第2話 恋研究と花冠
惚れ薬を完成させなければ研究予算を凍結させられ、生活費がピンチなのでユリウスの手伝いをすることになったイザベラはとりあえず国立図書館で恋愛小説を借りられるだけ借りることにした。
古今東西、ありとあらゆる恋愛が綴られているが、なるほど、わからない。
物語的にはおもしろいのだが、主人公たちにまったく共感ができないあたり、イザベラも恋愛には向いていないことがわかった。
ユリウスはというと、つまらなそうにページを捲っては、ところどころで眉間に皺を寄せているあたり、同じような気持ちになっているに違いない。
イザベラは恋愛小説を読んで、自分なりに分析し、統計的に取ったデータを読み返す。
つまり、恋というのは多少性格に難ありの、身分の高い男性が、特定の女性に時折見せる優しさによって生まれる感情。
もしくは純粋無垢な女性が振り撒く見境のない愛に絆された男性が生み出す劣情。
そして、惹かれ合う男女に立ちはだかる障害がいっそう感情を盛り上げていくという展開が非常に多かった。
あまりの非現実的なデータを前に、イザベラは恋愛小説を参考にしようとしたことを後悔し始めた。
とりあえず、まとめた内容をユリウスに報告しようと立ち上がる。
イザベラからのデータに目を通したユリウスは眉間に皺をますます深く寄せる。
「...お役に立てませんでしたか?」
「...いや、正確だ。正確だが、これだと対象人物がかなり限られる。そもそも、何故特定の相手のみに恋というような非論理的な感情が芽生えるのか説明されていない」
興味なさげに読んでたから流し読みしてるかと思ったら、しっかりと小説の要点を把握している。
こういうところはやはり侮れないなと、イザベラは返された資料を受け取る。
「やっぱり小説だと物語の盛りあげるために、現実味のない出来事で芽生える恋というのが多すぎますね。恋についての表現も抽象的で、もっと詳しく書かれてると思ったのですが...」
胸がはち切れそうとか、相手のことを考えると夜も眠れなくなるとか...
そんな内容ばかりで、どうしてそんなことが起きているのかの説明が一切されていない。
このままだと惚れ薬が完成するのに時間がかかってしまう。
そうなると、来月から生活費をかなり切り詰めていかないと生活できなくなってしまう。
どうにかして、この感情理解が乏しい、ユリウスに恋を理解してもらわないといけない。
危機的状況に若干焦りを感じるイザベラに反して、ユリウスは飽きてきたのか、視線を明後日の方向に向けて呆けている。
時折何かを閃いたように紙に魔術陣を描いては、出来に納得いかなかったのかぐちゃぐちゃと塗り潰していく。
...そもそも、この人に普通の恋愛を見せても理解できないのでは?
頭を悩ませていたイザベラは、ふとユリウスの様子に目を向ける。
紙をぐちゃぐちゃに丸めて、その辺に放り出しては、新しい紙にまた魔術陣を描き始めている。
...そうか。
先生と同じくらい感情が未発達な相手なら、何か掴めるかもしれない。
一縷の望みが見えたイザベラはユリウスが投げ捨てた紙を拾い上げる。
「先生、明日出かけますよ」
「...どこにだ?」
魔術陣を描くのに夢中だったユリウスが手を止め、面倒くさそうにイザベラを見上げる。
「先生のお友達がいるところにです!」
「...わたしに、そんなものはいない」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでください」
イザベラの不可解な言葉にユリウスは首を一瞬傾げるが、すぐに興味が失せたのか、また手元を動かし始めた。
・
「ここはどこだ」
翌日。外に出るのを嫌がるユリウスをなんとか研究室から引っ張り出し、イザベラは目的地の前で足を止めた。
子供たちの賑やかな声が門の向こうから聞こえてくる。
「どこって、幼稚園ですよ。ほら、突っ立ってないで、歩いてください」
二人の存在に気付いた子供たちが正装姿の長身男性が珍しいのか、門越しからユリウスを興味津々な眼差しで観察している。
子供たちの視線がどんどん集まり始め、イザベラは嫌な予感を覚える。
このままでは不審者扱いされかねない。 慌ててユリウスの腕を掴み、その場を後にした。
幼稚園の裏の野花が一面に咲く野原があり、そこに女の子が一人、花畑の中で戯れている。
「ヨハンナちゃーん、お待たせー」
呼ばれる声で振り向いた少女、ヨハンナは、イザベラの姿を確認すると満面の笑みを浮かべ、立ち上がる。
「イザベラお姉ちゃん!」
笑顔で駆け寄ってくるヨハンナの視線に合わせるため、イザベラはその場にしゃがむ。
