第3話 先生がまた行方不明です。
「イザベラ」
医療魔術特化研究室からの帰り道、ふいに名前を呼ばれ、振り向くと、軍服姿の長身の女性と目が合う。
「グロリア様!」
高い位置で結んだ金髪を翻し、グロリアは迷いなくイザベラの前まで歩いてくる。
「お久しぶりです!お噂は聞いておりました。上官に昇進なされたんですよね」
「ありがとう。上官といっても、まだまだ下っ端だよ」
紫水晶のような瞳を細め、グロリアは柔らかく微笑む。
服や髪に乱れがなく、きちんと人の目を見て、話してくれる。
本当に人として当たり前のことなのに、常日頃からそれさえ出来ないユリウスと接しているため、こんな些細なことで感動してしまう。
「こんなところで珍しいですね、先生にご用事でも?」
グロリアはユリウスの姉で、二人とも王宮に勤めているが、グロリアは軍人のため魔術部門に普段来ることはない。
だから、ユリウス関連で訪ねてきたと思っていたのだが、グロリアは困ったように眉を下げる。
「そうなんだが、どうやら留守のようだ。また、日を改めるとしよう」
「...は?」
グロリアの言葉にイザベラは目を瞬かせる。
つい先程、研究室から出てきた際、ユリウスは自身の机で惚れ薬のことで頭を悩ませていたはずだ。
それに今日は、外出の予定が入っていないので、部屋にいないなんてことはありえない。
嫌な予感しかしないイザベラは、持っていた荷物をグロリアに手渡す。
「申し訳ございません、グロリア様。これらを持って、先生の研究室で待っていただくことってできますか?」
「...構わないが、ユリウスを探しに行くようならわたしも手伝うが...」
「いえ、大丈夫です!!すぐに戻ってきますので、待っていてください!!」
軽くお辞儀をして、イザベラは慌てて来た道を走り抜ける。
「先生ー!!先生、どこですかー!!」
王宮敷地内を駆け回りながら、大声で人探しをするイザベラははたから見ると異様に見える。
しかし、すでにこれが日常茶飯時なので誰も特に気に留めることなく人々は歩みを進める。
「先生、起きてたら返事してくださーい!!」
中庭、食堂、医療病棟に監獄、ありとあらゆる場所を探し回っているが見つからない。
まさか、敷地外に出たってことはないよね...?
肩で息をしながら、門の方に目を向ける。
どうしたものかと頭を悩ませていると、門を通り抜けようとする荷台車が視界に入ってきた。
荷台に積まれているのは食肉用の家畜だろうか。甲高い鳴き声が辺りに響いている。
......なんか、嫌な予感がする。
そんなことないと思いながらも、嫌な感じが払拭しきれないイザベラは荷台車に駆け寄るのであった。
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「大変、お待たせしました...」
ユリウスの片腕を肩に担ぎ、半ば引きずるようにして研究室へ戻る。
扉を開けた瞬間、来客用のソファで待っていたグロリアが勢いよく立ち上がった。
「大丈夫か!?何が、あった!?」
当然の反応である。
二人とも衣服は泥と水で汚れ、ユリウスに至っては全身傷だらけだ。しかも、ほんのり獣臭い。
限界を迎えたイザベラは、その場にへたり込む。
すると、支えを失ったユリウスまで巻き添えのように床へ崩れ落ちた。
「すいません、ちょっと色々ありまして...」
あの後、荷台車を止めて、中を確認すると、案の定ユリウスが家畜に囲まれながら横たわっていた。
家畜たちの激しい抵抗を受けながらも、なんとかユリウスを荷台から引きずり下ろした。
何故あんな場所に入り込んでいたのかは知らないが、どうせ考え事しながら歩いてる内に中に入ってしまったのだろう。
抱えて連れて帰ろうとしたが、全身が家畜のよだれだらけの体を触れるのはさすがに抵抗があったため、噴水の水である程度洗い流している。
「本当に、すまない...。愚弟が迷惑をかけてしまい...」
駆け寄ってきたグロリアがイザベラの上で気を失っているユリウスを持ち上げてくれた。
「いえ、...ありがとうございます」
ユリウスの重みから解放され、イザベラは深く息を吐く。
「おい、ユリウス!!いつまで気絶してるつもりだ、おい!!」
体を激しく揺らし、グロリアが大きな声で名前を呼んでもユリウスの反応がない。
「こんの....愚弟がーーーー!!!!」
痺れを切らせたグロリアは容赦なくユリウスの頬に往復ビンタをする。
「...っ、」
頬がだいぶ紅くなったユリウスが、やっとのことで意識を取り戻す。
状況が理解できていないのか、視線が泳いでいる。
「......なんだ、グロリアか...」
目の前に実の姉の姿を確認すると、ユリウスは落胆したような声を落とす。
「...何しに来た」
「何しに来たではない!ユリウス、また父の呼び出しに応じなかったな」
若干苛ついているグロリアに対し、ユリウスは面倒くさそうにため息を吐いた。
