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第5話 吊り橋効果を試した結果(上)




えっと、次は......。


お目当ての品を買えたので、イザベラは次に買うべきものを確認するために、買い物リストを開く。


薬の材料は買った、新しいインクも買った、ユリウスがさっき割った調合瓶も買った。


あとはユリウスがずっと狙っていた古い魔術書だけになる。


古本屋の店主から連絡があったそうで、いつもなら買い出しについてこないのだが、その魔術書を引き取りに行くついでに今回はついてきていた。


しかし、ユリウスは買い出しをしているイザベラのことなど気にせず、一人で勝手に先に進んでいる。


これだと一緒に来たと言えないが、不思議なことにイザベラが店に入ると、先に行っていたはずのユリウスが店の前で待っている。


そんな不可解な行動をするユリウスにイザベラはすっかり慣れてしまったので、特に気にすることなく自分のペースで買い出しをしていた。


目当ての魔術書がある古本屋は商店通りの外れにあるので、少し歩かなければいけない。


数メートル先を歩いているユリウスの背中を確認しながら、イザベラも歩みを進める。


しかし、買い出しの荷物が肩にずっしりと負担をかけてきて、少し疲れてきた。


不意に通りにあるケーキ屋の看板が目に止まる。


そういえば、最近節約のために甘いもの控えてるんだよな...。


店の前で立ち止まり、ショーケースに並べられている色とりどりのケーキに心奪われるも、拳を強く握り、我慢する。



「こんなとこで、何してる」



イザベラが急に立ち止まったことに気付いたのか、ユリウスが不機嫌な顔で引き返してくる。


行き先は一緒なのだから、わざわざ戻ってこなくてもいいのにと思いつつ、イザベラは頭を振る。



「すいません、少し気になってしまい...」


「菓子店か」


「はい、最近食べてないなーって...」



こんなこと、ユリウスに言っても仕方ないのに口が勝手に動く。



「......少し、待っていろ」



すると、ユリウスがケーキ屋へと足を向ける。


ユリウスでも甘いものを欲するんだなとその様子をぼーっと眺めていると、ケーキの入った箱を手に、戻ってくる。


そして、その箱をイザベラの前へと差し出してきた。


何が起こっているのかわからなかったイザベラは一瞬、動きが遅れるも、それを受け取る。



「...荷物持ちですか?」


「何故、そうなる。欲してたのは、お前だろう」


「............えっ!?」



驚きすぎて、反応が遅れる。


あのユリウスが自分のために何かを買ってくれたことが信じられず、ケーキの箱とユリウスを交互に見る。


どこか体調でも悪いのかと、イザベラは手を伸ばし、ユリウスの額に触れる。


手が触れる瞬間、ユリウスの肩が僅かに揺れた気がした。



「...何のつもりだ」


「いえ、熱があるのかと思って...」



しかし、額からは特に熱を感じられない。


勘違いかと手を離すと、真上から責めるような鋭い視線が降ってくる。



「申し訳ありません...。有り難く、頂戴いたします」


「...まぁ、いい。行くぞ」



まだ声に苛立ちが残っているものの、ユリウスは古本屋に向かって歩み始めた。


イザベラも慌ててその後を追った。


それにしても、ユリウスが自分に何かをくれたのは初めてではないだろうか。


何故かわからないけど、胸が少しだけくすぐったかった。





目的地の古本屋に着くやいなや、ユリウスは店の奥へと姿を消していった。


すぐに戻ってくるだろうと店の外で待っていたが、暫く経っても戻ってこない。


何かあったのかと、店の中を覗くと、何やらユリウスが店主の男と言い争っている。



「一日の取り置き料が、元の値段の倍以上かかるなど、暴利だろ!!」


「フローベルの坊っちゃん、あんた、この魔術書の価値、わかってて言ってんのか?」


「当たり前だ。だから、わざわざ来てやったんだろう。お前が、わたし本人ではないと譲らんとふざけたことを抜かすから」


「そりゃあ、魔術師でもないやつの手に渡ったら、なにに使われるかわからんからな。でも、さすがにタダで渡すつもりはなかったんだけどな...」


「だから、金は用意していたっと言っただろ」


「足りてないじゃないか」


「ぐっ...、それは...」



珍しくユリウスが押し負けている。


話を聞く限り、お目当ての魔術書を購入するためのお金が足りていないらしい。


そこで、イザベラは持っているケーキの箱に視線を落とす。


まさか、これ買ってしまったから、足りなくなってしまった...!?


