第11話 君は、特別
そろそろ本気でまずいかもしれない。
重たい体をなんとか動かし、イザベラは床に散らばった書類を拾い上げる。
つい先程、自分で躓き、積んであった書類の山を派手にぶち撒けてしまったのである。
本来ならそれはユリウスの役割なのだが、ここ最近イザベラは妙な気怠さを感じていた。
意図的に食事の量を減らしているので、原因は栄養不足であることは理解している。
来月分の家賃を確保するためにとうとう食費まで切り詰めなければならなくなってしまっていた。
ここ数日は一つのパンを三等分にして、一日を凌いでいるのだが、さすがにそろそろ限界かもしれない。
空腹は耐えられるのだが、頭が回らず、体が重い。
これだと仕事に支障をきたし、ユリウスに迷惑をかけてしまう。
なんとかしなければ。
回らない頭でぼんやりとそんなことを考えていたおかげで、目の前の書類を拾い上げる手が止まっている。
「おい」
イザベラは反応しない。
「おい、聞いているのか」
少しだけ苛立った声が落ちるも、イザベラは書類を持ったままぼんやりと床を眺めている。
「イザベラ!」
気の立った大きな声で名前を呼ばれ、イザベラはやっと呼ばれていたことに気付き、顔をゆっくりと上げた。
無表情のままイザベラを見下ろすユリウスと目が合った。
「何をしている」
「......あっ、すいません。すぐ、片付けます」
反応が一瞬遅れてしまい、イザベラは慌てて床の書類に手を伸ばす。
しかし、手首を掴まれ、イザベラの動きが止まる。
「顔色が悪い」
ユリウスにはっきりとそう言われてしまい、イザベラは掴まれた手首を振りほどこうとするも力が出ない。
「そ、そんなことないですよ!昨日、ちょっと夜更かししてしまったので寝不足なだけです!!」
誤魔化すようにわざとらしく声を上げ、笑顔で返すも、ユリウスは手を放してくれない。
紫水晶の瞳に真っ直ぐ見据えられ、イザベラは思わずたじろぐ。
普段ならとっくに興味を失っているはずなのに、今日のユリウスは妙にしつこかった。
ここで体調が悪いと見破られてはいけない。
イザベラがいないと、この研究室はまともに機能しない。
だから、休むわけにはいかないのだ。
「本当に、大丈夫です。ただの寝不足なので、コーヒーでも飲んだら、なんとかなりますよ」
手を引こうとするも、ユリウスの手の力が緩まない。
「食事はとったか?」
「少なくとも、先生よりは食べてます」
軽口で誤魔化そうとするも、実際は食べられていない。
疑うような視線に耐えきれなくなり、イザベラはそれから逃れるように立ち上がろうとするも、視界がぐらつく。
しかし、このまま膝をついたらもう誤魔化しきれないとなんとか踏ん張る。
「本当に、本当に大丈夫ですから!!!先生はわたしなんかより、ご自身の心配をなさってください!!!」
「......そうか」
明らかに納得していない様子のユリウスだったが、イザベラの気迫に根負けしたのか、掴んでいた手の力が少しだけ緩む。
その隙を見逃さなかったイザベラは、手を引き、逃げるように部屋の扉に向かう。
「それじゃあ、わたしこの書類を提出してきますので。先生はちゃんと仕事してくださいね。また勝手にいなくならないでください」
不服そうな表情をしているユリウスを研究室に残し、イザベラは足早にその場から離れた。
・
ユリウスの研究室からイザベラは目的地まで、ゆっくりとした足取りで向かった。
体はだいぶキツイが、無理したら歩けないこともないので、何度も立ち止まりながらも前に進む。
それにしてもユリウスがイザベラの不調に気付くとは驚きである。
魔術以外に興味を持つことのないユリウスが他人の不調に気付くことさえ奇跡的なのに、あろうことかそれを気に留め続けるなど、今まであっただろうか。
それよりこのままだと本当に倒れかねないので、医療魔術特化研究室から試作品でもいいから栄養剤のサンプルを貰おう。
そのためには、早くこの書類を届けに...
