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オタクと天使のラブソング  作者: ななぐさ


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12/15

第12話「炎上の夜に、歌う理由を見つけた」

第12話「炎上の夜に、歌う理由を見つけた」


   ◆


 翌朝、社長から連絡が来た。


「今日の午後、事務所に来てください。緊急で動きます」


 緊急。


 その一文字で、ノエルと顔を見合わせた。


   ◆


 事務所に着くと、社長はホワイトボードの前に立っていた。


「今夜、緊急生配信をします」


 開口一番だった。


「……生配信」


「Lumière Angeの公式チャンネルで。新曲を披露します」


「新曲って」


「あかりさんが書いた曲があるでしょう」


 私は固まった。


 あった。


 あの夜、ベランダでノエルの「譲らないから」を聞いた後、頭の中で鳴り始めたメロディを、ポエム帳じゃなくて別のノートに書き留めていた。歌詞も、ほとんど書けていた。


 でも、まだ誰にも見せていなかった。


「……なんで知ってるんですか」


「ノエルさんから聞きました」


 ノエルを見た。


「言ったの?」


「言った。いい曲だったから」


「見たの?」


「見た。ノートが開いてたから」


「また勝手に!!」


「いい曲だったから」


「ポエム帳といいノートといい、なんで私の書いたものを!!」


「だって開いてた」


「開いてたら見ていいわけじゃない!!」


 私は頭を抱えた。


 黒歴史というほどではないけど、人に見せる前の言葉というのは、まだ自分の中で柔らかい状態のやつだ。それを天使に先読みされた。


(また先読みされた)


(この天使は私の書いたものを全部読む気か)


(鍵のついた引き出しが必要だ)


 社長が続けた。


「炎上を放置すると、Lumière Angeのイメージが一方的に決まってしまう。でも今夜、本物の音楽を届ければ、話は変わります」


「……逃げるんじゃなくて、音楽で返す、ということですか」


「そうです。それと」


 社長は私をまっすぐ見た。


「今回はあかりさんにも歌ってもらいます」


 私は三秒固まった。


「……は?」


「歌ってもらいます」


「私が、ですか」


「そうです」


「歌、というのは、声を出して、メロディに乗せる、あの歌ですか」


「そうです」


「私がやるんですか」


「そうです」


「ノエルが歌うんですよね? 私はギターで——」


「あかりさんも歌います」


 私はノエルを見た。


 ノエルはにっこりしていた。


「二人で歌おうよ」


「……私は歌手じゃない」


「でも声あるじゃん」


「ギタリストです」


「ギタリストでも歌えるじゃん」


「歌ったことない」


「家で歌ってるじゃん」


「……見てたのか」


「見てた」


 また見てた。


 この天使は私のことを全部把握している。


(プライバシーという概念が天界にはないのか)


(あとで聞こう)


「あかりさん」と社長が言った。「昨日、聖くんに言いましたよね」


「……何をですか」


「『私は、あんたに拝まれるためにギターを弾いてるんじゃない』と」


「……言いました」


「なら、今夜、それを証明してください」


 また言い返せなかった。


 私はため息をついた。


「……わかりました」


(わかりましたって言ったけど全然わかってない)


(歌うの? 私が? 全国に? 今夜?)


(なんで? どうして? 誰か止めて?)


