第5話 吊り橋効果を試した結果(下)
「先生、なんでそんな落ち着いているんですか。 なんか考えがあるんですか?」
「いや、そんなものない。わたしの魔術は完璧だ、何をやっても無駄だとわかっているのだから焦る必要がない」
イザベラは全身の力が抜け、倒れ込むようにユリウスの隣に座った。
「...先生は、死ぬのが怖くないんですか?」
あまりにもいつも通りすぎるユリウスにイザベラは素直な疑問をぶつけてみた。
「魔術の実験で命を落とすことは珍しくない。それが自身で構築した魔術なら仕方ないことだ、甘んじて受け入れよう」
魔術に対して、あまりにも誠実すぎる姿勢に感銘さえ覚える。
しかし、それは常識の範囲内で行った場合のみ許される言葉だとイザベラは思う。
何故なら今回の魔術で被害を被るのはユリウスだけではないのだから。
もう腹立たしさを超え、悲しくなってきたイザベラは、ついに涙をぽろぽろとこぼし始めてしまった。
「わたしは、何も知らされず、ただ巻き添えを食らってるだけなんですけど...」
こんなところで、ユリウスの魔術によって死ぬことになるなんて、思わなかった。
頭上の数字が5分を切ろうとしていた。
このまま死ぬのは嫌だなと思ったイザベラは、ユリウスとの距離を詰める。
「...先生、腕を掴んでも、よろしいですか?」
隣のユリウスを見上げると、怪訝そうに眉を寄せる。
「...何のために?」
「わかんないですけど...、最後に人の温もりを感じたいからじゃないですか?」
この状況だと、ユリウスしかいないのだから、しょうがない。
しかし、ユリウスは納得していないのか仏頂面で睨んでくる。
「…先生のせいでわたし死んじゃうんですから、最後ぐらいわがまま聞いてくれてもいいじゃないですか...」
消え入りそうな声で呟くと、さすがのユリウスも罪悪感を覚えたのか、ため息を吐くも、左腕をイザベラに差し出してきた。
恐る恐るイザベラはユリウスの腕に手を添える。
ユリウスの腕を掴んだ瞬間、僅かにその体が強張った。
拒絶されたのかと思ったが、振り払われることはなかった。
触れた瞬間、悲しみや怒り、死への恐怖などでささくれ立っていた気持ちが徐々に落ち着いていく。
もっと触れたいと、そのままユリウスの腕にしがみついた。
ユリウスは何も反応しない。しかし、振り払われないということは、嫌ではないのだろう。
爆発までの残り3分になった。
「先生...、ケーキ、ありがとうございました。最後の最後に好物が食べられてよかったです」
悔いは残したくなかったので、ユリウスに伝えたいことを全て口にすることにしようと、イザベラはぽつりぽつりと想いを吐き出していく。
「先生は、よく行方不明になって生き倒れてるし、ご飯食べ忘れて死にかけるし、興味ある仕事しかしてくれなくて毎日大変でした。あと、他人の気持ちがわからないのも難点でしたね。いつも誰かしらに怒られてましたね」
何の前触れもなく、自分の悪口を言われて気分を害したのか、ユリウスから凄まじい圧を感じる。
しかし、イザベラはそれを無視して、続ける。
「今だって、先生の思いつきで死にそうになってるし...本当に、困ったお人です。......でも、魔術に関してだけは本当にすごい方だと、天才とはこの人のことを言うんだなって畏怖もありましたが、尊敬していました」
イザベラはユリウスの腕にしがみつく力を強める。
「だから、これから、先生が達成するはずだった偉業を見られないこと、とても残念です。......もし、来世があるとしたら、その時はもっとまともな人間になってくださいね」
言いたいことを全て言えたイザベラは顔を俯かせる。
やっと自分の死を受け入れる覚悟が決まったイザベラはゆっくりと瞼を閉じる。
すると、頬に何か温かいものが触れた気がした。
触れられるのと同時に、顎に手をかけられ、顔を上に向けさせられる。
驚いて、目を開けると、目の前にユリウスの顔があった。
ユリウスの視線が一瞬、触れているイザベラの頬に滑る。
「せ、先生...?」
いったい何を考えているのかわからない表情をしていたが、紫水晶の瞳に引き寄せられる。
というか、実際にどんどん近付いてきているのだが、いったいどういうことなのかと、混乱していると頭上の数字が視界に入った。
残りあと10秒。
10、9、8...