そう思って顔を上げた、その時、視界が大きく揺れた。
やばい...!!
膝から崩れ落ちそうになったが、咄嗟に壁に手をついて、すんでのところで踏ん張った。
けれど、そのままゆっくり体を壁にもたれかける。
耳鳴りがひどい。
体に力が入らない。
重力に逆らえず、イザベラの体が膝から床に落ちる。
手を床につき、なんとか上体を起こそうとするも、視界がどんどん狭まっていく。
とうとう力尽き、床に倒れ込み、意識が途切れそうになる。
「イザベラ!!!」
その時、遠くの方から聞き慣れた声が自分の名前を叫ぶのが聞こえたが、イザベラはそのまま目を閉ざし、意識を手放した。
・
「っ...」
朧気な意識の中、瞼越しに差し込む光で視界の奥が白み、イザベラはゆっくりと瞼を開けた。
真っ白な天井が最初に目に入り、独特な薬の匂いが鼻をくすぐった。
ここは...医務室...?
辺りを見渡し、自分がベッドの上で横たわっていることを理解したイザベラは起き上がろうとするも、体に力が入らない。
腕の力を使い、枕を背に挟み、なんとか上体を起こす。
すると、扉のノック音が聞こえ、扉が開くと、看護服を身に纏った女性が部屋に入ってきた。
「あら、お目覚めになったんですね」
彼女はイザベラに微笑みかけ、傍らまで寄ってくる。
「即効性の栄養剤を投与しましたが、ご加減はいかがですか?」
「...えっと、まだ少し体が重たいです...」
詳しい状況はわからないが、素直に自分の状態を答えると女性は持っていたバインダーに何かを書き記した。
「わかりました。先生を呼んできますので、少々お待ちください」
小さく会釈すると、女性は部屋を出て行った。
やはり倒れてしまったかとイザベラは小さく肩を落とす。
完全に意識を手放す直前の記憶では、廊下で倒れたはずだ。
きっと通りすがりの誰かが、医務室まで運んでくれたのだろう。
自分の管理不足で他人に迷惑をかけてしまい申し訳ない気持ちで頭がいっぱいになっていると、病室の扉が勢いよく開かれた。
「病人が項垂れてるんじゃねぇ!!」
叱咤するような声に顔を上げると、ボサボサの黒髪に薄汚れた白衣を羽織った男性が扉の前で仁王立ちしていた。
「マルコー先生...」
大股で部屋に入ると、マルコーは無遠慮にベッドの傍らのパイプ椅子に座り、不躾に右足をもう片方の膝にかけた。
持っていたバインダーの紙を数枚捲り上げ、内容を確認すると、怪訝な表情をイザベラに向ける。
「体重減少、倦怠感、集中力低下。典型的な栄養失調の症状だ。何故、倒れるまで放置した」
「それは...」
王太子殿下の依頼で惚れ薬を作製しなければならないのだが、順調に進まず、研究費を凍結されてしまい、給料が払われず、家賃を捻出するために食費を削っていました。
なんて、口が裂けても言えないので、イザベラは目を伏せ、口を噤む。
そんなイザベラの様子を見たマルコーはわざとらしく大きくため息を吐く。
「そんな困り果てた表情をするな。俺が病人を虐めてると噂される」
「...すいません...」
「大方、あのフローベルが無理難題を押し付けたのだろう。苦労してるな、お前も」
マルコーの口からユリウスの名前が出て、イザベラは思い出したかのように顔を上げる。
「先生...。先生はどうしてますか?」
「あ゛?お前の目の前にいるだろうが」
「いえ、マルコー先生ではなく、ユリウス・フローベル先生の方です」
倒れてからどのくらいの時間が経っているのだろうか。
数時間だったら問題ないだろうが、もし数日経っていたら、研究室から干からびたユリウスが出てきてしまうかもしれない。
そんな恐れを抱いたイザベラはいてもたってもいられず、重たい体のままベッドから下りようとする。
「ふざけるな!!!病人は大人しくしてろ!!!てめぇのことだけ考えてろ!!!!」
憤ったマルコーの声にイザベラは肩を震わせ、動きを止める。
