第6話 告白されたので報告したら面倒事が増えた
重っ...。
肩にのしかかる成人男性の重みに辟易しながら、イザベラはよろけながら前へと進む。
イザベラは今日も今日とて、突然行方知らずになったユリウスを探し回っていた。
先ほど地下の貯水路近くで気絶しているところをようやく見つけ出し、なんとか地上まで引きずり上げてきた。
本当に、この行方不明癖なんとかならないだろうか。
イザベラが外出して研究室から戻ると、高確率でユリウスの姿が見えなくなっている。
ごくたまに研究室にいる時だって、力尽きて倒れていることが殆どだ。
体力と気力が確実に奪われて、業務に支障が出ているのは間違いない。
どうしたものかと、ユリウスを肩で担ぎながら頭を悩ませていると、イザベラに近付く人影が現れた。
「あの...」
顔を俯かせ、ぶつぶつと呟いていたイザベラは突然声をかけられ、驚きつつも顔を上げる。
目の前に、長身の近衛騎士の制服を身に纏った男性が立っていた。
ふわふわとした癖のある焦げ茶色の髪に、人懐っこそうな顔立ちをしている男性に、イザベラは瞬時に近所で飼われている犬のレオンを連想してしまった。
あまりにも失礼すぎる印象を抱いてしまい、イザベラはその場で大きく頭を振る。
「えっ、あの、大丈夫ですか?」
イザベラの突然の奇行に慌てた様子の男性は、距離を詰めてくる。
「だ、大丈夫です!ごめんなさい」
近くに来た男性の大きさにイザベラは若干圧倒される。
ユリウスも長身の方だが、さすが近衛騎士だけあって、体格が違いすぎる。
「...なにか、ご用でも?」
知り合いでもない近衛騎士に声をかけられることなど今までなかったので、イザベラは首を傾げる。
すると、目の前の男性が緊張した面持ちでイザベラを見つめてきた。
「えっと、その...」
と、思ったら視線を泳がせている。
話しかけてきたのに、言葉を詰まらせているようで、妙に歯切れが悪い。
お昼休憩中にずっとユリウスを探し回っていたおかげで、イザベラはまだお昼を食べていない。
それと、肩にのしかかってくるユリウスの重さが相まって、疲労と空腹で若干気が立っている。
要領を得ない男性に苛ついてしまっていると、それを感じ取ったのか、男性が慌てたように口を開く。
「お、お手伝いしましょうか?」
「.....へ?」
何のお手伝いだろうかと一瞬呆気にとられたが、すぐに肩に担いでいるユリウスのことだと気付いた。
「い、いえ、さすがに見ず知らずの方に手伝っていただくようなことでは...」
「し、しかし、先ほどから足取りがおぼつかないし、それにだいぶ疲れていらっしゃる」
それは確かにそうだ。
しかし、ユリウスは病人とかではなく、勝手に力尽きて気絶しただけのただの迷惑な変人である。
そんな人の運搬で近衛騎士の手を煩わせるのはいかがなものかとイザベラは気が引けてしまっている。
それに、ユリウスは他人との接触を極端に嫌がる傾向があるので、もし運んでもらっている途中で起きてしまったりなんかしたら、後々面倒くさいことになりそうだ。
でも、正直男性の提案は疲れ切ったイザベラにとって、かなり魅力的なものだった。
「お、俺...いえ、僕、腕力には自信があります。横の紳士だけではなく、あなたのことを一緒に持ち上げ、運ぶことも可能です!」
別にそこまでしてもらわなくていいのだが、男性の必死の訴えにイザベラは頭を悩ませる。
「...それじゃあ、お願いしてもよろしいでしょうか...?」
悩んだ末、イザベラは男性の提案を受け入れることにした。
「はい、是非!」
輝かしい笑顔を向けられ、イザベラはその眩しさに目を細める。
男性はイザベラからユリウスを受け取ると、軽々とその体を持ち上げ、そのまま背中におぶる。
さすが、近衛騎士。
体が軽くなったおかげか、少しだけ心にも余裕が出てきた。
「それでは、行きましょうか」
「はい」
イザベラが声をかけ、歩き始めると、男性は笑顔でついてくる。
そして、二人並んで、研究室へと向かった。
・
「本当に、ありがとうございました」
近衛騎士見習いのジョシュアに向かって、イザベラは深々と頭を下げた。
無事にユリウスを起こすことなく研究室まで運ぶことができ、今は来客用のソファで横になっている。
研究室までの道のりで、彼の名前はジョシュアで、近衛騎士ではなく見習いで、見習いになってからもまだ日が浅いらしい。
イザベラにとって彼の第一印象が犬であったが、会話をしてみるととても穏やかで気が利く好青年だった。
普段から人の気持ちがわからない化け物と接しているイザベラにとってジョシュアとの会話はとても新鮮で、不思議と気持ちが軽くなった。
