↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
采配のスローライフ  作者: PM
01_第一章
PR
9/21

008話_初めての狩り


 気づけば、俺は七歳になっていた。


「今日は特別だぞ、アオ」


 ある朝、ガインがそう言って、俺を狩りに連れ出してくれることになった。もちろん、危険な場所には近づかない、あくまで「見学」という条件付きだ。それでも、朝から、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。


「うおおお、いいなあアオ! 俺が七歳の時は、まだ連れてってもらえなかったのに!」


 ダリオが本気で悔しがっていたのを思い出すと、少し申し訳ない気持ちになる。もっとも、俺には俺なりの事情――七歳児にしては色々と察しが良すぎる、というやつが――あるのだが。


 支度をするガインの動きを、俺は、じっと観察していた。腰に吊るした短剣、背負い籠、そして、使い込まれた弓。一つ一つの道具に、これまで積み重ねてきた確かな経験の重みが、感じられた。


「危ないと思ったら、すぐに言うんだぞ。無理に見てようとするな」


 真剣な声で、ガインが念を押す。俺は、緊張しながらも、力強く頷いた。


 森は、思っていた以上に静かだった。木々の隙間から差し込む光、湿った土の匂い、時折聞こえる鳥の声。踏みしめる落ち葉の感触すら、いつもの遊び場とは、まるで違う緊張感を帯びている。前世では味わったことのない感覚に、俺は素直に見入っていた。


「足音を立てるな。獲物に気づかれる」


 ガインの声に従い、俺は極力音を立てないよう、慎重に足を運ぶ。父の背中は、いつもより一回り大きく見えた。狩り装束に身を包んだその姿には、家では見せない確かな凄みがあった。


 途中、ガインは、木の幹に残る、微かな爪痕や、地面に落ちた獣の毛を、俺に指差して、静かに教えてくれた。


「見ろ、これは鹿の通り道だ。こういう痕跡を、丁寧に読み取っていくのが、狩りの基本だ」


 俺は、その一つ一つを、食い入るように見つめた。前世の知識では、決して得られない、この世界ならではの知恵が、そこには詰まっていた。


 しばらく歩いたところで、ガインが不意に足を止めた。


「……血の匂いだ」


 鼻を鳴らし、茂みの奥を見据える。俺も緊張しながら、その視線の先を追った。冷たい空気が、急に、張り詰めたように感じられた。


 茂みの陰に、小さな影が横たわっていた。


 灰色の毛並み、尖った耳。犬にも似ているが、どこか違う――子供の狼のような魔物だった。脇腹から血を流し、荒い息を吐きながら、時折微かに体を震わせている。土の上には、点々と、赤い染みが広がっていた。


「ワーウルフの子供か。親とはぐれたか、それとも――」


 ガインが警戒しながら近づく。だが、子狼はもう動く力すら残っていないのか、抵抗する素振りを見せなかった。ただ、濁った目で、こちらをじっと見つめている。その瞳の奥に、俺は、微かな、しかし確かな生きようとする意志を、見た気がした。


(――放っておけない)


 自分でも、なぜそう思ったのかは分からない。ただ、この小さな命が、このまま静かに消えていくのを黙って見ていることが、どうしてもできそうになかった。胸の奥が、締め付けられるように、痛んだ。


「父さん」


 俺は震える声で、精一杯、ガインを見上げた。


「ねえ、父さん。この子、助けてあげられない?」


 ガインは眉根を寄せ、しばらく黙って子狼を見つめていた。風が、木々の枝を、さわさわと揺らしていく。


「魔物だぞ。育てば、村の脅威になるかもしれない」


「……それでも」


 自分でも意外なほど、頑なな声が出た。


 ガインは俺の顔を見て、それから、もう一度子狼を見た。長い沈黙が流れる。その沈黙の間、俺は、ただじっと、父の答えを待ち続けた。


「――お前が最後まで面倒を見るなら、な」


 その一言に、俺は思わず息を呑んだ。


「ほんとに、いいの?」


「その代わり、危なくなったら、その時は俺が始末する。それが条件だ」


 厳しい言葉だったが、そこには確かな優しさが滲んでいた。父なりの精一杯の譲歩なのだと、俺には、はっきりと分かった。


 俺は頷き、震える子狼にそっと近づいた。手を伸ばすと、子狼は一瞬、身を強張らせたが、やがて、抵抗する力もなく、そのまま、俺の腕の中に、静かに、体を預けてきた。温かい体温と、微かな鼓動が、手のひらに伝わってくる。


 この出会いが、この先の俺にとって、どれほど大きな意味を持つことになるのか――このときはまだ、想像もしていなかった。


 帰り道、俺は、震える子狼を、上着でくるみながら、大切に抱きかかえていた。腕の中で、時折、微かに動くその重みが、なんとも言えず、愛おしかった。


「まったく、お前は、昔から、そういう性格だな」


 隣を歩くガインが、呆れたように、しかし、どこか嬉しそうに、そう呟いた。夕暮れの森の中、俺たちの足音だけが、静かに、響いていた。


 家に着くと、メリアが、驚いた顔で、俺たちを迎えた。事情を説明すると、彼女は、すぐさま、傷の手当ての準備を始めてくれた。手際よく、薬草を刻んでいくその横顔には、これから始まる新しい暮らしへの確かな覚悟が、滲んでいるように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。