7のところで、どこからともなくピシリと亀裂の入る音が聞こえてくる。
そして、大きな衝撃音とともに、壁の瓦礫が目の前に吹っ飛んできた。
「無事か!?」
壁の向こう側から、グロリアが拳を構えて、中の様子を窺ってきた。
その後ろには軍服を着た人々が驚きと安堵の表情を浮かべている。
「グ...っ」
イザベラは堪らず、ユリウスから離れ、グロリアに駆け寄り、抱きついた。
「グロリア様!!!!!」
「イザベラ!?大丈夫だったか!?」
「ふえっ、怖かったです...!!死んだかと思いましたーーー!!!」
恐怖と安堵が入り混じり、情緒がぐちゃぐちゃになっていたイザベラはグロリアの胸で、声を上げて泣いた。
そんなイザベラをグロリアは優しく抱き寄せ、頭を撫でる。
「魔力探知器が異常な数値を表示していたから駆けつけたのだが.....。そうか、怖かったんだな...。助けが遅れてしまって、申し訳ない」
気遣うような優しい言葉にイザベラの瞳からますます涙が溢れ出てくる。
「おい」
しかし、イザベラとは逆に何故か怒っているユリウスが不機嫌な声を上げる。
「ユリウス...」
「何故、邪魔をした」
「......は?」
命の危機を救った相手に対しての発言ではなく、イザベラは耳を疑う。
さすがのグロリアも驚いて、目を見開かせている。
「あと、少しでなにか、わかりそうだった。非常に不愉快だ」
苛立ちを露わにしたユリウスは、グロリアにしがみついているイザベラのローブを引っ張る。
「もう一度、先ほどの魔術を展開させる。今度は脳筋による物理的介入ができない強固防壁を張る」
「いーやーでーす!!絶対に、いや!!!」
何言ってんだ、この変人は!?
さすがのイザベラも付き合いきれず、グロリアにしがみつく力を強め、ユリウスの提案を拒否する。
「わたしが偉業を達成するのを見たいのだろう?つべこべ言わず、付き合え!!」
「それとこれとは、話が別です!!!」
嫌がるイザベラを無理やり引き剥がそうとするユリウスに周囲はドン引きする。
すると、ただならぬ気迫がグロリアから発せられ、空気が一変する。
「ユリウス、貴様...」
グロリアから低く、重厚な、明らかに怒気が孕んでいる声が発せられる。
「自らの魔術で建物の一部を破壊しかけ、あまつさえ他人の命まで脅かそうとまでした。その上、嫌がる婦女に無理やり魔術の強制などと...」
そんなユリウスを睨みつけるグロリアは力強く握らせた拳を震わせる。
「その身勝手さと、傲慢さ、どこまで恥を晒せば気が済むんだ...!!」
「お前には関係ない。黙っていろ」
未だに自身に向けられた怒りに気付くことのないユリウスはグロリアのことなど見向きもしない。
あ、こいつ終わったなとイザベラを含めその場にいた全員が心の中で思った。
「歯を食いしばれ、ユリウス!!!その腐った性根を叩き直してくれる!!!」
「えっ、ちょっ、グロリア様!?」
イザベラが制する間もなく、彼女を抱えたまま、グロリアの怒りの乗った鉄拳がユリウスの顔を打ち抜いた。
次の瞬間、ユリウスの体が盛大に吹き飛び、部屋の向こう側まで飛んでいった。
「せ、先生!!」
あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにし、思わずユリウスに駆け寄るイザベラ。
「離せ!!今日という今日は、徹底的に己の所業の責任を...」
「抑えてください、グロリア少尉!!」
「死人が出てしまいます!!」
すぐにでもユリウスに飛びかかりそうな勢いのグロリアが部下らしき人たちに抑え込まれている。
「くそっ...、脳筋が...!!」
倒れ込んでいるユリウスが鼻を押さえながら、恨みがましく唸っている。
「大丈夫ですか、先生!?」
ちり紙を渡し、イザベラはユリウスの状態を確認する。
鼻血が出ていて、殴られた箇所が腫れ上がっているが、それ以外目立った外傷はなかった。
「今回は...今回も先生が全面的に悪いです。正直、殴られて若干、いえ、かなりスカッとしています!」
「お前...!!」
ユリウスに睨まれるも、イザベラは動じない。
今回ばかりはさすがに、イザベラだってユリウスに怒っているのだ。
「今回みたいなことは二度としないでください!! 約束してくれなかったら明日から研究室に来ないですからね!!」
「ぐっ...」
脅しになるかはわからないが、イザベラが強気で主張すると、ユリウスが不服そうに唇を噛みしめる。
それを肯定と捉えたイザベラは顔を上げ、辺りを見渡す。
壁を破壊されたのと、ユリウスが吹き飛ばされたおかげで部屋中ありとあらゆるものが散乱していた。
とりあえず、明日から片付け頑張ろうと、大きくため息を吐くのと同時に、明日からも無事に生きられる喜びを噛み締めた。




