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第8話 答え合わせは次のデートで




そして、ジョシュアとのデート当日。


自身が持っている衣服の中で、一番まともな紺色のワンピースをタンスの奥底から引っ張り出した。


普段は着やすさと動きやすさ重視な服装ばかりだったから、このような服を着るのは本当に久しぶりだった。


下手したらアカデミーを卒業して以来着ていない、もしかしたら服のサイズが合わないかもと心配はしていたが、問題なく着られた。


最近は節約のために食事の量を減らしているせいか、以前より少しだけ緩く感じる。


後ろに雑に縛っている髪を解き、櫛でとかす。


いったいどういう髪型がデート向きなのかわからなかったので、とりあえず街中で見かけて可愛いなと思った編み込みのハーフアップにしてみる。


初めてやってみたが、手が器用なおかげか、中々綺麗にできたなと鏡の中のイザベラが小さく微笑む。


最後に髪留めを後ろにつけて、荷物の最終確認をして、部屋を出た。


待ち合わせ場所の中央広場はイザベラの家から、徒歩ですぐの場所にある。


休日なので普段とは違う雰囲気を見せる商店通りを抜けると、開けた場所に辿り着く。


王都の中央広場はその名の通り、都の中心に位置する場所で、中央に象徴的な噴水が設置されており、そこから円形の空間が広がっている。


広場の至るところに待ち合わせ中の人々がいるため、ジョシュアを見つけるのに難航していた。


先生なら、すぐ見つけられるんだけどな...。



「イザベラさーん!」



自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを向くとジョシュアが笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。