「そんな、大袈裟です。こちらからお声がけしたので、気にしないでください」
人懐っこい笑顔を向けられ、イザベラには眩しすぎて思わず目を逸らしてしまった。
本当に、いい人だ...。
「それじゃあ」
「あ、あの...!!」
お礼もしたので、研究室に戻ろうとするイザベラをジョシュアが呼び止めた。
どこか緊張してる面持ちで唇を噛み締め、目を伏せている。
意を決したように顔を上げ、イザベラの瞳を真っ直ぐ見据える。
「僕、あなたとお近付きになりたいと思っています」
「...はぁ」
意図がわからず、曖昧な反応をすると、ジョシュアは一歩踏み出してくる。
「その、つまり...イザベラさん、あなたをお慕い申し上げています...!」
「...........は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
目の前のジョシュアは居心地悪そうに視線を泳がせ、そわそわと落ち着かない。
「あ、えっと...」
何て返せばいいかわからず、イザベラは言葉を詰まらせてしまう。
「あっ...、返事が欲しいわけではないんです。ただ、気に留めていただけるだけでいいんです」
イザベラが困っていると思ったのか、ジョシュアは慌てたように手を振る。
そっか、こういうのって返事しなきゃいけないのか。
今まで面と向かって好意を伝えられたことがないイザベラは変なところで納得してしまった。
「それでは、失礼します」
そして、イザベラに一礼すると、ジョシュアは廊下の向こう側へ歩いて行った。
その背中が見えなくなるまで、イザベラは呆然とその場に立ち尽くしていた。
...どうしよう。
イザベラ、人生初の愛の告白であった。
・
ジョシュアからの告白を受けた後、イザベラは何も手がつかず、研究室の自分の席で呆けていた。
暫くすると、ソファで横なっていたユリウスが意識を取り戻したのか、かけている毛布がもぞもぞと動き出した。
ゆっくりと体を起こしたユリウスはまだ寝ぼけているのか、何かを探すように辺りをきょろきょろと見渡している。
イザベラの姿を確認すると、ぼんやりした眼差しで見つめ、そしてまたソファへと体を倒した。
「いや、さすがに起きてください!!」
行方不明になってから、既に2時間以上経過しており、この間業務は何一つ進められていない。
これ以上は看過できないイザベラはユリウスの体を起こし、眠気覚ましのためにコーヒーを淹れる準備をする。
魔術陣付きのコーヒーポットに水を注ぎながら、先ほどのジョシュアの告白を思い出す。
告白のことって、先生に言ったほうがいいのかな...?
今現在惚れ薬の作製が行き詰まっている。
王太子から依頼が来てから既に一ヶ月以上経ち、本当にユリウスの研究費が凍結されていたのか、先月分の給料が出てこなかった。
あまり人の好意を利用したくはないが、生活費のためだと思うと仕方がない。
話したところでユリウスが興味を持つかもわからないし、とりあえず報告するだけしてみよう。
「先生」
コーヒーの入ったコップを手渡すと、ユリウスはいつものように息を吹きかけており、声をかけてもイザベラには見向きもしない。
内容が内容だけに、このほうが話しやすくていいかと思った。
ユリウスがコップに口をつけたと同時に、イザベラの重たい口が開く。
「...わたし、先ほど愛の告白を受けまして...」
「っつ...!!!」
すると、コーヒーが想像より熱かったのか、ユリウスの体が跳ねる。
考え事をしていたので、コーヒーを冷ますことを忘れていたことを思い出したイザベラは慌ててユリウスに駆け寄る。
「先生、大丈夫ですか?」
「口の中、火傷した...」
寝起きで熱いコーヒーのダメージが予想以上に大きかったのか、ユリウスは口元を手で押さえながら、目尻に涙をためていた。
すぐに水の入ったコップを渡すと、舌で舐めるように水を飲む姿にユリウスの猫舌も相まって、イザベラは猫を連想させていた。
さっきは犬で、こっちは猫か...。
「それで、先生、もう一度言うのですか...」
「告白されたのだろ」
火傷騒ぎで聞き逃したかもしれないと、もう一度告白のことを言おうとすると、ユリウスがコップの柄を掴みながら、つまらなそうな顔を向けてくる。
「そう、なんですが...」
「それをわたしに言って、どうする」
確かに、それはそうなんだが、思っている以上に興味を示してこなく、イザベラとしては少し肩透かしな気分だ。
恋の研究してるんだったら、もう少し食いついてくれてもいいじゃないか!!
