第72話『選ばされた答え』
【5月23日(土)昼/PLAYX NODE TOKIWA・三階イベントフロア/越智隆之】
準々決勝を終え、昼休憩に入った。
近くの自販機で飲み物を買い、会場の端に設けられた休憩用のテーブル席を確保する。
家から持ってきたカロリーメイトを取り出した。
食べる前にスマートフォンを確認すると、こころからメッセージが届いていた。
『たかちゃん、準々決勝突破おめでとー!』
『ちゃんと見てるからね〜!』
(……寝てろと言ったはずなんだが)
『熱は?』
すぐに既読がついた。
『風邪薬飲んで、37.6まで下がったよー』
『お母さんもいるから大丈夫!』
朝よりは下がっている。
それなら、ひとまず大丈夫そうだ。
河田と犬神からも、メッセージが届いていた。
『準決勝進出、おめでとう。次も頑張ってね』
『越智くん、すごかった! 準決勝も頑張って!』
それぞれに短く返信を済ませ、スマートフォンを伏せる。
ようやく昼食にしようとしたところで、聞き覚えのある声がした。
「……たかちゃん、今からお昼?」
Lunariaがテーブルの前に立っていた。
準々決勝を勝ち上がったことは、すでに確認している。
「ああ」
「あたしも。そこ、いい?」
「構わない」
Lunariaが向かいの席に座り、買ってきたサンドイッチを取り出す。
俺もカロリーメイトの箱を開けた。
「次、NOISEでしょ?」
「そうだ」
「……あの人、強いよ」
「戦ったことあるのか?」
「ランク戦で何度かね」
「勝ったのか?」
「内緒」
「……教える気はないらしいな」
「決勝で戦う相手に、何でも教えると思う?」
「それもそうだな」
(決勝まであと一戦)
午後の準決勝まで、もうそれほど時間はない。
* * *
『準決勝第一試合に出場する選手は、対戦の準備をお願いします!』
指定された席に着く。
向かいには、すでにNOISEが座っていた。
俺より少し年上に見える太めの体格の男。
「よろしく」
声をかけると、NOISEがこちらを見た。
「……ああ」
それだけ返し、すぐに画面へ視線を戻す。
RUSHとも、Mellowとも違う。
余計な会話をするつもりはないらしい。
俺としても、その方が助かる。
ヘッドセットを装着すると、画面中央に対戦情報が表示された。
【たかちゃん】
WORLD RANK:146
CLASS:魔導士
SPIRIT:ピカジョ
【NOISE】
WORLD RANK:108
CLASS:双剣士
SPIRIT:かぜモン
続いてフィールドの選出が始まり、高速で切り替わっていた表示が止まる。
【FIELD:機工廃都】
錆びた鉄骨とコンテナが並ぶフィールド。
直線状の通路を複数の高架が横切り、遮蔽物も多い。
視界を切りながら距離を詰めるには都合がいい。
――双剣士向きか。
『それでは――準決勝、第一試合を開始します!』
【BATTLE START】
表示が消えても、NOISEはすぐには動かなかった。
互いに距離を保ったまま、数秒。
先に牽制の魔法を放つと、NOISEが斜め後ろへかわした。
続けてもう一発。今度はサイドへ動いて射線を外す。
その直後、NOISEの身体がわずかに沈み――
一気に視界の端へ流れる。
《フェイズ・ステップ》。
視線で追ったときには、すでに間合いの内側だった。
《クロス・リッパー》。
左右の双剣が時間差で迫る。
一撃目を後退してかわしたが、続く二撃目までは避けきれず、HPがわずかに削られた。
だが、NOISEは追ってこない。
二撃目を振り抜いたあと、わずかに動きが止まる。
それから双剣を戻し、そのまま間合いの外へ下がった。
(……今の間)
短い。
それでも、魔法を差し込むには十分な時間だ。
距離を取り直し、もう一度牽制の魔法を放つ。
NOISEはサイドへかわしたが、今度は《フェイズ・ステップ》を使わない。