休日なのでさすがに制服ではなく、白いシャツに動きやすそうな黒のスラックスと、とてもシンプルな服装である。


しかし、騎士らしい姿勢の良さと清潔感からか、とても爽やかに見える。


空から照らされる太陽の光と相まって、イザベラは眩しさに目を細める。



「こんにちは、イザベラさん」


「...こんにちは、ジョシュア君」



嬉しさを隠しきれていない笑顔は、騎士というより年相応の青年らしかった。


何がそんなに嬉しいかはわからないが、会って数秒で最高の笑顔をぶつけてくるジョシュアにイザベラは困惑してしまう。


ジョシュアの視線が上から下へと滑り、最後に真っ直ぐイザベラの瞳を見て、また笑顔になる。



「今日の格好、とてもお綺麗です。僕とのデートのためにお洒落してきてくれて、とても嬉しいです!」


「あ、ありがとう...」



すごい熱量で褒められるも、これしか着ていける服がなかったことに引け目を感じ、複雑な気持ちになる。


最初から全速力で好意を振り撒いてくるジョシュアに戸惑いを隠せないイザベラは果たして今日一日、ジョシュアの好意を最後まで受け止めきれるか心配になってくる。



「それじゃあ、行きましょう。イザベラさん」



目の前に大きな手を差し出される。


一瞬躊躇うも、これも惚れ薬のため、仕事だと割り切り、ジョシュアの手を取った。


イザベラの手をその手に包むと、ジョシュアは嬉しそうに微笑みかけてくる。


ジョシュアに微笑み返すと、包み込む彼の手に、少しだけ力が込められた気がした。


手を引かれるまま、露店が立ち並ぶ通りへと歩き始める。





露店通りは休日ということもあって、たくさんの人で賑わっていた。


あまりの人の多さに、人にぶつかりそうになるもその度にジョシュアがさり気なく誘導してくれたため、難なく人混みを通り抜けることができた。


ユリウスだったら、絶対に勝手に先に行って二人して迷子になることが容易に想像できる。


しかし、現実的にユリウスと休日に二人で出かけることはまずありえないので、イザベラは今のデートに集中しなければと視線をジョシュアに向けた。


改めて見ると、ジョシュアは派手な美形ではないが、自然と人を安心させるような柔らかな顔立ちをしている。


そこに高い身長と、体格の良さも相まって、人混みの中でも目立つ存在である。


そのおかげか、すれ違う女性から熱い視線を向けられたり、何度か声をかけられそうになったりもしていた。


隣にイザベラがいたので、全て丁重にお断りしていたが、断り方も相手を傷つけないように言葉を選んでいる。


本当に比べるのも失礼だが、ユリウスなら一瞥もくれることなく無視するか、心ない言葉で相手を泣かせるかのどちらかなので人としての出来が全然違う。


そして、また無意識にユリウスと比べてしまったイザベラは邪念を追い払うように首を振る。


ふと、ジョシュアの足がある露店の前で止まる。


何の露店か確認しようと、ジョシュアの大きな背中から顔を出すと、そこは女性用のアクセサリーが並んでいるお店だった。


ジョシュアがおもむろに一つの髪飾りを手に取り、イザベラの髪にかざす。


蝶々の形を形どった銀色の髪飾りだった。



「よく、似合っています」



突然の行動に戸惑っていると、ジョシュアが笑顔で褒めてくれる。


どう反応すればいいかわからないので、とりあえずイザベラも笑い返す。



「プレゼントします」


「えっ!?ちょっと待って!!そんなの悪いって!!」



しかし、イザベラが止める間もなく、ジョシュアは店主にお金を渡し、袋に包まれた髪飾りをイザベラに差し出してきた。



「無理にデートにお誘いしてしまったお詫びです。受け取ってください」



笑顔で、なんでもないかのようにそう言われると断りづらく、イザベラは渋々それを受け取った。



「あ、ありがとう...」



以前ジョシュアと会話した時、彼がまだ未成年だと知っていたイザベラは、年下の青年から贈り物を受け取ってしまったことに、なんとも言えない居心地の悪さを覚えた。


受け取ってもらえたことが嬉しかったのか、ジョシュアの笑顔がますます輝きを放つ。



「イザベラさんって蝶々のイメージがあるんですよね」



先ほどの露店から少し歩いたところで、ジョシュアが何気なく口にした言葉にイザベラは首を傾げる。



「蝶々...?」


「はい。お見かけする時はいつもローブをはためかせて、王宮内を走り回っているので」


「あー...」



きっと行方不明になっているユリウスを探し回っている時のことを言っているのだろう。


決して蝶々のように優雅な行動ではないので、ジョシュアに見られていたと思うと少し恥ずかしくなる。



「それなら、蝶々が飛び回る理由になっている先生は、花ということになるのね」



探し回るイザベラが蝶々なら、それを気絶しながら待っているユリウスは花みたいなものかもしれないとイザベラは例えた。


しかし、ユリウスとのイメージとかけ離れすぎて、自分で言ったにも関わらず、思わず吹き出しそうになってしまう。


すると、さっきまで輝かしいばかりだったジョシュアの笑顔がどことなく悲しげに見えた。



「...すいません、この話はここまでにしましょう」


「...そう?」



なんか気落ちしてるように見えるが、どこか具合が悪くなってしまったのだろうかとイザベラは少し不安になる。


それにしても、やはりジョシュアは以前からイザベラのことを認識していたことがわかった。


まさかとは思ったが、王宮を駆けずり回る姿を蝶々と揶揄するので、イザベラは念のためにジョシュアに確認する。



「もしかして、ジョシュア君は王宮で走り回るわたしの姿を見て、好きになってくれたの?」


「いえ、違います」



あまりにも即答だったため、イザベラは思わず口を噤む。



「走り回る姿も素敵ですが、僕があなたを好きになったのはそこではありません」


「そう...」



真剣な表情でイザベラの予想を否定されてしまい、少し焦り始める。


今日までジョシュアがイザベラを好きになった理由を考えてはいるのだが、まったく見当がつかず困っている。


このままでは答え合わせどころか、合わせる答えが出てこない。


なんとかして、このデート中に答えを見つけ出さなければ!!


生活費のためという名目もあるが、研究者としての体質が、イザベラのやる気を未知なる問題の前で俄然燃え上がらせていたのであった。





その後、ジョシュアとのデートは順調に進んでいき、気付いたらあと少しでお別れの雰囲気になっていた。


待って、全然わかんないんだけど!!