頭を撫でると、嬉しそうにはにかむヨハンナに癒される。
「先生、ヨハンナちゃんです」
「...は?」
間髪入れずにヨハンナを紹介すると、未だに状況を理解できずに突っ立ているユリウスの低い声が落ちる。
その姿に怯えたのか、ヨハンナは隠れるようにイザベラの後ろに逃げ込んだ。
「先生、相手は幼稚園児ですよ。そんな威圧的にならないでください」
口を尖らせ、そう注意するとユリウスは面白くなさそうに顔を顰めるも、ゆっくりと膝を折る。
「...ユリウス・フローベルだ」
いつもの不遜な態度とは違い、どこかぎこちない挨拶だった。
思わず吹き出しそうになったイザベラだったが、ユリウスが睨んできたので慌てて顔を逸らす。
「...よ、ヨハンナです」
警戒心が弱まったのか、イザベラの後ろからヨハンナが顔だけ出して、挨拶する。
どこか微笑ましいその光景に、イザベラは小さく笑みを零した。
・
「それでね、ケビン君がね、ヨハンナの好きなお花をね、くれたんだよ」
「へー、そうなんだ。よかったね、ヨハンナちゃん」
野原の花畑で花を摘みながら、イザベラは無邪気なヨハンナの言葉に耳を傾ける。
ヨハンナは、イザベラの近所に住む女の子で、最近ボーイフレンドが出来て父親が嘆いていると、彼女の母親から聞いていた。
その話を思い出したイザベラはこうしてヨハンナに恋について話を聞いているというのに、背後にいるユリウスからの不穏な圧で集中できない。
「それじゃあヨハンナちゃんは、お花をくれたからケビン君のこと、好きになったんだね」
「うん、そうだよ!!」
曇りなき笑顔を向けられ、荒んだ心が浄化されていく。
イザベラはそのまま摘んでいた野花を、後ろでふてくされているユリウスの前へと差し出す。
突然、目の前に花が現れて驚いたのか、ユリウスは花とイザベラを交互に見る。
「...何のつもりだ」
「...わたしのこと、好きになりましたか?」
「馬鹿にしているのか?」
人を射殺すかのような視線を向けられる。
ですよねー。
さすがにユリウスでも、これだけで人に好意を向けてくれるとは思っていない。
ヨハンナの話を聞いて思ったのが、日々の積み重ねを経て、初めて人を好きになるきっかけが生み出されるらしい。
もうちょっと明確に恋っていうのがわかるかもしれないと思っていたが、そう簡単にはいかないみたいだ。
肩を落として落胆していると、ローブを引っ張られる。
後ろを振り向くと、仏頂面のユリウスと目が合った。
「いつまで、ここにいるつもりだ」
「...先生は、先ほどのヨハンナちゃんのお話を聞いて、惚れ薬作れそうですか?」
「無理だな。あまりに稚拙すぎて参考にならん」
「じゃあ、帰っても特にやることがないので、もう少しだけここにいます」
ユリウスから顔を背け、野花を摘むのを再開しようとすると、今度は後ろで縛ってある髪の毛を引っ張られる。
引っ張られた衝撃で、体が後ろに倒れ込む。
真上にユリウスの顔がある。
「何、するんですか!?」
「どういうつもりだ」
「ここ最近ずっと研究室に籠もって本ばっか読んでたんですよ?少しでもいいから外の空気を吸って、気分転換させてください」
体を起こし、乱れてしまった髪を整えながら、抗議する。
「わたしは、帰りたい」
「じゃあ、一人で帰ってください。わたしはまだここにいます」
イザベラの言動が気に入らないのか、ユリウスは不満げな表情で睨んでくる。
しかし、そんなことで屈するつもりのないイザベラはヨハンナに向き直る。
ヨハンナはこちらの様子を窺いながら、手元は花冠を作っている。
懐かしい気持ちになったのでイザベラも久しぶりに花冠を作ることにした。
ユリウスは文句言いたげな視線をイザベラに投げかけてくるも無視する。
すると、帰ることを諦めたユリウスは仕方なく二人と同じように花を摘み、冠を作り始めるのであった。
・
「できたー」
黙々と編み上げた花冠を高く上げる。
久し振りだったが、我ながら上手に作れたような気がする。
「お姉ちゃんの、すごーい!!本物のお姫様がつけるものみたい」
その証拠にヨハンナがイザベラの作った花冠を見て、瞳を輝かせている。
昔から手先は器用だったが、褒められると素直に嬉しい。
ふと、ユリウスのことを思い出し、後ろを振り向くと、手にボロボロになった花の輪っかみたいなものが出来上がっていた。
「...なんですか、それ」
「......うるさい」
ユリウスがふてくされたように顔を逸らす。
花冠を作ろうとしてこれって...相当手先が不器用なんだろうな...。