「他人のこと気にかけてて、死にかけてる暇があるんだったら、てめぇの体調をまずなんとかしろ。共倒れなんかされたら、そっちのほうが厄介だ」
「すいません...」
正論をぶつけられ、イザベラは萎縮するように顔を俯ける。
今この状態で研究室に戻っても、完全に足手まといになってしまう。
そうなるとますますユリウスの迷惑になってしまうと考えたイザベラは、大人しくベッドの上で横になり、マルコーに背を向けた。
「...お前が倒れてからまだ数時間も経っていない。そんなすぐに死にはしないだろう」
すっかり意気消沈してしまったイザベラに、マルコーはバツが悪そうに小さく呟く。
「それに、ここで相当暴れ回ったんだ。気力は有り余っているはずだ」
「...先生、いらしてたんですか?」
マルコーの言葉でイザベラはまた体を起こし、彼に向き直る。
その反応にマルコーは呆れたように息を漏らす。
「お前をここに連れ込んだのはやつだからな。正確には姉のグロリア少尉がお前を運び、やつは付き添いだったな」
「グロリア様が...!?」
まさかの人物に運んでもらったことにイザベラは驚きの声を上げる。
「お前の診察を始めようとしたら、とにかく煩くてな、気安く触るなとか、早く目覚めさせろとか...」
その時のことを思い出して、マルコーは苛立ってきたのか、持っているバインダーに何度も指で叩く仕草を見せる。
「診察の邪魔だったので、姉に連れ帰ってもらった。あいつのおかげで、またペンが一本無駄になった」
医務室で暴れ回るユリウスを容易に想像できてしまい、イザベラは自分が倒れたことにより思った以上に多くの人へ迷惑をかけてしまったのだと、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
だが何よりも、ユリウスに余計な手間をかけさせてしまったことが心苦しかった。
「...先生に、迷惑、かけてしまいましたよね...」
懺悔するようにイザベラが呟くと、マルコーは面倒くさそうに頭を掻いた。
「あれは、迷惑してたというより......まぁ、いい。お前はそっちのほうも重症だったな」
「はい?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。忘れろ」
意味ありげな言葉にイザベラが眉を寄せると、扉がノックされた。
先ほどの看護婦が部屋に入ってきて、マルコーに耳打ちする。
内容を聞くやいなや、マルコーは苛立たしげに舌打ちをする。
「今すぐ、人払いをしろ」
「承知しました」
看護婦はマルコーに一礼すると、慌ただしく部屋から出て行った。
何だか忙しないなと目の前で繰り広げられる光景をぼんやりと眺めていると、気怠そうに頭を掻きむしるマルコーと目が合った。
「お前に、客が来る」
「...どなたですか?」
「来たら、わかる。...ただ、覚悟はしておけ」
覚悟しておかなければならない見舞い客とはいったいどういう人なのだろうと、イザベラは瞬きを繰り返した。
・
先生、今頃大丈夫かな...。
病室からマルコーが出て行き、覚悟が必要な見舞い客が来るまでイザベラは一人、窓から見える中庭の桜の木を眺めていた。
暫くすると、部屋の扉がノックされ、マルコーが再び部屋に入ってくる。
「早く入ってこい」
「無理を言って、すまないな。マルコー」
そして、マルコーの後ろから現れた男性の姿を見て、イザベラは目を見開く。
「テオドール王太子殿下...」
不機嫌そうに腕を組むマルコーとは対照的に、柔らかな笑みを浮かべる茶髪の男性がそこに立っていた。
まさか王太子殿下が現れるとは思っていなかったので、一瞬呆然とする。
しかし、すぐに正気に戻ったイザベラは慌ててお辞儀をしようとベッドから立ち上がろうとすると、マルコーに凄まれる。
「動くな!!!次、ベッドから出ようとしたら縛り付けるぞ!!!」
この医者なら本気でやりかねないと、イザベラは戦々恐々と元の場所へと戻る。