慌てて財布の中身を確認するも、ほとんど入っていない。



「いいのか。この本が欲しいやつなんてそこら中にいるんだ。別に俺は金さえ払ってくれれば、お前さんじゃない、他の魔術師に売ってやってもいいんだぞ」


「う、ぐぐぐ...」



ユリウスは悔しそうに言葉にならない唸り声を上げる。


少し考え込む素振りを見せるも、すぐに舌打ちをし、店主を睨み上げる。



「明日、再度金を用意して訪ねる。それまで誰にも渡すな」


「へいへい、毎度あり。明日はちゃんと全額持ってこいよ。フローベルの坊っちゃん」



店主の方に軍配が上がり、面白くなさそうに唇を尖らせるユリウスが店から出てくる。



「せ、先生...!!」



イザベラは慌ててユリウスに駆け寄る。



「あの、男、人が下手に出ていたら調子に乗りおって...」



店主に対して恨み言をぶつぶつと呟いていたユリウスがイザベラに気付いたのか、口を閉ざす。


しかし、店主とユリウスのやりとりの一部始終を目撃していたイザベラは堪らず声を上げる。



「すいません、これ買っていただいたせいでお金、足りなくなっちゃいましたよね...」



申し訳なさで目を伏せると、ユリウスから発せられた言葉は意外なものだった。



「それについては気にするな。わたしがやりたくてやったことだ」


「でも...」


「それに...、いや、なんでもない」



何か言い淀んだユリウスだったが、顔を逸らされる。



「もうここに用はない、帰る」



体を翻すと、ユリウスは王宮へと続く道に向かう。



「あっ、待ってくださいよ。先生ー!!」



なんか少しだけ様子がおかしいなと疑いつつも、イザベラも同じ道を駆けていく。





「先生、本当にいらないんですか?全部、食べちゃいますよ」



ユリウスに買ってもらったケーキは全部で3つあった。


さすがに全部食べるのは気が引けたので、ユリウスに一緒に食べるかと聞くと、いらないと即答された。


3つもあるから、1つだけ食べて残りは家に持ち帰って食べようと考えたが、全部イザベラの好みだったので気付いたら最後の1つになっていた。


一応、最終確認として再度問いかけると、自身の席に座り、何か作業しているユリウスが面倒くさそうに顔を上げる。



「しつこい。いらないものはいらない。とっとと食べろ」



そして、すぐに作業に戻る。


それなら遠慮なくと、最後の1つにフォークを入れる。


久しぶりに甘いものを摂取しているので、さっきまでの疲れが嘘のように吹き飛んだ。


はぁー、美味しかった。


最後のひとくちを堪能し、用意していた紅茶を口に含む。



「食べ終わったか」



いつの間にか作業を終え、イザベラが食べ終わるのを待っていたのかユリウスがタイミングよく声をかけてきた。



「はい、美味しかったです。ありがとうございます、先生!」



上機嫌に感謝を述べると、ユリウスが珍しく目を細める。



「問題ない。これから行う魔術の実験料だと思えば安いものだ」


「......えっ?」



不敵に笑ったと思えば、ユリウスは手元にある紙を裏返し、そこにどこからともなく取り出してきた魔石を置いた。


すると、辺り一面が青白く光り、イザベラは眩しさで目を逸らし、瞼を閉じる。


光は一瞬にして消えたので、恐る恐る目を開けるとユリウスと目が合った。



「あの、先生いったい何を...」



言い切る前に、ユリウスが視線を上に向ける。


まるで上を見てみろという仕草につられ、イザベラは視線を上げる。



「...何、これ」



そこには数字の羅列が浮かび上がっており、一秒ごとに数字が小さくなっていく。


最初は『30:00』から始まっていた数字が、もうすぐ『29:00』に差し掛かろうとしていた。



「30分のカウントダウンをしている...?」


「そうだ」



イザベラの言葉に、ユリウスが反応する。


得意げな表情にイザベラは不穏な雰囲気を感じ取った。



「何で、ですか...?」


「30分後に部屋が爆発するからな。視覚的に見えていたほうが臨場感も出て、わかりやすいだろう」


「は?」



信じられない言葉に耳を疑う。


しかし、思考を止める間もなく、イザベラはユリウスに詰め寄る。



「なんで、そんなことするんですか...!?」



叫びにも似た訴えに、ユリウスは怯むことなく続ける。



