第23話 果たしてこれが恋なのか
王宮敷地内を今日も、忙しなく何度も行き来するイザベラの姿があった。
しかし、その傍らに普段いないはずの仏頂面を浮かべた、金髪に紫水晶の瞳を持つ男の姿があり、行き交う人々から好奇の視線が痛いぐらい突き刺さってくる。
まさか、こんなに注目されるとは思っておらず、少し居心地が悪いが、これも検証のためだとイザベラは自分に言い聞かせた。
誤ってジョシュアを対象に発動してしまった惚れ薬の中和剤を作製するために、イザベラが恋しているところをユリウスに観察してもらわないといけない。
正確な反応を記録するために、ジョシュアには内密に検証を進めていくことが、イザベラには忍びない。
良心の呵責に苛まれたイザベラは、自分からジョシュアとの接触を増やさず、偶然出会った時の反応だけを観察することにした。
そうなると、いつジョシュアに出会えるかわからない状態になってしまう。
偶然ジョシュアに出会えても、観察者であるユリウスが近くにいなかったら意味がない。
なので、もういっそのことイザベラが外出する時もユリウスに隣にいてもらうほうが最も効率的だと判断した。
案の定、ユリウスは強く反発してきた。
ごちゃごちゃと色々な文句を並び立ててきたが、ずっとこのままでもいいってことですねというと、急に押し黙ってしまった。
最終的に嫌々ながらもイザベラと行動を共にすることにしてくれたので良しとしよう。
ユリウスは王宮内で有名人だから多少好奇の目は向けられるだろうと覚悟はしていたが、まさかこれほどまでとは想像しておらず、イザベラの考えが甘かった。
さらに面倒なのは、朝からずっと王宮敷地内を動き回っているおかげで、体力がないユリウスが若干疲れてきて、苛つき始めているということだ。
イザベラにとっては日々の日課なのでこのぐらいどうってことないが、研究室からほとんど外に出ないユリウスにとってはだいぶ重労働らしい。
なんて貧弱。
これからは昼食は体力増強のためにタンパク質多めのメニューにしたほうがいいと頭の片隅に留めておいた。
「おや、イザベラ君じゃないか」
しかも、よりにもよって一番面倒な人物にイザベラの存在を気付かれてしまった。
「おーい、久しぶり!その節は本当に悪かったね、それはそれとしてやっぱり君は僕の研究室に...」
「それ以上近付くな!!!」
軽快な小走りで近付いてくるアルベルトを見るなり、ユリウスはイザベラを隠すように前へ出た。
そして、牽制するようにアルベルトを睨みつける。
突然のユリウスの登場に、アルベルトは予想していなかったのか紫水晶の瞳を丸くする。
しかし、すぐに元の軽薄な笑みへと表情を戻し、ユリウスへと詰め寄る。
「ユリウスじゃないかー!!どうしたんだい?珍しいね、君がこんな時間にこんなところにいるなんて。なにかあったのかい?」
「黙れ、貴様には関係ない。とっとと失せろ」
「えー、ひどいなー!!僕たち同じフローベルじゃないかー!」
不機嫌そうなユリウスなど意に介さず、アルベルトはあろうことかその頬を人差し指でツンツンと突っついていた。
なんて、命知らずな...!!
二人の様子をひやひやしながら見守っていたイザベラだったが、ユリウスが特に暴れ出すこともなく、ほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても、二人が外で一緒にいるなんて本当に珍しいね。何かあったのかい?」
惚れ薬のことをアルベルトに勘付かれたら面倒なので、イザベラは変に口を滑らせそうなユリウスを制するように横から顔を出した。
「何もありませんよ。先生もたまには光を浴びなかったら、ますます体調不良が極まりますからね。定期的に野に放しているだけです。でも勝手に出歩かれて野垂れ死なれたら困るので、一応わたしが隣にいさせていただいているのです」
「ふーん...」
真上から降り注いでくる抗議の視線を受け流し、イザベラはアルベルトの反応に注目する。
「僕はてっきり、ユリウスの魔術が暴走した結果、イザベラ君が何らかの被害を被ってしまったけれど、解き方がわからないから、それの手がかりを見つけるために一緒にいるんだと思ってたよ」
ほとんど核心を突かれてしまい、イザベラは思わず悲鳴を上げたくなるも、必死に平静を装う。
本当に、こういうとこ鋭くて、嫌だなこの人。
ユリウスも図星を突かれ、固まってしまっている。
「そんなわけないじゃないですか!!あっ、用事を思い出しました!それでは、アルベルト先生!!失礼します!!」