しかし、これで難解な魔術陣を難なく描いてしまうのだから、ユリウスという人間は才能が魔術に特化してしまったのだろう。
イザベラは自身の花冠をヨハンナの頭に被せる。
そして、ユリウスの手から花の輪っかを抜き取り、自分の首にかける。
「...何を、している」
「なんか、可哀想なので、つい...」
自分でも不可解な行動をしている自覚はあるが、体が勝手に動いてしまったのだから仕方がない。
ユリウスは目を瞬かせ、イザベラの首にかかった花の輪を凝視している。
何故か少しばかり居心地が悪くなり、イザベラはユリウスから視線を逸らす。
「お姉ちゃん、これもらっていいの?」
興奮気味のヨハンナは自身の頭にのせられた花冠に手を添える。
「うん、もちろん。...ただ、すぐ枯れちゃうんだけどね...」
すると、指を鳴らす音が聞こえたと同時にヨハンナの頭の上の花冠が光を帯びる。
「...持続の魔術をかけた。半年は持つだろう」
当たり前のように魔術を行使したユリウスに、イザベラは驚愕する。
「えっ、先生...。さっき、どうやって魔術使いました?」
本来、魔術を使うのには魔術陣による術式構築と、魔石による魔力供給が必要だ。
人間の体内には魔術回路がないため、人体だけで魔力の生成、魔術の行使は出来ないはず。
しかし、ユリウスは先ほど指を鳴らしただけで魔術を発動させた。
「どうって...」
「魔術陣も魔石もなしに、どうやって魔術を使ったんですか?」
距離を詰め、問い詰めると、ユリウスはイザベラの気迫にたじろぐように後退りする。
「...魔石の魔力を体内に直接流し込んだ。頭の中で魔術陣を思い浮かべると、発動するようにしている」
「体内に魔力を直接...!?」
ユリウスは淡々と説明しているが、それがどれだけ常軌を逸したことなのか魔術師なら誰にでもわかる。
魔術回路を持たない体に魔力は負担が大きすぎるし、人体にどのような影響が出るのかあまりにも未知数すぎる。
「つまり、先生は魔力を体に入れる魔術陣を構築したということなんですよね...?」
「そうだが」
「失敗したらとか、思わなかったんですか?」
新しい魔術陣を構築した場合、それが正常に発動できるか、検証を何度もする必要がある。
しかも人体に関わることなので、臨床検査もしなければ、普通の魔術師ならちゃんと結果が出るまで使わないはずだ。
しかし、イザベラが知る限り、ユリウスがそんな検証をしている様子は一切見られなかった。
つまりぶっつけ本番で新しい魔術を自分の体に施したことになる。
「理論上実現可能で、成功率は5割は超えていた」
「ひぇっ...、たったの5割で...!?」
思わず悲鳴が漏れる。
成功率5割の魔術を躊躇わず発動させるなんて、想像するだけでも恐ろしい。
しかも魔力を体内に入れただけではなく、魔術陣を頭の中で描くだけで魔術を使えるようにするなんて...もう、現代魔術の限界を凌駕しすぎている。
「...先生って、本当に天才なんですね...」
「当たり前だ。今まで何だと思ってたんだ」
魔術の才能が人より優れている赤ちゃんだと思っていました。
なんて口が裂けても言えないので、笑顔で誤魔化す。
そのまま、無邪気に花冠で喜ぶヨハンナに視線を戻そうとすると、ユリウスに肩を掴まれる。
「...なんですか?」
「...お前の、それにも魔術をかけてやる」
ユリウスの視線がイザベラの首にかかっているボロボロの花の輪っかに落ちる。
しかし、イザベラは首を横に振る。
「えっ、いらないですけど」
「......は?」
目が点になり、動きが止まったユリウスに対し、イザベラは続ける。
「だって、こんなよくわかんないもの、長い間、形を残されても花が可哀想じゃないですか。あとで、しっかり自然界に返して、供養させていただきます」
見るも無残な花に視線を落としながら、イザベラは悪気なく、純粋な気持ちを言葉にした。
しかし、何かが気に食わなかったのが、ユリウスの表情がみるみると険しくなっていく。
「お前ーーーー!!!」
「えっ、えっ!?なんです、あいだだだ」
怒りに任せて頬を思いっきりつねられる。
傍らで二人の様子を眺めていたヨハンナが口元に手をあて、微笑んでいる。
「お姉ちゃんたち、とっても仲良しさんなのね」
「どこが仲良しだ!!」
「どこが仲良しですか!?」
ユリウスとイザベラ、二人同時に反論すると、ヨハンナはまた笑い声を上げる。
こんな変人と仲良しで、たまるか...!!
いい加減、頬をつねるのをやめてほしいイザベラはユリウスの顎めがけて頭突きをかます。
こうして、二人の惚れ薬研究はまだまだ前途多難で、まったく進まなかったのであった。