 誰も止めなかった。


   ◆


 準備時間は六時間しかなかった。


 スタジオに入って、音を合わせて、アレンジを固めて、ノエルに歌詞を渡した。


 ノエルは一回読んだ。


「歌える」


「一回で?」


「うん。あかりの言葉、全部わかるから」


 それだけ言って、歌い始めた。


 完璧だった。


 一発で、完璧だった。


 私はギターを持ったまま、しばらく動けなかった。


「どうした?」


「……なんでもない」


「泣いてる?」


「泣いてない」


「目が赤い」


「もともとだ」


 ノエルはにっこりした。


「いい曲だよ、あかり」


 また言い返せなかった。


   ◆


 次は私が歌う練習だった。


 最悪だった。


 声が出なかった。というか出るけど、ギターを弾きながらだと頭が二つに分裂しそうになった。


「もう一回」とノエルが言った。


「……無理かもしれない」


「無理じゃないよ」


「ギターと歌を同時にやるの、こんなに難しいと思わなかった」


「慣れるよ」


「今夜本番なんだけど」


「慣れるよ」


 根拠がなかった。


 でも「もう一回」と言って、ノエルはまた歌い始めた。


 私は深呼吸して、弾いて、歌った。


 今度は少し、ましだった。


 三回目は、もう少しましだった。


 十回目に、ようやく「それっぽい」になった。


「ほら、慣れた」


「……慣れた、というか、半分諦めた」


「それでいいと思う」


 天使の励ましは独特だった。


   ◆


 配信が始まった。


 コメントが、最初から荒れていた。


「聖くんに近づくな」


「炎上商法乙」


「どうせ売名だろ」


「スキャンダルで話題作りとか最低」


 画面の端でコメントが流れていくのが見えた。


 見えていた。


 怖かった。


(でも)


 私はギターのネックを握った。


 チューニングは完璧だ。


 ノエルが隣にいる。


 六時間練習した。


 ポエム帳に書いてきた言葉が、今夜、新しい形になる。


 ファーストコードを、弾いた。


   ◆


 その瞬間、コメントが少しだけ、止まった。


 止まって——


「え、何この曲」


「待って」


「待って待って」


   ◆


あかり:


  ざわめく通知 夜のトレンド

  知らない名前と 並ぶ私たち

  笑って流せるほど

  強くないって 分かってた


   ◆


「え待って」


「ギターの子が歌ってる!?」


「声も良いじゃん待って」


「akariって歌えたの!?」


「知らなかった」


「ずるい 声もいいのか」


 コメントが動き始めていた。


 私はそれを横目に見ながら、弾き続けた。


 歌い続けた。


 声が震えそうになった。


 震えそうになったけど、ノエルが隣で歌い始めた。


   ◆


ノエル:


  画面の向こう 飛び交う言葉

  守るべきもの 見失いそうで

  それでも隣に

  君がいるだけで 息ができた


   ◆


 弾きながら、思っていた。


 今、画面の向こうにいる人たちの中に、かつての自分みたいな子がいるはずだ。


 夜中に一人でスマホを見ている子。


 部屋の隅で、推しの動画を見て、ようやく息ができている子。


 そういう子が、今夜、このコメント欄にいる。


 聖のファンかもしれない。Lumière Angeのファンかもしれない。


 どちらでもない、ただ通りかかった子かもしれない。


 その子に届けたかった。


   ◆


二人:


  正しさなんて 日替わりで

  昨日の味方も 今日は敵になる

  だけどこの声は

  嘘をつけないよ


   ◆


 コメントが変わり始めていた。


「なんか泣きそう」


「この歌詞誰が書いたの」


「……聴いてる」


「さっき悪口書いた。ごめん」


 最後のコメントで、私の指が一瞬だけ震えた。


 でも、弾き続けた。


 歌い続けた。


   ◆


二人:


  君と歌う理由が

  こんな夜にもあるなら

  消えそうな光だって

  きっと意味を持てる


  世界が何を言っても

  変わらないものがある

  君と歌う理由は

  ただ それだけでいい


   ◆


 コメントが、止まっていた。


 流れていなかった。


 みんな、聴いていた。


 そのとき。


 ノエルの背中から、羽根が出た。


(また出た!!)


(配信中に!!)


(カメラに映ってる!!)


 でも止められなかった。


 歌の途中だった。


 ノエルは気づいていなかった。


 サビに向かって声が伸びるたびに、羽根も広がっていた。


 光の粒子が、スタジオの中に零れ始めた。


 コメント欄が爆発した。


「え何 え何」


「羽根!? 羽根生えてる!?」


「CG!? リアルタイムで!?」


「特効!? スタジオに仕込んでたの!?」


「ノエルちゃん、天使なの!?」


(天使です)


(本当に天使です)


(でも今は言えない)


(言えないし言わない)


 弾き続けた。


 歌い続けた。


 ノエルの羽根が、スタジオの照明に当たって、白く輝いていた。


 光の粒子が、カメラに映り込んでいた。


 コメントが「きれい」で埋まり始めていた。


(きれい、か)


