はソファを指した。
「座って。長い話じゃないけど、大事な話をする」
私とノエルは並んで座った。
社長はテーブルに資料を置いた。
「うちに来ない?」
シンプルだった。
「ユニットとして、デビューしてほしい。歌はノエルさん、作詞とギターはあかりさん。ふたりで」
「……私も、ですか」
「あなたも。というかあなたがいないと意味がない」
「でも私は歌わないし、顔も普通だし、アイドルとかそういう感じじゃ」
「あなたの言葉は、人の心に刺さる。それは才能だ。あとの話は全部こっちでやる」
社長は私をまっすぐ見た。
「あなたが思ってるより、あなたはずっと面白い」
また言い返せなかった。
「あかりー」とノエルが言った。「やろうよ」
「……ちょっと待って」
「やろうよ!」
「だからちょっと待って」
私は社長を見た。
「……わかりました」
「決断が急ね」
「オタクなので」
社長はもう一度笑った。
「じゃあよろしく。あと——」
社長は立ち上がって、ドアを開けた。
「せっかくだから、紹介しておく」
廊下に、人がいた。
金髪だった。背が高かった。オーラがあった。
あった、というか——
私は固まった。
顔を知っていた。
声を知っていた。
ライブに七回行っていた。
「星宮れいです。よろしくね」
にっこり笑った。
私はその笑顔を知っていた。ライブのアンコールで、花道の端でファンに向けるやつだ。二列目で受け取ったことがある。
「……」
「あかり?」とノエルが言った。
「……」
「あかり、固まってる」
「……」
「大丈夫?」
「……死んでいいですか」
「ダメ」と社長が言った。
「……生きます」
れいちゃんがくすっと笑った。
「あなたの歌詞、好きだよ。一緒に仕事できるの楽しみにしてる」
私はその言葉を、五年間で一番ちゃんと受け取った。
私とノエルは顔を見合わせた。
「Lumière Ange」とノエルが言った。
「光の天使、か」とノエルは社長に言った。「あかりの最初の曲のタイトルから取った」
私は初耳だった。
「……勝手に決めたのか」
「いい名前でしょ」
「……まあ」
悪くなかった。
社長は手帳に書き留めた。
「Lumière Ange。いい名前ね」
窓の外、渋谷の夕焼けが広がっていた。
私は、自分が何かの入り口に立っている気がした。
怖いというより、なんか、まあ。
悪くなかった。




