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【浜辺02/漂流者ふたり】


「さて、シズハよ!」

 テンヌは胸を張って腕組みをし、声を張り上げた。

 無道丸で頭領として振舞う時のような勇ましい響きがある。耳元でささやかれ、顔がゆるみきっていたシズハは、反射的に背筋を伸ばして口を引き締めた。


 気合の入った様子を見て、テンヌは満足げに頷いた。

 そして、首をかしげて言う。

「なにして遊ぶ?」

 がっくりと膝から崩れそうになった。

「……気が早すぎる」

「おや、早かったか?」

「からかわないでったら。どうやって生き延びるか? でしょ、今はさ」

「ふふ。とはいえせっかく南の島だ。そのくらいの身軽な心を持ち合わせていなくては、な。まずは腹ごしらえに、釣りを試みるか?」


 これじゃあ海賊の冒険に付き合わされてるみたいだ……と、昨日なら内心で毒づいていたことだろう。だがシズハは不思議と楽しい。空腹の苛立ちもあるというのに。


 気張ること求めてくるようで、気の抜きどころはしっかり考えている。

 頭領として慕われるのが分かるような気がした。


 それに、山野にあって楽しむ心を忘れないようにするのは、奇しくもシズハが師父から教わったのと同じだった。

 飢えて野草を食べるなら、どうせだからおいしいものを。休む寝床をつくるなら少しでも快適に……ユーモアをもってそれらを教えてくれたのだ。


「身軽な心ね。それは僕も賛成だ」


 シズハには喉まで出かかった懸念があった。

『悪ければふたりとも、この島で野垂れ死ぬことになる』と。

 当然思い浮かぶ類のものではある。だがそれを言葉にすることをやめた。

 それはテンヌとて考えていないはずがない。そのうえで口にしないのだと悟ったからだ。


「では改めて……第一歩はなにから着手するか、おぬしの意見を聞こう!」

「それじゃあまず。一歩目()()のことかな。動き出すより先に、現状の確認が要る。大切なことをいくつか相談しておこう」

「確認とな?」

「うん。持ち合わせるべきは、身軽さに釣り合う慎重さもだよ」

 岩陰に戻り、ふたりはまたも腰を落ち着けた。


 シズハは指を折りながら述べていく。

「いま重要なのは三つ――」

『祝福の力はどうすれば回復する?』

『この島は、()()だろうか?』

『生きて脱出するためには、なにをすべきか?』


 ひとつひとつに、テンヌは頷いていった。

「よし。わたしのわかることから言おうか」

 彼女は左手をかざし、薄れた痣を見せる

「まず祝福の力。これは体温が平熱になり、体力が快復すること。腹を満たして元気をつければそれで復活する。そうなればこの痣も元通りだ」

「そうなの? なんだか風邪の治し方みたい」

「うむ。そうでなくてはとっくに船の者たちにバレている。至極単純だが、食料のあてが定かでないこの場において、先行きのわからぬことでもあるな」

 そういいながら、テンヌは襟元をすこしぱたぱたとさせた。しかし風が吹くと、肩をすくめて首周りを引き締めた。

 身体が熱っぽいようだ。いつのまにかうっすらと汗ばんでいる。その背にかかった疲労はまだ解消されてないのだ。


(こうなっては、命を張るべきは僕の方だな)


「して、この断島だが。銀海流と太陽の向きから察するに、あの時の海域から北向きに流されてきたようだ」

 テンヌはそばに転がっていた小さな枝を手にして、砂上にごく簡素な地図を描く。


 銀海流の中心を基点とすると、無道丸は南東から出発して南西へと向かっていた。

 西を向いた船の右弦から落ちて、どんどん離された。さすれば北寄りの方角に流されたというわけだというわけだ。

 無道丸を示す三角印の北向きに、丸く現在の推定位置を示した。


「とはいえ実際にどの程度の位置かは、どうもわからぬ。ただ、覚える限り……今回の航路から北の方面に、目立つ島は海図には記されていなかったかな」

「海図にないとすれば、人が行きかうような土地でもないか……」


 銀海流は人の営みの助けになっているが。勢いが強すぎる海域はむしろ航路として不適になる。

 大陸が砕け、世が乱れてからは大規模な測量を行った団体もない。

 いまいる断島のように、かつて大陸の一部であったが、今となって余人に知られない地はどれだけあるかもわからない。


「正確な位置関係を把握ってできる? 例えばさ、星々や太陽から位置を計算するとか」

「……副長ならやれるかもしれぬ。だが測量具があったとしても、わたしには手に余る」

「そうなの?」

 シズハがまっすぐ訊くと、テンヌはきまりが悪そうに言う。

「その……海賊の頭領ではあるが、わたしは航海術に関しては修練の途上というか……ほとんど副長頼りでな?」

 そういいながら、彼女は少し目を逸らす。恥じらい交じりのごまかし笑いは、初めて見る顔だった。それがどうにも目新しく、いじらしい。シズハは気づかぬうちに微笑を浮かべていた。