「そんなことでわざわざ訪ねてくるな。わたしは、お前と違い、暇ではない」
だいぶ、棘のある言い方である。
「いつまでそんな子供じみたことを言っている。フローベルの嫡男として、恥ずかしくないのか?」
フローベルとは、建国時から続く由緒正しき伯爵家であり、昔から軍事でかなり名を馳せている。
魔術が発達してからは、才能ある魔術師も多く輩出しており、名門中の名門である。
「そんなもの知るか。わたしには、関係ない」
当の本人は跡を継ぐ気が全くないのか、グロリアが度々訪れては今と同じような会話が繰り広げられる。
「ユリウス...」
「あの男に言っておけ。もし跡継ぎが欲しいなら精力剤でもなんでも作ってやるから、孕ませるだけ孕ませとけと」
あまりの暴言に、倫理観を疑う。
さすがのグロリアも看過できなかったのか、怒りで顔を歪ませる。
「ユリウス、貴様ーーー!!!」
胸ぐらを掴もうとするも、ユリウスがグロリアの手を払いのける。
「気安く触るな、鬱陶しい」
感情がまったく込められていない声に、イザベラは思わず体を強張らせる。
いつもあまりにもポンコツすぎて忘れてしまうが、本来のユリウスは魔術以外に関心がない冷めた人間だ。
関わり方を一歩間違えれば、イザベラも同じような態度を取られるかもしれないと思うと、心臓が小さく軋んだ気がした。
ユリウスは、グロリアの横を通り過ぎ、部屋の奥にある休憩室に向かう。
「まだ、話は終わってない」
「知らん。身体が冷えたので、わたしは風呂に入る。用がないなら、とっとと帰れ」
そして、ユリウスはグロリアの顔を一瞥することなく、休憩室の扉を閉めた。
重たい沈黙が部屋に流れる。
微動だにしないグロリアに、なんて声をかけていいかわからずにいると、彼女が小さくため息を漏らす音が聞こえた。
額に手をあて、前髪をかき上げると、グロリアはゆっくりとイザベラに向き直る。
「...すまない、見苦しいものを見せてしまった」
弟の言動を憂いているのか、悲しげに目を伏せている。
「いえ...」
「...君には、迷惑をかける。本当に、申し訳ない」
今にも頭を下げてきそうな勢いだったので、イザベラは慌てて首を横に振る。
「わたしは、大丈夫です!!先生の言動にはもう慣れましたから!!それに、グロリア様が謝ることではないですよ、絶対に!!」
「...そうか、ありがとう」
グロリアにとっては気休めにもならない言葉だったと思うが、彼女は小さく微笑んでくれた。
「それでは、わたしは失礼するよ。仕事の邪魔をして悪かった。...ユリウスをよろしく頼む」
そう言い残し、グロリアは研究室から去って行った。
先ほどユリウスがグロリアに向けた冷めた表情と態度を思い出す。
......先生も、もう少し大人になってくれればな...。
イザベラは泥と水で汚れてしまったローブを脱ぐ。
乱れた髪を整え、グロリアに持って帰ってきてもらった書類に視線を落とした。
最近流行っている未知の感染症についての見解と、それを治療するために必要な魔術構築の仮説が書かれている。
魔術理論と構築分野の研究を主に行っているユリウスには他の研究室から魔術陣の構築依頼が来ることがある。
天才なので動き始めたら一瞬で終わるのだが、興味のある案件しかやりたがらず、動き始めるまでがとにかく長い。
必死に煽てて、慰めて、褒め称えて、やっと重たい腰を上げてくれる。
とてつもない労力が必要になるので、どうしてもユリウスでしか出来ないこと以外はもう自分でやることにしている。
書類に目を通していると、休憩室の扉が開く音が聞こえた。
風呂から上がったのかと、最初は特に気にせず、作業を続ける。
しかし、明らかに大きすぎる水音が気になり、イザベラが顔を上げる。
「ちょ...!!先生、何してるんですか!?」
髪の毛をびしょびしょに濡らしたまま部屋の中をうろつくユリウスにイザベラは慌てて立ち上がる。
足元を見ると、休憩室から水の跡が点々と続いていた。
何故、拭かないまま出てくる!?
これ以上被害を出さないために、ユリウスを来客用のソファに座らせ、休憩室から急いでタオルを持ってくる。
「もぉー、このままだと風邪引きますよ!!」
タオルを頭から被せ、髪を拭こうと手を伸ばす。
『気安く触るな、鬱陶しい』
そこで一瞬、何故か先ほどのユリウスの言葉を思い出し、動きが止まってしまう。
触るのを躊躇っていると、ユリウスが首を後ろに傾け、イザベラを見上げる。
「...どうした?」
タオルから覗き込む、紫水晶の瞳が真っ直ぐイザベラを見る。
「っ、なんでも、ありません!!」
自分でもよくわからない行動を誤魔化すかのように、イザベラは力いっぱいユリウスの髪を拭き上げる。
「おい!!もう少し加減しろ!!髪が抜ける!!」
「だったら、自分で拭いたらいいんじゃないですか!?」
一瞬だけ胸の奥がざわついたが、ユリウスのせいですぐに意識から追いやられる。
こうして、本日も何も進まないまま一日が終わるのであった。




