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采配のスローライフ  作者: PM
01_第一章
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12/21

011話_目立たないように


「なあ、あのワーウルフ、なんかおかしくないか」


 村の広場で、猟師たちがひそひそと話しているのが聞こえてきた。荷馬車の陰に隠れるようにして、俺は、その会話に、じっと耳をそばだてていた。


 フェンは日ごとに力を増していた。走る速さも、跳ぶ高さも、同じ年頃の魔物とは比べ物にならないほどだ。庭で軽く駆け回っているだけなのに、村の外れまでその評判が届いていた。


「まだ子供のはずだろう。なのに、成体顔負けの速さだって話だぞ」


「アオんとこで飼われてるやつだよな」


 自分の名前が出るたびに、俺は心臓が縮む思いをしていた。冷や汗が、背中を伝う。


「アオ、最近フェンに何かしてるのか?」


 夕食の席で、ダリオが不意に聞いてきた。囲炉裏の火が、パチリと、小さな音を立てた。


「な、何もしてないよ。普通に散歩させてるだけ」


「ふうん。でもさ、あいつ、俺が全力で走っても全然追いつけないんだけど」


 嘘は言っていない。ただ、都合の悪い部分をすべて省いているだけだ。皿の上のスープを、意味もなく、スプーンでかき混ぜながら、俺は、平静を装った。


「たまたま、素質のあるワーウルフだったんじゃないかな」


「そんなもんかね」


 ダリオはあっさり納得したように頷いたが、メリアだけは、少し違う表情をしていた。何かを探るような、静かな眼差し。俺はそれとなく視線を逸らした。母の観察眼の鋭さは、これまでも、何度か、俺を冷や冷やさせてきた。


 翌日、俺はフェンを連れて村外れを歩きながら、これからのことを考えていた。畑の縁に沿って続く小道を、二人で、ゆっくりと歩いていく。


(このままだと、いずれ隠しきれなくなる)


 ダリオの剣、バロンの番犬っぷり、リゼットの木登り、ラウの見回り、そしてフェン。


 一つ一つは小さな出来事でも、積み重なれば、さすがに疑われる。実際、何人かはもう薄々気づき始めている気配があった。前世でも、小さな噂は、あっという間に、社内中を駆け巡ったものだ。この村も、規模は違っても、同じことなのだろう。


「フェン、お前は目立ちすぎだよ」


 ぼやくように言うと、フェンは不満げに鼻を鳴らした。悪いのはお前じゃない、と俺は苦笑する。


 これ以上、力を使うのをやめる、という選択肢もあるにはある。だが、畑を荒らす獣、森の危険、村の暮らしにくさ――目の前に困っている人がいれば、結局は手を伸ばしてしまう自分の性格が、よく分かっていた。それは、前世から、変わらない、俺の性格なのだろう。


(隠すんじゃなくて、うまく付き合う方法を考えたほうがいいのかもな)


 まだ具体的な答えは出ない。それでも、ただ怯えて縮こまっているだけでは、何も変わらない気がした。前世で、理不尽に怯え続けた日々を、俺は、まだ、はっきりと覚えている。今度は、そんなふうに、生きたくはなかった。


 夕焼けに染まる道を歩きながら、俺は隣を歩くフェンの頭を、そっと撫でた。西の空が、燃えるように、赤く染まっていく。


「もう少しだけ、静かにしてような」


 フェンは分かっているのかいないのか、機嫌よさそうに尻尾を振っていた。その屈託のない様子に、俺は、思わず、小さく笑ってしまった。答えの出ない悩みも、フェンといると、少しだけ、軽く感じられる気がした。


 道の先、村の共同井戸のあたりで、数人の村人たちが、立ち話をしているのが見えた。誰かが、笑いながら、こちらを指差している。一瞬、身構えたが、話題は、単に、明日の天気についてのようだった。


(考えすぎ、か)


 俺は、小さく息を吐いた。すべての噂が、自分に繋がっているわけではない。分かってはいても、こうして、周囲の視線に、いちいち反応してしまう自分に、少し、うんざりもしていた。


 家路につく間も、俺は、これからどうするかについて、ずっと、考え続けていた。隠すことと、向き合うこと。そのどちらが、この村での暮らしにとって、本当に良い選択なのか、まだ、はっきりとした答えは、出せずにいた。


 家に着くと、メリアが、夕飯の支度をしながら、鼻歌を歌っていた。そのいつも通りの光景に、俺は、少しだけ、心が落ち着くのを感じた。


「お帰りなさい、アオ。今日は、どこ行ってたの?」


「フェンと、村外れをちょっと」


「そう。手を洗ってらっしゃい」


 何気ないやり取りの中に、確かな安心感があった。フェンが、足元で、任せろとばかりに、小さく一声鳴いた。


 隠すか、向き合うか。答えの出ない悩みは、まだ、そのまま胸の中にあった。


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