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采配のスローライフ  作者: PM
01_第一章
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18/21

017話_約束


「――冒険者になりたいって、本当に?」


 村の高台で、リゼットが目を丸くしていた。夕暮れ時、二人でよく座るお気に入りの場所だった。ここからは、村全体が、見渡せる。畑、川、家々の屋根。見慣れたはずのその景色が、今日は、いつもより、少しだけ、特別なものに見えた。


「うん。この村を出て、色んな場所を見てみたいし……困ってる人がいたら、力になれたらいいなって」


「らしいね、それ」


 リゼットは小さく笑った。風に、髪が、さらさらと揺れる。


「木登りのときも、ラウ兄のときも、ゴブリンのときも……いつも、そうやってこっそり誰かを助けてたもんね」


「知ってたのか」


「気づかないわけないでしょ。あたし、結構鋭いんだから」


 得意げに胸を張るリゼットに、俺はつい苦笑してしまう。


「あたしもね」


 リゼットは、少しだけ声のトーンを落とした。膝を抱え、視線を、遠くの空へと向ける。


「いつか、この村を出てみたいと思ってる。父様みたいに、村を守れる人になりたい。でも、まだ何にもできないから……」


「今からでも、遅くないだろ」


「そう思う?」


「ああ。リゼットは、やると決めたら本当にやるタイプだし」


 少し照れくさそうに、リゼットは頬を緩めた。夕日に照らされたその横顔は、いつもより、少しだけ、大人びて見えた。


「じゃあさ」


 彼女は俺の方を向き、まっすぐに見つめてきた。その真剣な眼差しに、俺は、思わず、姿勢を正した。


「アオが村を出るとき、あたしも連れてって。それが無理でも、絶対、また会いに来て」


「……分かった」


 俺は少し迷ってから、頷いた。


「約束する。どこにいても、絶対にまた会いに来る」


「絶対よ」


「絶対」


 二人で、小指を絡める。子供らしい、他愛のない約束だった。それでも、その瞬間だけは、妙に重みのある言葉に感じられた。指先から伝わる、リゼットの体温を、俺は、しっかりと、覚えておこうと思った。


 夕日が、村全体をオレンジ色に染めていく。畑も、森も、家々の屋根も、すべてが同じ温かい光に包まれていた。遠くで、誰かの家から、夕食の支度をする、微かな煙が立ち上っているのが見えた。


「なあリゼット」


「なに?」


「この村、悪くないよな」


「うん」


 リゼットは、迷いなく頷いた。


「あたしも、この村が好き。だからこそ、いつか強くなって、ちゃんと守れる自分になりたいの」


 その横顔を見ながら、俺は改めて思う。


 自分だけでなく、この村には、それぞれの想いを抱えて生きている人たちがいる。ダリオ、ラウ、フェン、そして、目の前のリゼット。それぞれが、それぞれの願いを胸に、この村で、日々を、生きていた。


 その一人一人と、これからも、こうして関わっていくことになるのだろう。


 目立たず、静かに――そう思っていたはずなのに、いつの間にか、随分と多くの繋がりを抱え込むようになっていた。それが、重荷ではなく、むしろ、確かな支えのように感じられることが、俺自身、少し、不思議だった。


 悪くない、と俺は思った。


 これも、悪くない。


「そろそろ、帰らないと。母様に、心配されちゃう」


 リゼットが、名残惜しそうに、腰を上げた。


「送っていくよ」


「いいの?」


「もちろん」


 二人で、夕暮れの道を、並んで歩いた。長く伸びた影が、地面に、二つ、寄り添うように、揺れていた。他愛のない話をしながら歩く、この時間が、俺にとって、何よりも、穏やかで、大切なものに感じられた。


「じゃあね、アオ。また明日」


 村長の家の前で、リゼットは、明るく手を振った。


「ああ、また明日」


 その背中を見送りながら、俺はこれからの日々に、静かな期待を抱いていた。約束という、たった一つの言葉が、これほどまでに心を温かくするものだとは、これまで知らなかった。


 帰り道、夜空を見上げる。星々が一つ、また一つと輝きを増していく。前世では、誰かとの約束を、こんなふうに心の底から大切に思えたことがあっただろうか。仕事に追われ、人間関係にもどこか一線を引いていた、あの頃の自分を、ふと思い返す。


 今は違う。この村には、大切にしたい人たちが確かにいる。その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。家の灯りが見えてくると、自然と足取りが速まる。玄関の扉を開けると、夕食の温かい匂いが俺を迎え入れてくれた。「お帰りなさい」と迎えてくれる家族の声に、俺は静かに頬を緩めた。今日という一日を、この先もずっと大切な記憶として、胸に刻んでおくつもりだった。


 窓の外では、虫の音が控えめに響き始めている。その規則正しい音色に耳を傾けながら、俺は小指に残るリゼットの体温の余韻を、もう一度だけ確かめるように握りしめた。


「――絶対、か」


 誰に聞かせるでもなく呟いた声が、静かな夜の中に溶けていった。


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