006話_こっそり手伝う
畑の獣害は、その後も続いていた。
村の男衆が交代で見回りをしているが、決定打には欠けている。柵を直しても直しても、また別の場所を狙われる。相手は思った以上に賢いようだった。毎朝、新しい足跡が見つかるたび、村人たちの間には、じわじわと、疲労と焦りが、積み重なっていくのが分かった。夜通しの見張りが続いたせいか、大人たちの顔にも、目に見えて、疲労の色が濃くなっていた。
(このままじゃ、いたちごっこだ)
俺はこっそりと、見回りに出る若手猟師の一人――ダリオが「兄貴分」と慕っている、まだ十代半ばのラウという青年に目をつけた。よく笑い、面倒見のいい、人当たりの良い若者だった。
「ラウ兄ちゃん、今日も見回り?」
水を汲みに来ていたラウに、俺はさりげなく話しかけた。井戸端の石は、朝の光を浴びて、ひんやりと冷たかった。ラウは、この村の若手猟師の中でも、特に、面倒見がいいことで知られていた。子供たちにも分け隔てなく声をかけてくれる、その気安さが、俺にとっては、都合が良かった。
「おう、アオか。ああ、今夜もな」
ラウは、汲み上げたばかりの水を、桶いっぱいにためながら、明るく笑った。日焼けした顔に、白い歯が、よく映える。
「あのさ、獣が来るとしたら、東側の柵の低いところじゃないかな。何回も同じところが壊されてるって聞いたし」
「ん、まあそうだな」
「風向きも関係あるかも。獣は匂いに敏感だから、風上に隠れて待ち伏せしたほうが、気づかれにくいと思う」
ラウは、目をぱちくりさせて俺を見た。桶いっぱいの水を、片手に持ったまま、しばし、動きを止めていた。
「……お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「な、なんとなく。本で読んだ、とか」
この村に「本」自体があまりないことを思い出し、俺は内心で舌打ちした。誤魔化しが下手すぎる。
だが、ラウは深く追及せず、「まあ、やってみるか」とあっさり頷いてくれた。その気さくな性格が、今は、何よりありがたかった。
「にしても、風上で待つ、か。そうすりゃ、みんな少しは安心して眠れるってもんだな」
ラウは、桶を肩に担ぎながら、しみじみとした声で言った。
「お前がそんなこと気にかけてくれてるなんてな。ありがとうよ、アオ。おかげで、村のやつらも助かる」
その言葉に、俺は、内心、ひやりとしながらも、曖昧に笑って誤魔化した。
その夜。
風上の茂みに身を潜めていたラウは、柵の低い場所に近づいてきた大きな影に、見事なタイミングで気づくことができた。たいまつを掲げ、大声を上げると、影は慌てて森へと逃げ込んでいく。夜の闇の中、たいまつの炎だけが、揺らめきながら、その一部始終を、照らし出していた。
「見たか! でかい猪だった、あれは!」
翌朝、興奮気味に語るラウの話を、村人たちは半信半疑ながらも喜んで聞いていた。井戸端に集まった人々の顔にも、久しぶりに、明るい色が戻っていた。
「今までで一番、近くまで見れたな」
「風上で待つなんて、よく気づいたな、お前」
「いやあ、それが……」
ラウがちらりとこちらを見た気がして、俺は慌てて視線を逸らし、水汲みの手伝いをするふりをした。心臓が、いやに、大きく鳴っていた。
(頼む、それ以上は言わないでくれ……)
幸い、ラウはそこで口をつぐんでくれたようだった。深くは詮索しない、あいつらしい気遣いだったのか、あるいは単に、忘れていたのか。
どちらにせよ、俺はほっと胸を撫で下ろした。
完全な解決には至っていない。あの獣が、二度と姿を見せなくなったわけではないし、柵の弱点そのものも、まだ、根本的には直っていない。だが、少しずつ、状況は前に進み始めている。柵を直すだけでは、後手に回るしかなかったこれまでとは、確かに、何かが変わり始めていた。
その日以降、ラウは、これまで以上に、村の若手猟師たちの間で、頼りにされるようになった。
「あいつ、最近、勘が鋭くなったよなあ」
そんな声が、井戸端の噂話に紛れて、聞こえてくることもあった。俺は、そのたびに、聞こえないふりをして、そっと、その場を離れるようにしていた。
目立たないように。それでも、放っておけないところにだけ、そっと手を伸ばす。
そのやり方で、しばらくはやっていけそうだった。井戸端に差し込む朝日が、今日も、変わらず、村を優しく照らしていた。
水汲みを終えたラウが、桶を担いで、遠ざかっていく背中を、俺は、しばらく見送っていた。誰かの力に、そっと寄り添うこと。それが、今の自分にできる、精一杯のやり方だった。
いつか、こんなふうに、誰かをこっそり助けるだけじゃなく、正々堂々と、力になれる日が来るのだろうか。そんなことを、ぼんやりと、考えながら、俺は、家路についた。