そんな二人のやり取りを見て、テオドールは苦笑いを浮かべた。
「気を遣わせてしまって、申し訳ない。今は王太子ではなく、君の見舞いに来た客として扱っていただきたい」
イザベラは戸惑いながら首を小さく縦に振った。
テオドールはベッドの傍らに置いてあるパイプ椅子にゆっくりと座る。
「マルコー、すまないが、彼女と二人きりで話させてくれないか」
後ろに控えているマルコーにテオドールがそう告げると、マルコーは渋々頷いた。
「暫くの間、人払いも頼む。誰も部屋に入れないでほしい。特にフローベルには注意してくれ」
「どの、フローベルだ?うちには厄介なフローベルがたくさんいるからな」
意表を突かれたのか、テオドールは目を瞬かせると、すぐにそうだなと可笑しそうに笑う。
「全てのフローベルだ。よろしく頼む」
「はいはい、わかりましたよ」
一応、テオドールに一礼を入れた後、マルコーは部屋から出て行った。
王太子殿下と二人きりになり、少し気まずさを感じたイザベラは視線を泳がせながら、布団の中で両手を組んだ。
そんなイザベラの心配をよそに、テオドールは目を伏せ、静かに頭を下げた。
「此度の件、わたしの我儘に巻き込んでしまい申し訳なかった」
突然の行動に驚いたイザベラはベッドから身を乗り出し、慌ててテオドールの顔を上げさせようとする。
しかし、王族に触れるのを躊躇ってしまい、伸ばした手は空中で意味もなく空振る。
「お、おやめください、王太子殿下!!わたしのようなものに、謝罪なんて...顔をお上げください!!」
やっとのことで声を上げることが出来たが、イザベラの声でテオドールの顔が上がることはなかった。
「いや、このような事態を招いてしまったことを詫びたい。身体に支障をきたすまで追い詰めてしまい、我が国の優秀な魔術師を失ってしまうところだった。深く反省している」
けれど、テオドールの声はあまりにも真剣だった。
イザベラはそれ以上止めることもできず、大人しく謝罪を受け止めるしかなかった。
「研究費凍結はあまりにも横暴だった。フローベルの言動に腹を立て、わたしもおとな気なかった。未払分はすぐに支給させよう」
お金の話になるとこんな時でも安堵してしまう自分が嫌になるイザベラだったが、これで来月の家賃が払えると心の底からの笑みが自然と溢れた。
「あ、ありがとうございます...」
「礼を言う必要はない。むしろ、もっとわたしを罵ってくれてもかまわない」
「いえ、さすがにそれは無理です」
そんな度胸、イザベラには持ち合わせていない。
「フローベルは容赦なく怒鳴りつけに来たのだが...」
ユリウスならやりかねないとイザベラは恐ろしさで肝を冷やす。
「せんせ...、ユリウス先生が王太子殿下の元に赴いたんですか?」
そこでようやく顔を上げたテオドールがイザベラの質問に頷いた。
「あぁ、ものすごい剣幕で怒鳴りつけに来て、ありとあらゆる暴言で罵倒されたな。そこで君が倒れたことも責められたな」
何ということだ。
自分が倒れたことによって王太子殿下にも迷惑をかけていたなんて、本当に申し訳ない。
更にユリウスが激怒していたということは、イザベラの不在が相当迷惑なことだったと想像できる。
「先生、自分の研究の妨げられたこと、相当怒っていましたよね...。あとで、わたしから謝罪しておきます」
「......」
テオドールは赤色が光る茶色い瞳を瞬かせ、数秒間沈黙する。
「...君は、何を言っているんだ?」
言ってることが理解できないような口振りに、イザベラはきょとんとテオドールを見つめる。
「えっ、だって...先生、助手が不在で迷惑してるって怒っていたんですよね...?」
「何故、そうなるんだ。君が倒れたことにフローベルは怒っていたんだ」
「だから、それは本来必要ない余計な仕事を増やされた煩わしさで...」
「彼は君を心配していたんだ」
一瞬、何を言われたかイザベラはわからず、思考が止まる。
先生が、わたしを...?
