第7話 特別手当は出ますか?
惚れ薬の作製のため、自身に告白してきてくれたジョシュアと関わり合いを持てとユリウスに命令されてから一週間が経った。
「どこにいるのよ、ジョシュア君...」
魔術省と王宮を繋ぐ渡り廊下を歩きながら、イザベラは大きなため息を吐いた。
なるべく研究室から外出する時はジョシュアを探すようにしているのだが、あれからまったく見かけない。
もしかしたらあの告白は夢だったんじゃないかと疑い始めている。
何故ならあんな好青年が自分のことを好いてくれることにイザベラは未だに信じられないでいるからである。
最低限の身嗜みは整えてはいるが、毎日忙殺しているため女性らしく着飾ったことなどないし、流行りにだって疎い。
見た目で人を好きになるタイプではなさそうなんだけど、そうなると一度も会話したことのない相手に好意を向けてくる意味がわからない。
このままでは恋愛研究が進まず、来月の給料ももらえない恐れが出てくる。
そうなると、家賃が払えない!!
「ジョシュア君...」
「どうしました?」
「うわぁぁぁぁ!?」
突然、横からジョシュアの顔が現れ、イザベラはその場で高く飛び跳ねた。
「じょ、ジョシュア君!?」
「はい、ジョシュアです。お久しぶりです、イザベラさん」
太陽のように眩しい笑顔がイザベラに向けられ、思わず目を細める。
「ひ、久しぶりだね。ここ最近、姿が見えなかったようだけど、どうしてたの?」
驚きで高鳴っている心臓を落ち着かせながら、何気なくそう言うと、ジョシュアの顔がよりいっそう輝いた。
「僕を探してくれたんですか、嬉しいです!」
あまりにも眩しすぎて、イザベラは目を瞑る。
「軍との共同訓練に参加してたんで、ここ数日王都から離れていたんです」
「そうなんだ...」
だから、見かけなかったのかとイザベラは納得する。
普段からユリウスを探し回っているせいで、人捜しは得意な方だと自負していたが、さすがにいない人を見つけるのはイザベラにだって無理だ。
「あっ、そうだ。わたし、ジョシュア君に聞きたいことがあるの」
「なんですか?イザベラさんのためなら、何でもお話しますよ」
琥珀色の瞳がイザベラを真っ直ぐ見つめる。
さすがに人通りが多い渡り廊下で話せる内容ではないことを思い出したイザベラはジョシュアとともに、その場から移動することにした。
・
今日も今日とて、ユリウスが暇つぶしに咲かせた桜の花びらが舞い上がる中庭の離れにあるベンチにジョシュアと隣同士で腰掛けた。
「それでね、ジョシュア君。聞きたいことなんだけど...」
「はい、イザベラさん!なんでも、どうぞ!!」
やけに食い気味で来るので、思わずイザベラは上半身を少しだけ後ろに傾ける。
このまま、なんで自分に好意を向けてくれるのかを聞けばいいのだが、内容が内容なだけに少しだけ緊張する。
しかし、これも来月の家賃のためだと腹を括り、イザベラは意を決して、口を開けた。
「じょ、ジョシュア君は、どうしてわたしのこと、す、す好きなの?」
「.............へ?」
勢いあまったのと、羞恥心で噛んでしまった。
ジョシュアの反応はというと、予想外の質問だったのか、目を丸くさせ、何度も瞬かせる。
こうなったらもう全て話してしまえと、王太子の依頼という部分を伏せ、惚れ薬作製における今までの経緯を全て説明した。
「なるほど...。つまり何故、人が恋をするのかわからないと惚れ薬は完成しないということなんですね」
長々とした話を最後まで真面目に聞いてくれたジョシュアは真剣な面持ちで納得したように深く頷いた。
こんな人に聞かせるにはあまりにも恥ずかしすぎる内容も呆れることなく聞いてくれるなんて、本当にいい人なんだなとイザベラの中のジョシュアの好感度がますます上がっていく。
「そうなの、しかもそれを人の気持ちがわからない先生に理解させなきゃいけないから、二重で厄介で...」
例えイザベラが恋が何かと理解しても、実際に惚れ薬を作るのはユリウスなので、最終的には彼にも恋という感情をわかってもらう必要がある。
たぶん、ここが一番の難所だとイザベラは思っている。
「...先生って、この間運んだ紳士ですか?」
「そう。ユリウス・フローベル先生。わたしの上司よ。人間性はひっどいけど、優秀な魔術師なんだから」
自分のことではないが、イザベラは自慢げに胸を張る。
「先生が恋を理解したら、きっと今までにない画期的なものができるに違いないの」
魔術に対してだけは狂気じみた誠実さを見せるユリウスだからこそ、誰にも辿り着けないものを生み出してしまいそうで恐ろしい。
けれど、それでもイザベラは期待せずにはいられなかった。
「だから、教えて、ジョシュア君。どうして、わたしを好きになったの?」
もう全て洗いざらい話したので、臆するものが何もなくなったイザベラは前のめりになってジョシュアを見つめる。
イザベラに探究心を向けられたジョシュアの琥珀色の瞳が複雑そうに揺れる。
恋がわからないイザベラは、一瞬だけ悲しげに目を伏せたジョシュアに気付かなかった。
「......そうですね、じゃあ今度の休み、僕とデートしましょう」
「え、あ、デート!?なんで!?」
笑顔でとんでもない提案をするジョシュアに、イザベラは戸惑う。
「恋について、知りたいんですよね。だったら、実際に恋人っぽいことをすればいいんですよ」