これだとまるで自分が告白されたことを自慢してるみたいになってしまい、急に恥ずかしくなったイザベラは黙って自分の席に戻った。
もう色々、考えるのはやめて仕事しようと書類に手を伸ばすと、目の前に人影が落ちる。
顔を上げると、仏頂面のユリウスと視線がぶつかった。
「...なんです?」
「...いや、告白というのは何時、されたんだ?」
「はぁ!?」
さっきはまるで興味ないみたいな態度だったくせに、今更いったいなんなんだ。
イザベラは不満気に睨むも、ユリウスは気にすることなく続ける。
「先ほどは起き抜けで頭が回っていなかった。しかし、よくよく考えてみたら、恋というものを解明するのに絶好の機会だ」
「まぁ、そうですね...」
いつになくやる気になっているユリウスに、イザベラは嫌な予感が胸を掠める。
「つい、先ほど...研究室の前でされました」
「ここを訪ねてきたのか?わざわざ告白するためにか?」
「......」
気絶したユリウスを運んでもらっていたなど口が裂けても言えず、イザベラは誤魔化すための言い訳を考える。
しかし、ユリウスはそこまで気にすることもなく、次の質問を続ける。
「相手の特徴は?」
「えっ、それ必要ですか?」
「一応、データとして知る必要がある」
「はぁ...えっと...」
イザベラは頭の中でジョシュアの姿を思い浮かべる。
「身長は先生より少し高かったですね。体格も先生よりすごいよかったです」
「......」
「先生みたいに目付きが悪くなくて、先生と違って目を合わせて会話してくれました!あとは...」
「おい」
ユリウスの不機嫌な声で中断される。
「何故、いちいちわたし基準で比較する」
「えっ、あ、すいません、そのほうがわかりやすいかなって...」
指摘されて気付いたが、無意識だった。
「あと、とても素敵な笑顔の好青年でした」
「......素敵、だったのか」
「はい!眩しいぐらいに、素敵でした!!」
ジョシュアの笑顔を思い出し、なんだかイザベラも自然と頬が緩む。
しかし、そんなイザベラにユリウスはなんとも言えない表情を向けてくる。
「..........」
「...せ、先生?」
「......まぁ、いい。次だ」
謎の沈黙を軽く流し、ユリウスは次の質問へと進める。
「それで、お前は告白された時、何を感じた」
「何を...?」
「...なにか、体に異変はなかったのか?」
告白された時のことを、思い出してみる。
しかし、特に思いつかなかった。
「いえ、何も...」
「......なんて、返事をしたんだ」
「...特に、何も」
返事はいらないってジョシュアにも言われていたし、考えてもいなかった。
イザベラの返答に、ユリウスはわざとらしく大きくため息を吐く。
そして、一言。
「使えん」
そう言い放ち、自席へと戻っていく。
は?
はああああぁぁぁぁぁ!?
突然の言葉に納得できないイザベラは、立ち上がり、椅子に座ったユリウスににじり寄る。
「使えないって、どういうことですか!?」
好き勝手に質問した挙句、使えないとバッサリ切り捨てられ、イザベラは納得できなかった。
「使えんもんは使えん。話を聞く限り、お前は相手に何の感情も抱いてはないだろうが」
「まぁ、告白してきたのはあっちですし...」
「これだったら、まだ何時ぞやの園児の話のほうが遥かに使える」
「なっ...!?」
あのユリウスに園児以下だと言われてしまった。
自分だって、赤ちゃんのくせに...!!!!
今すぐ言い返してやりたい気持ちになったが、イザベラは理性ある大人なのでぐっと堪えた。
すると、なにか閃いたのかユリウスがにやりと笑う。
「告白してきたやつは、王宮の人間か」
「まぁ、一応...」
「なら、好都合だ。これから積極的に告白してきたやつと接触しろ」
「へ?」
理解が追いついていないイザベラは目を瞬かせる。
「お前には何も期待できんが、お前に告白してきたやつは格好の研究対象だ。そいつと接触して、恋とはなにか観察してこい」
「な、なんでわたしが...!?」
「来月も研究費が入ってこなくてもいいのか」
「うっ...」
お金のことを言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
ぐっと不満を飲み込み、奥歯を噛み締め、イザベラは渋々頷く。
なんか良いように使われている気がしなくもないが、これも助手の仕事だと思い、受け入れることにしよう。
惚れ薬の製作に一歩近付いたことが嬉しいのか、ユリウスがいつになく上機嫌に車輪付きの椅子でくるくると回る。
後で気持ち悪くなっても絶対に介抱してなんかやらないと心に決めて、イザベラは自分の席に戻った。
また面倒事が増えてしまったなぁ...。
まったく減っていない書類の山の前でイザベラは小さくため息を吐いた。
そして、案の定ユリウスは回転しすぎて気持ち悪くなったのか、その場に倒れ込んでしまった。
すぐには動かなかったイザベラだったが、結局気になって仕事に集中できなかったので、様子を見に行ってしまうイザベラなのであった。