デート中、ジョシュアは幾度となくイザベラの好ましいところを口にしてくれた。


そこから好きになった理由を検討し、何度も答えらしきものに辿り着くも、全て笑顔で否定されてしまった。



「イザベラさん、今日はとても楽しかったです。ありがとうございます」



満足そうな笑顔を向けてくるジョシュアに、イザベラは内心まぁいいかと諦めかけていた。


このデートが終われば、ジョシュアの口から直接、自分を好きになってくれた理由を聞かせてもらえる。


これでやっと恋の解明に一歩近付ける、来月の家賃の心配をしなくて済むと安堵する。


しかし、次の瞬間、ジョシュアの口から信じられない言葉が発せられる。



「それじゃあ、また次のデートまでに僕があなたを好きになった理由を頑張って考えてきてください」


「...はえ?」



あまりにも衝撃的だったので、耳を疑った。


目の前の笑顔の青年を凝視する。



「えっ、次って...?」


「今回のデートで、イザベラさん、答えを見つけられなかったじゃないですか。だから次に持ち越しです」


「デートしたら、教えてくれるんじゃ...」


「はい、でも今回のデートで、とは一言も言っていませんよ」



笑顔でとんでもないことを言ってのけるジョシュアに、言葉を失う。


この時、ようやくイザベラはジョシュアの思惑にまんまと引っかかったことに気付かされたのである。


この爽やかな笑顔の青年は、イザベラが思っていたよりも遥かに強かで、策士だった。


予想外の展開についていけず、混乱で固まってしまったイザベラにジョシュアは申し訳なさそうに目を伏せた。



「すいません、イザベラさん。困らせるつもりはなかったのですが、あまりにも僕に興味が見られなかったので、つい...」



ジョシュアはイザベラの手を掴み、そのまま自分の胸元まで引き寄せ、両手で包み込んだ。


そして、琥珀色の瞳で真っ直ぐイザベラを見据える。



「ただ、あなたのことが好きなのは本当です。本気で、あなたに恋をしています」



直球的すぎる愛の告白に、イザベラはどうすればいいかわからず、目を瞬かせながら、ジョシュアの真剣な顔を見つめることしかできなかった。


むしろ恋という感情が、人をここまで突き動かすのかと、感心してしまう。


恋をする人って、すごいのね...。


こうして、イザベラの初デートは、恋という感情が人を突き動かす力になり得るのだと彼女に教え、予想外の課題を残して終わった。





ジョシュアと別れた後、イザベラは自身の家を通り過ぎ、無意識に王宮へと足を向けていた。


どうせ部屋に帰っても自分の浅はかさを思い返して落ち込むのは目に見えている。


それならば、このまま今日のデートの報告書でも書いてしまおうと誰もいないであろう研究室の扉を開けた。


すると、信じられないことに部屋の中にユリウスがいて、静かに自分の席で作業を進めていた。


扉を開けたまま、イザベラがその場で動かずにいると、部屋の空気が変わったことに気付いたのかユリウスが顔を上げる。


イザベラの姿を確認するなり、顔を不機嫌そうに顰める。



「用があるなら早く入れ」



休日にイザベラが研究室を訪ねてきたことよりも、自身の作業を中断されたことがひどく不快だったのか、声に苛つきが聞こえる。


急いで扉を閉め、自分の席に座ったイザベラは気付かれぬようにユリウスに視線を向ける。


研究室に併設された休憩室で寝泊まりしていることは知っていたが、まさか休日まで家に帰っていないとは思わなかった。


今もイザベラのことなど気にも留めず、黙々と机に向かって作業している。


その情熱を少しでも普段の業務にも回してくれたらいいんだけどな...。


まぁ無理かと、考えても仕方ないことを早々に頭の隅から追い出し、イザベラは机に向かった。


早いところ今日の報告書を書いて、ユリウスの邪魔にならないように退散しよう。


机の引き出しから紙と万年筆を取り出し、今日あった出来事を思い出しながら、万年筆を持つ指に力を込めた。





書き上げた報告書を最終確認し、イザベラは小さく息を漏らした。


なんとかまとめ上げたが、果たしてこれでユリウスが納得するかどうか心配だ。


そもそも肝心のジョシュアがイザベラを好きになった理由が明かされていないため、恋心が芽生える原理がわからずじまいだ。


こんな報告書を提出してもいいのかと悩みどころではあるが、一応仕事だし、手当が出る以上報告する必要がある。


イザベラは報告書を手に、立ち上がる。



「あの、先生...」



近付いただけでは反応しないユリウスに声をかけると、煩わしそうに顔を上げる。


向けてくる高圧的な視線だけで相手を怯ませることが出来そうだが、イザベラはそんな視線に慣れてしまっているため、気にすることなく報告書を差し出す。



「これ、今日のデートの報告書です」



そう口にすると、ユリウスの瞳がイザベラと報告書を交互に見て、何かを言いたそうにするが、渋々それを受け取る。


ゆっくりと視線を書類に滑らせると、所々引っかかる箇所があるのか、時折視線が止まり、眉が反応する。