腕を組み、少し考えた後、イザベラは納得したように大きく頷いた。
「そうですね!わたしがいないと、研究室が機能しないし、先生の生命維持も大変ですよね!!」
しかし、そんなイザベラの反応にテオドールは信じられないものでも目の当たりにしたような表情をし、絶句していた。
テオドールは小さく息を吐き、弱々しく微笑んだ。
「...なるほど。これだから、薬が中々出来ないわけだ...」
「...王太子殿下?」
なんだか少し吹っ切れたようなテオドールの表情に、イザベラはますます不安になる。
「すまない。君には少し、言葉足らずだったようだ。なら、断言しよう。君はユリウス・フローベルにとって特別な存在だ」
「......は?」
今度こそ何言ってるのか本気でわからず、王太子相手なのに素っ頓狂な声を上げてしまった。
だが、すぐに同じことだと理解したイザベラは自信満々に答えようとした。
「はい、ユリウス先生にとってわたしは少なからず使える...」
「もちろん、助手として、と言っているわけではない」
イザベラの言葉に被せるように否定され、思わず戸惑う。
助手としてではないというのはどういうことだろう?介護士としてということか?それとも、飼い主?乳母?
なにがおかしいのか、テオドールは額を押さえながら肩を震わせていた。
「...殿下?」
「すまない。ここまでとは思わなかったのでな...。これはフローベルも苦労するはずだ」
「あの、仰ってる意味がよくわからないのですが...」
「失礼。だが、これ以上わたしの口から言うのは憚られるので、フローベルに直接聞くといい」
肝心なことを言わないなんて要領が得ないなと不服なイザベラは眉をひそめる。
そんなイザベラの反応を見て、テオドールは気が緩んだのか、パイプ椅子の上で足を組んだ。
「正直、君たちに薬の依頼をしたことを少し後悔していたが、君たちなら質の高いものを完成させると期待しているよ」
「はぁ...」
話の流れ的に何故惚れ薬の話題が今、出てきたのかわからないイザベラは適当に相槌を打つ。
・
つ、疲れた...。
テオドールがようやく帰り、やっと肩の力が抜けたイザベラは背中の枕に体を埋める。
王太子殿下と面と向かうだけでも緊張するのに、わけのわからんことを言われ続けたおかげで余計に疲れ果ててしまった。
もうこのまま眠ってしまおうと、イザベラが瞼を閉じかけると、病室の扉が開いた。
「ったく、話が長いんだよ。あいつは...」
白衣のポケットに手を突っ込ませ、ぶつぶつと唇を尖らせたマルコーがベッドまで近付いてくる。
毛布から顔だけ覗かせているイザベラを一瞥したマルコーはパイプ椅子に座り、バインダー上のカルテを捲った。
「とりあえず、今晩はここで寝てろ。食事を持ってこさせるから吐いてでも食え。その後は栄養剤を投与する予定だ。調子がよかったら明日にでも復帰できる」
「あ、ありがとうございます...」
弱々しく返事をすると、マルコーが顔を上げる。
「...だいぶ憔悴しきってるな。王太子になんか言われたか?」
イザベラの異変に気付いたマルコーが顔を顰め、聞いてきたので、テオドールとの会話を話していいものかとイザベラは一瞬悩む。
モヤモヤしたまま寝ると、明日の目覚めに影響が出るかなと考えたイザベラはテオドールとの会話を一部抜粋してマルコーに話すことにした。
「その...王太子殿下が変なことを言ってきたんですよ。なんか、先生...ユリウス先生がわたしのことを特別だって...」
「なんだ、そんなことか」
そこまで聞いて、マルコーはつまらなそうに、カルテに視線を戻す。
そして、カルテにペンを走らせながら、なんでもないかのような口振りでイザベラに告げる。
「あいつは、ユリウス・フローベルはお前に好意を抱いているのは目に見えてわかる」
「.......は?」
とんでもない爆弾発言にイザベラは目を見開かせる。
「だから、あいつはお前に惚れてんだよ!!!」
あまりにも鈍すぎるイザベラの反応に苛ついたマルコーは面倒くさそうに声を上げる。
「.........は?」
いったい今、何と言われたのだろうか。
理解が追い付かず、思考が完全に停止したイザベラは何度も目を瞬かせるのであった。