まるで役に立たないユリウスの腕を引き、アルベルトから距離を取るように、その場から離れた。
これ以上、アルベルトと会話すると、要らぬことを口にしそうで恐ろしい。
今後こういう時のために、何か言い訳を用意しておくべきだと頭を巡らせていたおかげでイザベラは自然と早足になる。
そんなイザベラが、ユリウスの体力が限界に達していることに気づいたのは、中庭付近で、掴んでいた腕が急に重くなり、ユリウスの体がその場に沈み込んだ時だった。
つまり、ぶっ倒れたのだ。
・
「先生ー、大丈夫ですか?」
「..........」
膝の上に頭を預けてくるユリウスに声をかけるも、不貞腐れているのか返事がない。
アルベルトからの逃亡途中で体力の限界が来て倒れてしまったユリウスを、中庭にある噴水近くのベンチまで運んだ。
途中で目を覚ましたユリウスが寝心地が悪いだの、身体が痛いだのと難癖をつけてきたので、今回も仕方なくイザベラが膝を貸すことになった。
春の日差しが差し込む中庭は日向ぼっこには最適な場所だった。
最近惚れ薬のことで頭を悩ませすぎて、眠りが浅かったためイザベラも少し眠たくなってきた。
桜が舞い散る中庭を呆けた頭で眺めていると、イザベラは無意識に膝の上にあるユリウスの頭を撫でた。
何故か無性に撫でたくなったのだが、イザベラにも理由がわからなかった。
ユリウスの体がそれに反応するように動いた気がしたが、すっかり夢心地のイザベラは気付かなかった。
ぼやけた視界で遠くの渡り廊下を行き交う人々の流れを見ていると、その流れに逆らうように一人の人がイザベラの方へと近付いてきた。
近付くにつれ、その人が男性で、長身で、近衛騎士の制服を着ていることがわかる。
さらに目を細めると、焦げ茶色の髪と、琥珀色の瞳が見える。
「..........こんにちは、イザベラさん」
眉尻を下げ、複雑そうな表情を浮かべるジョシュアと目が合い、そこでイザベラはようやく目が覚めた。
それと同時に胸が大きく跳ね始めた。
「じょ、ジョシュア君!?」
動揺で声が不自然に上ずってしまった。
惚れ薬の効果が現れ始めたため、観察してもらわなければと、膝の上で眠っているであろうユリウスの額を何度も叩いた。
その衝撃で起きたのか、ユリウスは鬱陶しそうにイザベラの手を払ったが、膝の上から頭を上げようとしない。
このまま膝から落としてやろうかと腰を上げようとすると、左隣の僅かに空いているスペースにジョシュアが座ってきた。
急に距離が縮まり、胸の鼓動がより一層激しくなる。
肩が触れそうになり、イザベラは不自然に身を縮こませる。
視線をジョシュアに向けられなくて、熱くなった顔を隠すように俯くと、紫水晶の瞳と目が合った。
半目で不機嫌そうに睨んでくるその瞳に、一瞬だけ息が詰まる。
それと同時に、起きてるんじゃないかと腹立たしくなり、膝をずらし、ユリウスを地面へと落とした。
頭から地面へ落ち、鈍い音がしたが、幸い地面は芝生のため、大した怪我はしないはず。
それに、普段からあらゆる場所で生き倒れているのだから、今更ベンチから落とされたぐらいで死にはしないだろう。
何か文句言いたげにユリウスが睨んでくるも、イザベラは無視を決め込んだ。
「......大丈夫でしょうか」
「大丈夫。先生、案外丈夫だから」
自分を邪険に扱うユリウスにまで気を遣うジョシュアは本当に善人すぎて、改めて感心してしまう。
鼓動はまだ騒がしいが、ここであからさまな態度を取ってしまうとジョシュアに怪しまれるため、一旦落ち着かせようと小さく深呼吸をする。
覚悟を決めてジョシュアを見上げると、琥珀色の瞳がじっとイザベラを見つめていた。
すぐに羞恥心で逸らしてしまいたくなるも、そこは気合でぐっと堪えてみせた。
「イザベラさん...」
「ど、どうしたの、ジョシュア君...?」
徐々に近付いてくるジョシュアの顔にイザベラの動悸がより激しさを増していく。
もう痛いを通り越して、苦しい。
頭が真っ白になっていき、何も考えられなくなってしまう。
すんでのところでジョシュアが止まる。
そして、柔らかな笑顔をイザベラへ向けた。
「よかった。まだ顔は少し赤いですが、昨日より体調はよくなっているんですね。安心しました」
「へっ...?」
思ってもみなかった言葉にイザベラは目を瞬かせる。
「ずっと、心配していたんです。なんだか、ここ数日ご気分が優れないようだったので。でも、今日は元気そうで、何よりです」
「う、うん...」
実際は体調不良ではなく、惚れ薬の効果によって引き起こされた身体的反応なのだが、ジョシュアはずっとそれが気がかりだったらしい。