「先日、吊り橋効果というものを文献で見た。命の危機的状況に陥った場合、人間は恋に似たような感覚が芽生えるというものらしい」


「...それで?」


「ものは試しだと思い、30分以内に恋が芽生えないと部屋が爆発する魔術を作った。そして、今発動させた」



まったく悪びれる様子もなく言い切ったユリウスにイザベラは恐怖を覚えた。


この男、そんな危険な魔術を説明もなしにいきなり発動させたのだ。


しかも、人が上機嫌になっている隙をついてやったとなると、ますます恐ろしい。


このためにケーキを買ってくれたんだと思うと、先ほどの感謝を今すぐ返してほしい気持ちになる。



「それで、どうだ?」


「はい?」


「恋は芽生えたのか、と聞いている」



この状況で淡々とそんなことを聞いてくる神経を疑う。


イザベラは両手で顔を覆う。



「あー、なんか微かに体の奥から沸々と沸き上がっていますね」


「本当か!?それはいったいどんな感覚なんだ」


「そうですね...。なんか、先生の顔面を一発、ぶん殴ってやりたい気分ですね」



手から顔を上げ、ユリウスを睨むと、彼もまたイザベラに向け、不満そうに顔を顰める。



「これが、恋なんですかね?」


「ふざけるな、そんなもの芽生えさせるな。とっとと捨てろ」



捨てろと言われても、一度芽生えた殺意が中々消えることもなく、イザベラは内心で激しく苛立つ。


しかし、ここでユリウスを責めたところで何も解決しないので、気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸する。



「...先生は、どうなんですか?」


「...なに?」


「先生は、恋、芽生えました?」



しっかりと瞳を見据え、問いかけると、ユリウスは神妙な面持ちで考え込む。


少し考えて、結論が出たのか、頭を振る。



「いや、何も」


「そもそも恋というのがいったい何なのかわからないのに、どうやって恋が芽生えたって判断するんですか?」



魔術だって万能ではない。


この魔術の作り手であるユリウスが恋がわからない以上、この事象で芽生えた感情が本当に恋なのか判断しようがない。


だから下手したら本当に芽生えたとしても、爆発が止まらない可能性だってあるのだ。


意表を突かれたのか、ユリウスは目を何度も瞬かせる。


まさか、そこまで考えていなかったのかと、イザベラは頭が痛くなった。



「先生、この魔術解いてください」



この間にも、頭上の数字は刻一刻と終わりに近づいている。


もう既に5分以上経過している。



「無理だな。一度発動したら、爆発するか恋を芽生えさせるかでしか解けないように組んだから、止まることはない」


「......は?」



さも当たり前のような顔をしているが、イザベラは何を言っているのかわからなかった。


急いでユリウスの手元にある紙を確認したが、そこには何も書かれていない。



「...まさか、魔術を発動したら陣が消えるように、細工もしましたか...?」



イザベラの悲痛な問いに、ユリウスは当然の如く頷いた。


こんの、天才がーーーー!!


収まったはずの殺意が再び沸き上がる。


おまけにイザベラは魔術陣を見ていないので、相殺魔術を構築することもできない。



「じゃあ先生が相殺魔術構築してくださいよ!!」


「それも無理だな。あらゆる魔術による干渉も受け付けないようにしている」



言葉を失う。


何故理論が完璧ではないくせに、そんな強固な魔術崩し対策をしてしまうのか本当に理解に苦しむ。


しかも、こんな危機的状況だと言うのに、ユリウスは何故か平然としている。


一旦ユリウスを頼るのをやめようとイザベラは自力での解決を試みることにした。


扉や窓など外に繋がる出入り口を調べてみたが、やはり開かない。


開閉の魔術や、解除の魔術、少し手荒だが爆破魔術も試したが、びくともしなかった。


いつの間にか自身の席から来客用のソファにもたれかかっているユリウスは慌てるイザベラの様子を無表情で観察していた。


さすがにこれ以上は何をやっても無理だと諦めたイザベラはユリウスに近付く。


頭上の数字は10分を切っていた。




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