そのまま斜めに走り込み、正面を外しながら距離を詰めてくる。
向き直ったところへ、双剣が振るわれた。
《クロス・リッパー》。
一撃目をかわし、続く二撃目からも身体を引く。
二撃目が振り抜かれたあと、また一拍。
そこへ魔法を差し込むと、下がりかけたNOISEを捉えてHPを削った。
それでもNOISEは足を止めず、そのまま間合いの外へ下がる。
二回。
偶然か。
まだ判断はできない。
こちらも距離を取り直し、正面のNOISEへ魔法を放つ。
NOISEは錆びたコンテナの陰へ滑り込み、射線を切った。
右か、左か。
右側を警戒した瞬間、NOISEがコンテナの左から飛び出してくる。
今度も《フェイズ・ステップ》は使っていない。
遮蔽物を回り込んだ勢いのまま、側面から間合いへ踏み込んできた。
《クロス・リッパー》。
一撃目を外へかわし、二撃目もぎりぎりで避ける。
二撃目が振り抜かれたあと――また一拍。
そこへ魔法を差し込むと、NOISEは回避に移るが、完全には避けきれない。
魔法が掠め、HPをさらに削る。
NOISEは追撃せず、そのまま距離を取った。
三回。
間合いへ入る角度は毎回違う。
《フェイズ・ステップ》を使うタイミングさえ揃っていない。
それでも、ひとつだけ共通している。
《クロス・リッパー》を振り抜いてから、次の行動へ移るまでの時間。わずかだが、魔法を差し込める。
NOISEが正面から仕掛けてくる。
牽制の魔法を放つと、斜め前へかわしながらさらに距離を詰めた。
続けて魔法を構えた瞬間、NOISEの身体が沈む。
《フェイズ・ステップ》。
一気に間合いへ入り、そのまま双剣を振るう。
《クロス・リッパー》。
一撃目をかわし、二撃目からも身体を引いた。
――今だ。
これまでと同じなら、次に一拍止まる。
その間に合わせて、魔法を放つ。
だが――NOISEが止まらない。
「……っ」
二撃目を振り抜いた直後、そのまま《フェイズ・ステップ》へつなげてきた。
放った魔法の脇を抜け、一気に懐へ潜り込まれる。
右の刃に続いて左。さらに踏み込んだ一撃が身体を捉えた。
『かわしたぁ! NOISE選手、そのままカウンター! 連撃からのクリティカルが決まったぁ!』
(……まずいな)
HPが一気に危険域まで落ちる。
追撃を避けるために距離を取るが、NOISEはそれ以上追ってこない。
さっきまで見えていたはずの間が、今はない。
(……違う)
攻撃後に隙があったんじゃない。
あいつが、自分で止まっていただけだ。
――見せていたのか。
俺が隙だと判断することまで。
NOISEの足元に黒い光が残る。
《シャドウ・アンカー》。
現在位置を記録し、再発動でその地点へ戻るスキル。
直後、NOISEが《フェイズ・ステップ》で距離を詰めてきた。
迎撃の魔法を放つと、攻撃を中断して《シャドウ・アンカー》を再発動する。
一瞬で黒い光を残した地点へ戻った。
NOISEは再びこちらとの距離を測っている。
距離を取り直し、《メトリクス・シフト》を放つ。
魔法がNOISEを捉え、ステータス表示に【減速】が灯る。
これで機動力は落ちる。
少なくとも、さっきまでと同じ動きはできない。
《フェイズ・ステップ》。
「っ……」
一瞬で間合いを詰められる。
《クロス・リッパー》。
一撃目をかわす。
だが、二撃目まではかわしきれない。
HPがさらに削られた。
【減速】は消えていない。
それでも、《フェイズ・ステップ》の初動が速い。
かぜモンの補助効果もある。だが、それだけじゃない。
速度の低下を最短の挙動で補っている。
NOISEが再び《シャドウ・アンカー》を残した。
位置だけを記憶し、接近に合わせて魔法を放つ。
NOISEは進行方向をずらして射線を外し、そのまま前へ出た。
《クロス・リッパー》のあとも、もう止まらない。
