007話_リゼットの疑問
「ねえアオ、最近変な噂聞いたんだけど」
木登りの一件以来、リゼットはやたらと俺にまとわりつくようになっていた。今日も家の前で待ち構えられていた。腕を組み、仁王立ちする姿は、村長の娘というより、まるで、取り調べ中の刑事のようだった。
「変な噂?」
「ラウ兄が、獣追い払ったんでしょ? 風向きがどうとかって。それ、アオが教えたんだって!」
「な、なんでそれを……」
「村なんて狭いんだから、噂なんてすぐ広まるんだから!」
リゼットは腕を組み、俺の顔を覗き込むようにじっと見つめてくる。至近距離まで顔を寄せられ、俺は思わず、半歩、後ずさりした。
「ダリオの剣に、木登りに、それから今度はラウ兄でしょ。お前んとこのバロンまで、急に番犬らしくなったって聞いたし。なんか、アオの周りでばっかり変なこと起きてる気がするんだもん。おかしくない?」
言葉に詰まる。誤魔化しようがないところまで、材料が揃ってしまっていた。指折り数えながら、リゼットは、一つ一つ、俺の顔を見比べるように、確かめてくる。逃げ場のない追及だった。
「そ、それは、その……」
しどろもどろになる俺を見て、リゼットは、ますます、疑わしげな顔になった。
「た、たまたまだよ、全部」
「たまたまが四回も続く?」
鋭い指摘に、俺は思わず視線を泳がせた。空を見上げ、雲の形を、意味もなく、数えるふりをした。
「……なんていうか、その、コツを教えるのが得意、なだけだと思う」
「コツって、どうやって思いつくの?」
「見てれば、なんとなく分かるっていうか……」
自分でも、あまりに説得力のない説明だと思った。だが、事実そうとしか言いようがない。
リゼットはしばらく黙って俺を見つめていたが、やがて、ふっと肩の力を抜いた。緊張していた空気が、少しだけ、和らいだ。
「まあいいや。アオがすごいってことは分かった」
「い、いや、すごいってほどじゃ」
「隠さなくてもいいのに。あたしはただ、面白いから聞いてるだけだもん」
あっさりとした態度に、俺は逆に拍子抜けした。追及されると思っていたのに、リゼットはそれ以上、根掘り葉掘り聞いてくる様子はなかった。むしろ、興味深そうに、俺を、上から下まで、もう一度眺め回した。
「それよりさ」
「ん?」
「今度、あたしにも何か教えてよ。剣とか、弓とか。あたし、いつか村長みたいに、みんなを守れるようになりたいの」
真剣な目だった。子供らしい無邪気さの奥に、ふとした瞬間だけ覗くまっすぐな意志のようなものがある。日差しを受けて、その瞳は、いつもより一層、力強く輝いて見えた。
「村長みたいに、って?」
俺が聞き返すと、リゼットは、少し照れくさそうに、しかし、はっきりと答えた。
「父様、いつも村のみんなのこと、一生懸命考えてるでしょ。困ったことがあったら、みんな父様に相談しに来て、父様はちゃんと助けてあげてる。あたしも、そういうふうになりたいの」
その言葉に、俺は、少し、驚いた。ただ強くなりたい、というのとは、少し違う。誰かのために、力を役立てたいという確かな願いが、そこにはあった。
「でも、ちゃんと自分の力が分かるのは、まだ先の話なんだけどね」
リゼットは、少しだけ拗ねたように、唇を尖らせた。
「十五になったら成人の儀を受けて、自分の力がどれくらいか分かるようになるんでしょ? あと十年も待たなきゃいけないなんて、気が遠くなっちゃうよ」
「十年、か……」
思わず、俺も呟いた。長いようで、あっという間なのかもしれない。それでも、待ちきれない気持ちは、痛いほどよく分かった。
「それまでの間くらいは、俺でよければ、何か思いついたら教えるよ」
「約束ね」
リゼットは満足げに笑うと、軽い足取りで駆けていった。土埃を蹴り上げながら、あっという間に、道の向こうへと消えていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
この力のことを、誰かに勘づかれるのは時間の問題かもしれない。これまで、慎重に、目立たないよう振る舞ってきたつもりだったが、リゼットの鋭さは、想像以上だった。
それでも、リゼットのようにあっさりと受け止めて、面白がってくれる相手がいるなら――案外、悪くないのかもしれない。
村では、大人も子供も、互いのことを、よく知っている。隠し事をし続けるのは、思っていた以上に、骨が折れることだった。それでも、こうして、一人でも、気兼ねなく話せる相手がいるというのは、想像していたよりも、ずっと、心強いことなのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思った。夕暮れ時の風が、頬を撫でていった。西の空が、少しずつ、オレンジ色に染まり始めている。俺は、明日もまた、このリゼットという少女に、何かせがまれるのだろうと、半ば確信しながら、家路についた。
振り返ると、リゼットは、まだ、その場に立ったまま、大きく手を振っていた。その屈託のない笑顔を見て、俺は、思わず、口元を緩めた。
村長の娘という立場でありながら、少しも偉ぶったところがない。むしろ、誰よりも、まっすぐに、俺自身を見てくれている気がした。そんな相手に出会えたことを、俺は、静かに、幸運だと思っていた。
これから先、この力のことが、もっと多くの人に知られていくかもしれない。そのとき、どんな反応が返ってくるのか、正直、まだ、想像もつかなかった。それでも、リゼットのような相手がいてくれるなら、少しは、心強い。そんな淡い期待を、俺は、抱き始めていた。




