幕間01_兄ダリオの見た弟
俺の名前はダリオ。この村で猟師の息子として生まれて、十三年になる。
弟のアオが生まれたときのことは、正直あんまり覚えていない。ただ、なんか妙に大人しい赤ん坊だったなあ、とは思った記憶がある。普通、赤ん坊ってもっとギャーギャー泣くもんじゃないのか。父さんも母さんも、「手のかからない子だ」なんて、当時、よく言ってたっけ。
変わってるな、と思い始めたのは、あいつが五つくらいの頃だ。
剣ごっこをしてやったとき、あいつがふと言った一言。
「肩の力を抜いて、腰で振る感じで」
なんだそれ、と思いながらも、試しにやってみたら――びっくりした。今まで振ってた剣が、まるで別物みたいに鋭く振れたんだ。あの時の感覚は、今でも、はっきり覚えてる。まるで、自分の体が、急に、別のものに入れ替わったみたいだった。
それからも、色々あった。
バロンが急に賢くなったり、村長の娘のリゼットが木登りを一瞬でマスターしたり、ラウ兄がゴブリン、じゃなかった、猪だっけか、見回りで大手柄を立てたり。
全部、なんとなくアオが絡んでる気がしてたけど、本人に聞いても「たまたま」しか言わない。あからさまに目を逸らすもんだから、逆に、丸わかりだったけどな。
正直、ちょっとムカついた時期もある。俺は毎日一生懸命剣を振ってるのに、弟は涼しい顔で、みんなをどんどん上手にしていく。なんだよそれ、ずるいだろ。自分の努力が、なんだか、意味のないものに思えてくることもあった。
でも――あの夜のことがあってから、考えが変わった。
ゴブリンの群れが来た夜。俺は、アオと一緒に、岩陰に隠れていた。「絶対に動くな」って父さんに念を押されて、二人でずっと震えながら息を潜めてたんだが――不意に、隣にいたはずのアオが、岩陰から飛び出した。
「父さん、右に跳んで、しゃがんで! フェン、まっすぐ走れ、指揮官の左は死角だ!」
最初は、子供のくせに何言ってんだ、って思った。でも、その通りに父さんが跳んで、フェンが跳び込んで――指揮官が、あっという間に地に沈んだ。父さんへの指示も、フェンへの合図も、全部、無駄がなかった。まるで、戦場全体が、見えてるみたいだった。
あの状況で、一番怖い思いをしてたのは、間違いなくあいつ自身だったはずなのに。
声、思いっきり震えてたもんな。
それでも、あいつは、また岩陰に隠れる直前まで、戦況から目を離さなかった。あの横顔は、正直、今でも忘れられない。あんなに小さいくせに、震えながらも、目を逸らそうとする素振りすら、一度も見せなかった。
正体がバレたあと、家族で色々話し合った日、あいつはずっと「目立ちたくない」って言ってた。
馬鹿だな、と思う。
あんな力持って、あんな覚悟で村を守ろうとしてて、目立たないなんて、無理な話だろ。
まあでも――俺は、それでいいと思ってる。あいつが、目立ちたがりの、嫌味な奴に育つよりは、よっぽどいい。
あいつがどこまで大きくなるのか、正直、想像もつかない。でも、どこに行っても、どんなにすごくなっても、俺の弟だってことだけは、絶対に変わらない。
だから、あいつがいつか村を出るって言い出したら――俺は、笑って送り出してやろうと思う。それが、俺にできる兄貴らしい仕事な気がするから。
もっとも、今のところ、俺があいつを守るより、あいつが俺を助けてくれる場面の方が、圧倒的に多い気もするけどな。それでも、いつか、立場が逆転する日が来るまで、俺は、地道に、剣を振り続けるつもりだ。
あの夜から、もう二年以上が経った。
最近じゃ、アオの奴、剣の稽古にも、たまに付き合ってくれるようになった。あいつ自身は、剣の腕はからっきしなんだが、なぜか、ちょっとしたアドバイスをくれるだけで、驚くほど、動きが良くなる。正直、悔しい気持ちもあるが、それ以上に、頼りになる弟だと、素直に思うようになっていた。
まあ、口に出して言うのは、なんだか、こそばゆいから、こうして、一人で、考えるだけにしておくけどな。
「――ま、明日も、稽古つけてもらうか」
誰にともなく呟いて、俺は、木剣を壁に立てかけた。