そして、全て読み終えたのか、ユリウスの口から冷ややかな声が発せられる。



「...なんだ、これは」



内心ですよねーと予想通りの反応に少し落胆するも、イザベラはそんな素振りを見せないよういつも通りの受け答えをする。



「何か不備でも?」


「これには今日お前が体験した出来事が書かれているだけであって、本来の目的である恋が芽生える原理について何の記述もない」



さすがにバレたか、心の中で小さく舌打ちをする。


ジョシュアから向けられた好意をもとに、恋らしい単語をそれとなく報告書に散りばめてみた。


けれど、ユリウスには通用しなかったらしい。



「それに最後の、これはなんだ。次回に続くと書かれているが...」


「そのまんまの意味です。次のデートもすでに約束しています」



何故そうなると視線で訴えかけられ、イザベラはさすがに耐え切れず、視線を逸らす。



「仕方ないじゃないですか...。相手のほうが一枚上手だったんです...」



弱々しく言い訳をすると、ユリウスが眉間を手で押さえる。



「...期待したわたしが愚かだった...。予想以上にお前が馬鹿で、使えんやつとは思わんかった...」


「もっと、他の言い方があると思うんですけど...」


「馬鹿はなんと言っても馬鹿だ。他にどんな言い方があると言うのだ」



あまりにも酷い言いようにイザベラは悔しさが込み上げてくるも、ユリウスの期待に応えられなかったのは事実だったので怒りをぐっと堪えた。


しかし、言われっぱなしも癪なので、あることを試してみようとユリウスににじり寄る。


ただならぬ空気を察知したのか、ユリウスが警戒するように体を僅かに引く。



「...何をするつもりだ」


「すぐに終わりますから」



逃げる隙を与えず、イザベラはすぐにユリウスの片手を自分の両手で包んだ。


別れ際、ジョシュアにされたように、それを自分の胸元に引き寄せる。


紫水晶の瞳を真っ直ぐ見つめると、微かだが揺れているように見えた。


何故か胸の奥が落ち着かず、妙に緊張する。


しかし、ここまでやってしまったらもう勢いで行くしかないと、イザベラは微かに震える唇を開ける。



「好きです」



二人の間に沈黙が流れる。


擬似的だが、愛の告白をしたというのに無反応なユリウスにイザベラは気付かれぬように彼の様子を窺う。


しかし、少し経ってもユリウスは無表情のまま微動だにしない。



「せ、先生...?」



さすがに心配になり声をかけると、紫水晶の瞳がイザベラを睨み上げる。



「いったい、何のつもりだ」



いつも通り、冷やかな声をぶつけられ、イザベラの試みは不発で終わったのだと理解した。



「今回のデートで、一番感情が揺さぶられた行為だったので、再現してみました。どうです?」


「...された時、お前はどう感じた」


「えっ、すごいなって感心しました」



恋というのは、人の行動を大胆にさせるんだなと自分で体現してみて、改めて思った。


イザベラの答えを聞いたユリウスは深くため息を吐いた。



「その感情は、恋なのか?」


「..........たぶん、違います」


「そういうことだ、まったく...馬鹿馬鹿しい」



演技だが、渾身の告白を馬鹿馬鹿しいと評されて、イザベラはなんだか面白くなく、ユリウスの手を包んでいる手の力を何気なく込める。


すると、ユリウスが嫌がるように大きく身を引き、イザベラの手から逃れようとする。



「ええい、いつまで掴んでる!!用が済んだならとっとと帰れ!!変な格好とみょうちくりんな髪しおって!!気が散る!!」


「なっ!?」



洋服はともかく、自分なりに可愛いと思った髪まで馬鹿にされ、さすがに腹が立ったので、すぐに手を離す。



「言われなくても帰りますよ!!お邪魔して申し訳ありませんでした!!」



デートの報告書をユリウスの机から引ったくり、荷物を持って、部屋の扉まで向かう。


最後にイザベラは確認するように振り向くが、相当ご立腹なのか椅子を反転させ、イザベラに背を向けている。



「...先生。休日ぐらい休まないと、本当に体、壊してしまうのでほどほどにしてくださいね」



そう言い残し、イザベラはユリウスの研究室を後にした。


もちろん、ユリウスから返事はなかった。


家までの帰り道、不意に先ほどの研究室での出来事を思い出した。


何気なく自身の掌に視線を落とす。


さっき包み込んだユリウスの手は、思っていたよりも無骨で大きかった。


今さらその感触が妙に気になって、イザベラはそれを振り払うように、何度も手を握ったり開いたりした。


それでも中々消えなかったので、色々あって疲れたのかなとイザベラは急いで帰宅しようと、足を速める。


こうして、イザベラの初デートは何一つ予定通りに進まず、惚れ薬完成までの道のりはまだまだ程遠いものなのであった。




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