 しかしそれが、からかいの笑みと見えたようで。テンヌは不服そうに言う。

「だれかさんも言ってはいなかったかな? よわい十五で物事を一人前に成しうるなら苦労はないと」

「……ごもっとも」

 シズハの微笑は苦笑に変わる。妹フィシーが領主を担うのに未熟なことを指摘されて、反論した件だ。蒸し返されてしまった。


「銀海流の向きからして、無道丸はそもそも助けに来れるかもわからない……そういえば、船や船員のひとたちは大丈夫なの?」

「わたしがおぬしを助けに飛び込む前に、あの松脂臭くて気色の悪い敵船に一撃与えておいた。副長の働きもある。首尾よく振り切るか退けるか、そのくらいのことはできる」


 思えばあの敵船の不可解極まりない相手だったが、今のふたりにはそこまで考えを巡らせる余裕はなかった。


「頭領がいなくとも平気?」

「そのための副長よ。指揮は預けると言い置いてきた。船の運行はいわずもがな」

「頼りになるじゃん」


 テンヌはため息交じりに言う。

「まあ……の。ところで、そちらこそ誰か助けに来るあてはないのか?」

「それは無理」

「はっきりと言う」

「あの港で、君以外のだれも僕を助けてくれなかった。それが答えだよ。本当なら僕の使命は、師父のもの。それを引き継いだ時点で孤立していたんだから」

「ふぅん……わたしひとり。うむ」


 伯父の家は困窮している。起死回生のため、唯一残った有力な家人に供をつけて出したというのが、そもそもの状況なのだ。

 囮になった師父こそ、どうにか生き延びていてくれれば、とシズハは今も願っているくらいである。


「ああ、でも……妹なら」

「妹が? 如何いかにしてか?」

「うん。ほら、前にも話したでしょ。僕と違って祝福を生まれ持ってるんだ。フィシーの『風の祝福』なら、風を通じて海を越えてなお僕の位置を察知できるかもしれない」

「ほう、祝福でそんなことを?」

 テンヌはいつになく興味深そうにしている。特性をそのままに、単純な冷凍や武力として用いる彼女にとっては、想像の外にある用途だったようだ。

「でも知ったところで、助け船を出すお金もないなぁ……」

「それは……歯痒はがゆかろう」

 テンヌはぐりぐりと枝を動かし、現在地の丸の周りに円を重ねる。


「ともかく……無道丸が助けに来るか、あるいはこの島を自力で抜け出すか。どちらにせよいつまで耐えねばならないかは、期限なしってことだ」

「さすれば、最後の問いだな。今、『なにをすべきか』と」

「うん。人間が飲まず食わずで生きていられるのは、よくて三日。それよりも長期的な視座が必要だ」

「長期的な視座ときたか。一隻の頭領にずいぶんと説いてくれるわ」

 生意気がっているようで、テンヌの声には喜びがにじんでいる。


「ただし、ここまでの相談には大きな見落としがあるのう」

「見落とし? それって?」

「文字通りよ。実際に島の様子を見ていない。我々が目にしたのはこの小さな浜ばかり。ふたりでこれだけ真剣に話をしたが、もし島の裏手に漁村でもあってみよ、物笑いの種じゃ」

 シズハは思わず笑った。

「確かに。とんだ空回りだ。それじゃあ、まずなにをすべきかは決まった。探索だね」

「うむ。南小島とあれば、食べやすい果実も見つかるかもしれぬ」


 ふたりは手始めに、小さな浜辺を見て回る。

 浜の砂は粒が不ぞろいで、裸足のテンヌはたまに顔をしかめた。大きめのつぶてが混ざっているのだ。

 海岸周りを見回すと、周囲は磯と岩場に囲まれている。砂礫どころではなく刺々しい岩肌も散見されて、肌が触れれば裂けそうだ。靴のないテンヌが踏み入るには危険だった。

 彼女はもともと、獣の皮紐で結び留めるサンダルに近い履き物だった。しかし、靴底ばかりは大きさが合わず、大きすぎて帰ってつまづくため、そのまま履いてはいられなかった。


 休むのに使っていた大きな岩が、反対側がなだらかなだったため、上って周りを見回した。


 島の中央には三角形に近い山がそびえている。この山が夜明けに影を作り目印となったのだ。

 太陽は頂点に達そうかという頃合いで、上から見下ろしていた。


 浜辺から山へ向かおうとすると、草木の茂る森が立ちはだかる。

 木々の間隔が広くて踏みこめそうなところや、藪に閉ざされたところといった、疎密の差はある。だが、いずれも先を見通せない程度には茂っている。

 身ひとつで赴くには無謀だ。願わくば、衣服や道具、食料といった準備を整えて立ち入るべき環境だ。


「南の島と聞けば夢のある響きだが……案外そうでもないの。極彩色の花々も、物珍しい果実も見当たらないとは。『楽土』には値しないようじゃ」

 テンヌはどうやら期待外れといった顔だ。シズハは少し考えて言う。


「この断島が昔どのあたりだったかはわからないけど……天変地異を経たうえで残ってるってことは、もとがそういう土地なんだと思う」

「そういう土地? どういうことか?」

「周りのほとんどが沈んだなかで、この山は今も海上に頭をもたげているわけでしょ? 本来はけっこうな高山だったんじゃないかな。そうするとわりと寒冷な気候だったとも考えられる。本や物語で楽しげに語られる、本物の南小島なんかとは違うだろうね」

 テンヌはほうほうと頷くと、シズハを見上げるように笑みを浮かべた。

「して、おぬしの密偵の腕はここで見せてもらえるかな?」


 磨いてきた技術が活きる、今がその時だ。シズハはゆっくり頷いた。

「任せてよ。まずは装備を整えることからはじめよう」


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