012話_気づく大人たち
――メリアの視点
「ねえ、あなた」
夜、子供たちが寝静まった後、メリアはガインに小さく声をかけた。囲炉裏の火だけが、静かな部屋を、赤く照らしている。
「なんだ」
「アオのことなんだけど」
ガインは薪をくべる手を止め、視線を上げた。パチリ、と、火の粉が、小さく爆ぜた。
「お前もか」
「やっぱり、気づいてたのね」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。窓の外では、虫の音だけが、規則正しく響いている。先に口を開いたのは、メリアだった。
「ダリオの剣、バロン、それにフェン……全部、なんだかおかしいのよ。アオが関わってるのかどうかは、わからないけど。あの子、何も言わないから」
「狩りに連れて行ったときも思ったよ。体はまだ小さいのに、目つきだけ、妙に落ち着いてる。まるで――」
ガインは言葉を選ぶように、少し間を置いた。炎を見つめるその横顔には、深い思案の色が浮かんでいた。
「もっと、ずっと歳を重ねた大人みたいだった」
「わたしも、同じことを思ったことがあるわ。生まれてすぐの、あの顔」
メリアは、ふっと目を細めた。懐かしむような、それでいて少しだけ不安げな表情だった。生まれたばかりのアオが、じっと、何かを考え込むような顔をしていたこと。愛おしさと、ほんの少しの不思議さが入り混じった、あの顔を、彼女は、今も鮮明に覚えていた。
「怖い、とは思わないの?」
「怖くはない」
ガインは即座に答えた。迷いのない、はっきりとした声だった。
「あいつは、誰かを困らせるために力を使ってるわけじゃない。むしろ逆だ。畑のこと、村のこと、いつも誰かのために、こっそり動いてる」
「……そうね」
メリアも小さく頷いた。その表情には、不安よりも、確かな安堵の色が、色濃く浮かんでいた。
「ただ、村長のところにも、そろそろ話が届いてるかもしれないわね。噂は隠しきれないもの」
「オーレン様か」
ガインは腕を組み、火の粉を見つめた。
「あの人なら、無闇にアオを危険にさらすようなことはしないだろう。だが、いずれ何かしらの形で、表に出てくることになるかもしれん」
「そのときは」
「そのときは、俺たちが盾になる。あいつが、自分らしく生きられるように」
力強い声だった。メリアは静かに微笑み、夫の肩にそっと手を添えた。窓の外の月明かりが、二人の影を、柔らかく照らしていた。
同じ頃、村長オーレンの家でも、似たような会話が交わされていた。
「フェンの噂、聞きましたか」
娘のリゼットが、興奮気味に語る話に、オーレンは目を細めて耳を傾けていた。ダリオの剣の一件、ラウの見回りの一件。娘が持ってくる話の端々に、いつも、あの子の名前がちらついている。村長として、これまで多くの相談事を受けてきたオーレンには、それらの繋がりが、次第に、はっきりと見え始めていた。
「ふむ……」
オーレンは顎に手をやりながら、窓の外に目をやった。夕闇に沈む村の家々の中に、アオの家の明かりも見える。
「あの子、ただの賢い子供ではないのかもしれんな」
誰にともなく呟いた言葉は、静かな夜の空気に溶けていった。
「父様は、心配ではないの?」
リゼットの問いに、オーレンは、静かに首を振った。
「心配、というより――楽しみだよ。あの子が、これから、この村に、どんな風を運んできてくれるのか、な」
リゼットは、その言葉に、少し驚いた様子を見せた後、静かに、頷いた。
「わたしも、アオのこと、好きよ。友達として、ずっと応援したい」
「そうか」
オーレンは、目を細めながら、娘の言葉に、静かに耳を傾けていた。窓の外では、夜風が、静かに、木々の葉を揺らしていた。
こうして、大人たちの間で、アオへの静かな信頼が、少しずつ積み上がっていった。
当のアオが、まだそれに気づいていないところで。小さな村の中で、噂と信頼は、静かに、しかし確実に、その輪を広げ続けていた。
翌朝、いつも通り、朝食の席についたアオの様子を、ガインとメリアは、それとなく、見つめていた。当のアオは、まだ何も知らず、いつものように、眠たげな顔で、パンをかじっている。そのあどけない仕草に、二人は、思わず、顔を見合わせて、微笑んだ。
「まだまだ、子供らしいところも、ちゃんとあるじゃない」
メリアの小さな呟きに、ガインも、静かに頷いた。
「この先、あの子が、どんな道を歩むにしても、俺たちにできることは、変わらんだろう」
ガインの言葉に、メリアは、深く頷いた。