回避方向、接近する角度、攻撃後の動き。
今は、どれにも規則性がない。
いや――。
それだけじゃない。
どこまでが普段の動きで、どこからが意図的なのか。
判別するための情報が足りない。
なら、もう少し――
「……遅い」
NOISEが呟いた。
「……何がだ?」
直後、《フェイズ・ステップ》。
NOISEの身体が視界の端へ流れ、錆びた鉄骨の陰へ消える。
視線を向けたときには、すでに死角へ回り込まれていた。振り向くより先に――背後から双剣が迫る。
避けきれず、HPをさらに削られた。
「お前、見るのは上手いよな」
NOISEは追撃せず、こちらとの距離を取る。
「だから――見せてやればいい」
「…………」
そういうことか。
俺が情報を集め、そこから偏りを探し、仮説を立てる。こいつは、その過程まで見ている。
――見すぎるのも、弱点になるよ。
Mellowの言葉が蘇る。
『NOISE選手、たかちゃん選手を追い詰めていく! 残りHPにも大きな差がついた!』
こちらのHPは、もう三割もない。
対してNOISEは半分近く残っている。
一回戦とも、準々決勝とも違う。
明確に押されている。
それでも、見るしかない。
だが、見せられた動きから答えを探せば、また誘導される。
なら――何を見る。
NOISEがコンテナの脇へ移動し、《シャドウ・アンカー》を残した。
そのまま《フェイズ・ステップ》で接近してくる。
正面から迫る双剣を避け、右へ抜ける。
NOISEもそれに合わせて右へ踏み込み、進路を塞いだ。
左へ切り返すと、今度は《クロス・リッパー》がその先へ伸びてくる。
かわすには、さらに下がるしかない。
二度、三度と進路を変える。
そのたびにNOISEが動きを合わせ、逃げられる方向を削っていく。
さらに下がったところで、背後に壁が迫っていることに気づいた。
逃げ道はもう狭い。だが――NOISEは来ない。
なぜだ。
こちらのHPは少ない。今なら、そのまま押し切れるはずだ。
NOISEは距離を取ったまま、こちらを見ている。
(……待て)
壁際へ追い込まれた俺。
正面にはNOISE。その向こう――コンテナ脇には、さっき残された《シャドウ・アンカー》。
回避方向じゃない。攻撃間隔でもない。
――位置か。
見るべきなのは、NOISEがどこへ動くかじゃない。
接近も、攻撃も、帰還地点も――全部が繋がっている。
なら――観察対象を変える。
NOISEが再び《フェイズ・ステップ》で距離を詰めてくる。迎撃の魔法を放つと、NOISEは射線を外して一度距離を取った。
さっきの黒い光が残っている。《シャドウ・アンカー》の帰還地点。位置は覚えた。
距離を取るように下がると、NOISEが追ってきた。
もう一撃もらえば、終わる。
直後、《クロス・リッパー》。
一撃目をかわし、続く二撃目にパリィを合わせる。
【PARRY】
しかし完全には受けきれず、わずかにHPを削られた。
次はない。だが――今のパリィは通った。
弾かれた双剣がわずかに浮き、NOISEの動きが一瞬止まる。
――ここだ。
至近距離から攻撃魔法を叩き込む。光弾がNOISEを直撃し、HPを大きく削った。
『パリィからの魔法カウンター! さらにクリティカル! たかちゃん選手、ここで一矢報いたぁ!』
NOISEが弾かれるように後退する。その隙に俺は壁際を抜け、コンテナ側の通路へ出た。
NOISEは体勢を立て直すと、すぐにこちらを見据えた。
距離を取り、双剣を交差させる。これまでとは違う発動モーション。
《デッド・エンド》。
双剣士の高威力スキル。発動までにわずかな間があり、外したあとの隙も大きい。
(……なぜだ)
残ったHPは、ほとんどない。わざわざこんな技を使わなくても、一撃もらえば終わる。
それでも、NOISEは《デッド・エンド》を選んだ。
――違う。
倒すためだけじゃない。