「恋人って...、待って!わたしが知りたいのは恋人同士の恋愛ではなくて、人が恋に落ちる道理で...」
「それじゃあ、考えてみてください」
柔らかだったジョシュアの声が少しだけ低くなる。
「僕が、いつどこで、どうやってイザベラさんのことを好きになったのか、考えてください」
「考えろって...」
そんなことを言われても判断材料が何もない状態でどう考えろと言うのだ。
あまりにも無茶苦茶だと声を上げようとする。
しかし、次に続けられた言葉でイザベラは口を閉じた。
「デートしてくれたら、答え合わせしましょう」
何故そんなことになるのかイザベラには理解できなかった。
しかし、ここまで来て、恋を理解できる機会を逃してはならないと生存本能が叫んでいる。
ぐぐっと奥歯を噛み締め、拳を握りしめ、イザベラは小さく頷いた
「やった!それじゃあ、今度の休み、昼前に中央広場で待ち合わせしましょう」
子供のように喜ぶジョシュアを尻目に、イザベラは何か腑に落ちない気分になるも、恋を知るために致し方ないことだと自分に言い聞かせる。
人懐っこい笑顔を浮かべるこの青年は、どうやら思っていた以上に強かなようだった。
・
研究室に戻ると、珍しくユリウスが自席で大人しく作業していた。
というよりかは何かに没頭していて、周りが見えていない様子のようで、イザベラが部屋に入ってきても見向きもしない。
そんなユリウスの態度に慣れきってしまったイザベラは特に気にすることなく、自分の席に座った。
さて、どうしたものか...。
イザベラの頭の中は今、ジョシュアから出された難題に大半を占領されている。
何故、ジョシュアが自分を好きになったのか。
そんなのジョシュアじゃないんだからわかるわけがない。
厄介なことになってしまったなと頭を悩ませてると、ユリウスのほうから何かが倒れる物音が聞こえてきた。
顔を上げると、ユリウスの手元に空のコップが転がっている。
たぶん手に当たり、倒してしまったのだろうが、ユリウス本人は集中しすぎて気付いていない。
コーヒーを最後に淹れたのはイザベラが研究室を出る前だったので、きっと飲み終わった後は何も口にしていないはずだ。
椅子から立ち上がり、イザベラは新しくコーヒーを用意する。
コップにコーヒーを注ぎ、猫舌のユリウスに合わせて温度を調整し、彼の机の上に音を立てぬようにそれを置いた。
コーヒーの香りで顔を上げたユリウスと目が合う。
「なんだ...?」
眉をひそめたユリウスが仏頂面で見上げてくる。作業を中断されて不機嫌なのが声から伝わってくる。
なので、イザベラは簡潔に報告することにした。
「今度の休みに、ジョシュア君とデートすることになりました」
「そうか、励むがいい」
興味なさそうに返事をすると、ユリウスは頭を下げ、作業に戻っていった。
予想はしていたが、あまりにも反応が薄すぎて戸惑う。
惚れ薬作製のために、ユリウスの命令でジョシュアに近づいた結果、こうなってるのに何故興味を示さない。
少し腹立たしくなるも、目の前の作業に没頭しているユリウスの横顔をイザベラは静かに見つめる。
この状態になると、ユリウスはどんなことにも無反応になる。
けれど、不思議とイザベラはその状態になったユリウスを見るのは嫌いではなかった。
作業の邪魔をしてはいけないと思い、空になったコップを回収して、離れようとした。
「ーー待て、今なんと言った?」
再度、顔を上げたユリウスに呼び止められる。
どこか既視感を感じつつ、イザベラはユリウスに向き合い、淡々と報告する。
「デートすることになりました。ジョシュア君と」
「......積極的に関われと言ったが、随分と親しくなるのが早いんだな」
「いえ、別に親しくなったわけでは...」
むしろ今日やっと会えて、すぐデートの約束を取り付けられたので、仲良くなる暇などなかった。
イザベラの反応に違和感を感じたのか、ユリウスが首を傾げる。
「......まぁ、いい。それで、恋がどんなものかわかれば、問題ない。好きにしろ」
「はぁ...、わかりました」
なんか、ユリウスの声が若干硬い気がするが、気のせいだろうか。
たぶん作業を中断させられたから、少し不機嫌なんだなとイザベラは結論づけた。
「ところで、先生。休みの日にデートするんですよ」
「...それで?」
いったいそれがどうしたと不機嫌そうにユリウスが瞳で訴えてくる。
「これって、特別手当とか出ますか?」
「......」
「だって、先生の惚れ薬作製のためのデートですよ?休日出勤といっても過言ではないはずです!」
呆れたように睨んでくるが、イザベラにとって手当が出るか出ないかでデートへ挑むモチベーションがかなり違ってくる。
引くつもりのないイザベラは、ユリウスに迫る。
視線をイザベラから逸らし、少し考える素振りを見せたユリウスは、小さくため息を吐いた。
「...検討しよう」
よしっ!
自身の要求が通りそうになり、イザベラは思わず口元が緩みそうなのを堪える。
「ただし、目的は遂行しろ。ただの感想など寄越したりなんかするな」
「わかってますって!特別手当を頂ける以上、ちゃんと仕事はします」
これで俄然ジョシュアとのデートにやる気が出てきたイザベラは軽快な足取りで自席に戻った。
そんなイザベラをユリウスは面白くなさそうな面持ちで見ていることに気付きはしなかった。