心底安心したような笑顔を目の当たりにし、イザベラは目を見張る。
惚れ薬の効果でジョシュアが近づくたび身体に反応が出るため、イザベラが過剰に警戒していただけなのかもしれない。
ジョシュアは最初から、ただイザベラのことを気遣ってくれていただけだった。
惚れ薬の検証だからって、変に気負う必要はなかったのだ。
胸は痛いし、頭も回らなかったが、不思議とさっきほどよりそれらの反応に対して強い違和感は感じられなかった。
むしろ、ジョシュアに気に掛けてもらえたことが素直に嬉しかった。
「...ありがとう、ジョシュア君」
心からの感謝を口にすると、ジョシュアは少し驚いたように目を見開かせるも、すぐにいつもの眩いばかりの笑顔を見せてくれた。
「はい、イザベラさん」
笑顔を見るだけで心が満たされていく。
これも、恋というものなのだろうか。
初めての感覚に包まれるも、不思議と嫌な気分にはならないイザベラだった。
イザベラとジョシュアの間に穏やかな空気が流れていく。
そんな二人の様子をユリウスは地面から見上げ、苦悶に顔を歪ませ、何かに堪えるようにきつく拳を握りしめていた。
・
段々と小さくなっていくジョシュアの背中をイザベラは惚けたように眺めていた。
惚れ薬の対象人物であるジョシュアとの距離が離れていくにつれ、イザベラの頭が冴えてくる。
なんだか夢から醒めるような感覚に似ていると思いながら横に視線を移す。
信じられないぐらいの不機嫌を撒き散らしているユリウスがおり、今から声をかけなければいけないのが億劫すぎて、イザベラは夢であることを強く願ってしまった。
「...先生、どうでしたか?」
「.........」
「何か、わかりましたか...?」
「.........」
しかめっ面のまま、反応してくれない。
こうなると、機嫌が直るまで時間がかかるため、イザベラは諦めたようにベンチに深く腰掛ける。
すでにジョシュアの姿が見えなくなったが、彼が消えた方向へともう一度視線を向けた。
「...ジョシュア君が隣にいると、頭に靄がかかったようにぼーっとするんですよね。これも惚れ薬の効果なんですかね」
どうせ反応が返ってこないので、独り言としてイザベラが呟くと、ユリウスが小さく舌打ちをする音が聞こえてきた。
「...知るか。わたしが、お前の感覚をわかるわけなかろう」
随分と乱暴な言い回しだが、意外にも反応が返ってきた。
それはそれとして、ユリウスが作製した薬で、中和剤を作らなければならないのだから、ちゃんと経過観察はしてほしい。
「それじゃあ、これが薬による効果じゃなかったら、本当にジョシュア君に、恋しちゃったんですかね」
「それは、違う」
半ば諦めながら口にすると、ユリウスからすぐに返答が返ってきた。
何故そこだけ即答なのか。
横目で見ると、ユリウスはどこか落ち着かない様子だった。
だけど、もしこの症状が惚れ薬によって意図的に植え付けられたものなら、果たしてジョシュアに対する反応は本当に恋だと言えるのだろうか。
そもそも本物の恋と違うと証明されてしまったら、惚れ薬としては矛盾してしまうのではないだろうか。
なんだかよくわからなくなってしまったイザベラは深く考えることをやめ、暖かな日差しに目を細める。
「先生ー、とりあえずご飯にしましょうか。今日は先生が好きなチキンの香草焼きにしてみました」
朝から動き回り、ユリウスも疲れただろうと、イザベラは少し早めの昼食を提案して、ベンチから立ち上がる。
ユリウスから返事はないが、仏頂面のままイザベラの後を追うように立ち上がったので、ついてくる意思はあるらしい。
色々と山積みで、解決しなければいけないことがたくさん残っているが、とりあえず今はお腹を満たそう。
そしたらユリウスだって少しばかり機嫌がよくなって、天才的閃きが浮かぶかもしれない。
こんな非常事態に呑気だなと自嘲してしまうが、こんなふうに穏やかに流れていく時間は、イザベラにとってなくてはならないものだった。
その穏やかさが、先ほどジョシュアの笑顔を見た時に感じたものと、どことなく似ていることに気づいた。
しかし、惚れ薬の効果は対象者であるジョシュアがいなければ発動しないはず。
それなのに、何故だろうと首を傾げるイザベラだったが、悩んでも仕方がないので、すぐに考えるのをやめた。
ちなみに、チキンの香草焼きは食べてくれたが、付け合わせのラディッシュの酢漬けが気に入らなかったユリウスと些細ないざこざが勃発したのはまた別の話であった。