(確かに、きれいだ)


(誤魔化す必要があるのはわかってるけど)


(確かに、きれいだ)


   ◆


あかり:


  「やめた方がいい」って

  何度も言われた

  それでもステージに

  立ちたかったのは


ノエル:


  夢のためじゃなくて

  拍手のためでもなくて

  隣で笑う君を

  もう一度見たかったから


   ◆


二人:


  壊れそうな夜ほど

  歌は強くなるって

  教えてくれたのは

  君だったよね


   ◆


二人:


  君と歌う未来を

  誰かに決められたくない

  間違いだとしても

  二人で選んだ道


  拍手が減ったとしても

  名前を呼ばれなくても

  君と歌う理由は

  まだ ここにあるから


   ◆


「akariの声やばい」


「ギターも歌も両方いけるの天才じゃん」


「最初荒らしてたけど聴いてしまった」


「これ新曲? 配信してほしい」


「泣いてる」


「泣いてる」


「泣いてる」


   ◆


あかり:怖くないって言えば嘘になる

ノエル:それでも逃げたくはないんだ

あかり:こんな世界で

ノエル:見つけた唯一の奇跡が

二人:君だったから


   ◆


 大サビ。


 ノエルが私を見た。


 私はノエルを見た。


 弾いた。


二人:


  君と歌う理由が

  炎より熱いなら

  どんな噂だって

  きっと燃やし尽くせる


  守りたいのは夢じゃない

  守りたいのは君なんだ

  だから私はここで歌う

  あなたと 二人で


   ◆


 最後。


 ノエルの声だけが、静かに残った。


ノエル:


  君と歌う理由を

  やっと言葉にできたね


   ◆


 弦が、止まった。


 沈黙があった。


 コメントが、しばらく流れなかった。


 それから。


「ありがとう」


「ありがとう」


「ありがとう」


 コメントが、その言葉で埋まった。


   ◆


 配信が終わった。


 スタジオの中に、二人だけが残った——


 と思ったら、スタッフさんが飛んできた。


「あの! あの羽根! どこの業者ですか!? うちのスタジオ、特効の仕込みしてないですよね!?」


 私は即座に言った。


「コスチュームです」


「え?」


「特注の、えっと、特殊な素材でできた、軽量のコスチュームです」


「でも配信中にリアルタイムで展開してましたよね!? どういう仕組みで!?」


「……最新技術です」


「あの光の粒子は!?」


「内蔵型のLEDです」


「あんなに自然に光りますか!? まるで本物みたいで!!」


「……本物っぽく見えるように設計されています」


「どこのメーカーですか!? うちの演出にも使いたいんですが!!」


「……輸入品です」


「どちらの国から!?」


「……遠いところから」


 スタッフさんは「すごい時代になりましたね……」と言いながら、感動した顔で去っていった。


 私はギターを膝に置いた。


 手が、少し震えていた。


 緊張の震えと、別の震えが混ざっていた。


「あかり」


「なに」


「また誤魔化してたね」


「誤魔化してない、説明した」


「嘘の説明してた」


「……緊急対応だ」


「羽根、また出てた?」


「出てた」


「無意識だった」


「わかってる」


 ノエルは少し申し訳なさそうな顔をした。


「……ごめん」


「いい。コメント欄が『きれい』で埋まってたから」


「え、本当に?」


「本当に」


 ノエルはにっこりした。


「じゃあよかった!」


「よかった、じゃないけど」


「よかったよ!」


「……まあ、よかった」


 私はギターを見た。


「次からは事前に教えてくれ。心の準備ができる」


「わかった。でも無意識だから難しいかも」


「……難しいのはわかってる」


 ノエルは少し笑った。


 それから、静かに言った。


「ありがとう」


「何が」


「あの曲。私のために書いてくれたんでしょ」


 私は少し止まった。


「……全員のために書いた」


「そうだね」


「画面の向こうの、かつての私みたいな子のために」


「うん」


「でも」


 私はギターを見た。


「……一番最初に、ノエルの顔が浮かんだのは、本当だ」


 ノエルは何も言わなかった。


 ただ、隣に座った。


 スタジオの照明が、静かに灯っていた。


                    

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