015話_正体
ゴブリンの騒動から一夜明け、村は落ち着きを取り戻しつつあった。
崩れた柵の一部を、村人たちが総出で、修復している。子供たちも、いつも通り、広場を、駆け回っていた。だが、俺の周りだけは、少し様子が違っていた。
「アオ」
朝食を終えたところで、ガインに静かな声で呼ばれる。振り返ると、そこにはメリアと、なぜか村長のオーレンまでもが立っていた。三人とも、いつになく、真剣な面持ちだった。
「……」
嫌な予感がした。三人の表情は、責めるようなものではなかったが、明らかに「話がある」という空気を纏っている。俺は、覚悟を決めて、その場に、座り直した。
「昨夜のことだが」
オーレンが、ゆっくりと切り出した。顎に手をやりながら。
「ガインとフェンに、的確な指示を飛ばしていたのは、お前だと聞いた。柵の配置を考えたのも」
誤魔化しようがなかった。あの混乱の中、俺の声は思った以上に多くの人の耳に届いていたらしい。
「……はい」
俺は観念して頷いた。
「それだけじゃない。ダリオ殿の剣、バロンの番犬っぷり、リゼット嬢の木登り、ラウ殿の見回り。……いずれも、お前が関わってから、明らかに変わったと聞いている」
オーレンの声は、責めるというより、確かめるような調子だった。窓から差し込む朝の光が、その表情を、柔らかく照らしていた。
「普通なら、十五で成人の儀を受けるまで、自分に何ができるかなど、誰にも分からんはずだ。だが、お前は……」
オーレンは、そこで、一度、言葉を切った。
「お前には、何か特別な力があるのではないか。それも、成人の儀を待たずに、すでに」
もう、隠しきれる段階はとうに過ぎていた。
俺は大きく息を吸い、これまで胸の内に留めていたことを、ゆっくりと言葉にし始めた。心臓が、鳴っていた。だが、不思議と、これ以上、隠し続けることへの疲れの方が、勝っていた。
「なんて名前かは、俺にも分からなくて……。ただ、誰かに『こうしたらいいよ』って、はっきり教えてあげると、その人、いつもよりずっとすごい力が出せるようになるんです」
「……なるほど」
「お前自身は、どうなんだ。自分の力は、見えているのか」
ガインが、身を乗り出すようにして聞いた。
「いえ……俺には、何も見えないんです。まだ成人の儀も受けてないし。見えるのは、いつも、相手のほうだけで」
その答えに、三人は、揃って息を呑んだ。十五になるまで、自分の力さえ分からないのが、この世界の当たり前だ。それなのに、この子は、他人の、本来なら誰にも見えないはずの力を、まるで見透かすように、動かしている。
「何回か試してみたけど、絶対そうだと思う。ダリオも、バロンも、フェンも……」
言葉にすると、改めて自分でも不思議な力だと思う。これまで、頭の中でだけ、抱え続けてきた感覚が、初めて、はっきりとした輪郭を持った気がした。
「初めから、そのつもりで動いていたのか」
ガインが静かに問う。
「最初は、たまたまだと思ってたんです。でも、何度も続くから、だんだん、そうなんだって分かってきて……」
「なぜ、話さなかった」
「怖かったんです。変に思われるんじゃないかって。それに――」
俺は少し言葉を選んだ。
「目立つのが、あまり好きじゃなくて」
その言葉に、三人は顔を見合わせた。オーレンが小さく笑ったような気がした。
「正直に話してくれて、感謝する」
その一言に、俺は肩の力がふっと抜けるのを感じた。張り詰めていた緊張が、少しずつ、溶けていく。
「アオ」
メリアが、優しく、俺の名を呼んだ。それだけで、何かが伝わった気がして、俺は、小さく頷いた。
この後、どう思われるだろう。恐れられるだろうか。それとも――
結論はまだ出ていない。だが、少なくとも、これで隠し事をする必要はなくなった。
それだけでも、随分と気持ちが軽くなった気がした。窓の外から、変わらぬ、村の朝のにぎわいが、微かに、聞こえてきた。
「アオ」
オーレンが、立ち去り際、もう一度、俺の名を呼んだ。
「その力、これから、お前自身の意志で、育てていくがいい。誰かに強制されるでもなく、な」
その言葉に、俺は、はっとした。まさに、それこそが、俺自身が、ずっと望んできたことだった。誰かに命令されるのでも、命令するのでもなく、自分のペースで、自分の力と向き合うこと。
「……はい」
俺の返事に、オーレンは、満足げに頷き、静かに、部屋を後にした。残された俺は、しばらくの間、その言葉を、静かに、噛み締め続けていた。
窓の外を見ると、いつもと変わらない、村の朝の光景が、広がっていた。畑仕事に精を出す人々、井戸端で立ち話をする女性たち、駆け回る子供たち。このありふれた日常の中に、今、自分の秘密を知る大人たちが、確かに、含まれている。それでも、不思議と、世界が変わってしまったようには、感じなかった。むしろ、これまでよりも、少しだけ、身軽になったような、そんな感覚があった。
台所から、メリアが、朝食の後片付けをする微かな物音が聞こえてくる。ガインは、いつも通り、狩りの道具の手入れを、始めていた。
「――自分のペースで、か」
誰にともなく呟いた言葉が、朝の静けさに、小さく溶けていった。