このHPでは、受ける選択肢はない。
避ければ動ける方向は限られる。回避先が読めれば、次の攻撃を重ねられる。
それが狙いか。
残っているスキルと、位置、距離。どこへ避けるかまで――NOISEに選ばされている。
(……手がない)
マウスを握る指に、わずかに力が入る。
そのとき――
あの声が蘇った。
『途中で負けたりしないでよね』
『決勝まで来なさいって言ったでしょ』
Lunaria。
そうだった。
あいつは、決勝まで来いと言った。
俺も――ここで終わるつもりはない。
改めて、状況を整理する。
NOISEと俺。
残っているスキル。それぞれの位置。
「……待て」
NOISEは、俺を動かそうとしている。
だが俺を動かせば、NOISEがとどめを刺す位置も変わる。
なら――
こちらから選ばせればいい。
コンテナ脇にNOISEが残した《シャドウ・アンカー》の帰還地点を見る。
あそこへ戻るのが、最善だと思わせればいい。
NOISEから距離を取るように進路を変え、コンテナ脇を通過する。その瞬間――
《サイレント・スタック》。
NOISEから帰還地点を隠すように身体を重ね、足を止めずに罠を仕込む。
そのまま数歩進み、帰還地点を背にして向き直る。
NOISEの視線がこちらを追う。
直後、《フェイズ・ステップ》。
正面から一気に間合いを詰め、交差させた双剣に光が集まる。
《デッド・エンド》。
迎撃はせず、発動に合わせて横へ走る。
NOISEがこちらへ向きを変え、そのまま追ってくる。
このまま追えば、正面から距離を詰めるしかない。
だが――《シャドウ・アンカー》へ戻れば、話は別だ。
一瞬で俺の背後を取れる。
NOISEがさらに一歩、こちらへ踏み込む。
その直後――《シャドウ・アンカー》。
黒い残光とともに、NOISEが帰還地点へ戻る。
――選んだ。
その瞬間、大魔法の詠唱に入る。
俺の背後へ回ったNOISEの足元に、魔法陣が走った。
《サイレント・スタック》。
「――なっ」
NOISEの動きが止まる。
初めて、その表情が崩れた。
双剣の間合いにはまだ遠い。
「……想定どおりだ」
《アストラル・ノヴァ》。
杖先に光が集まり、幾重もの魔法陣が展開していく。
詠唱に時間がかかる分、威力は高い。
一対一では、まず最後まで通らない。
だが、今は違う。
《サイレント・スタック》がNOISEの動きを止めている。HPも、ここまでの攻防で減っている。
この一撃が通れば、届く。
魔法陣が光を増し、収束した光が杖先を白く染め上げる。
照準を合わせ――撃つ。
次の瞬間、凝縮された光が一気に解き放たれた。
白い奔流がフィールドを一直線に駆け抜け、NOISEへ迫る。
拘束解除が先か。
魔法着弾が先か――。
一瞬だけ、時間が止まったように感じた。
そして――
【BATTLE END】
表示が切り替わる。
【WINNER:たかちゃん】
『決まったぁぁぁ! 大逆転! 決勝進出を決めたのは、たかちゃん選手だぁぁぁ!』
会場から歓声が上がる。
すぐには、マウスから手を離せなかった。
画面に残ったHPは、ほんのわずか。
本当に、ぎりぎりだった。
ヘッドセットを外す。
向かい側では、NOISEも画面を見たまま動いていない。
「……最後」
「?」
「戻るって、分かってたのか」
「ああ」
「いつから?」
「俺の位置を動かしてるって気づいてから」
NOISEはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……気に入らねえ」
「そうか」
「でも、負けは負けだ」
席を立ち、こちらを見る。
「次も勝てよ」
「ああ」
NOISEが去っていく。
ようやく息を吐いた。
勝った。
だが、余裕なんてなかった。
あと一つ判断が遅れていたら、あと一つ位置を間違えていたら、負けていたのは俺だ。
* * *
しばらくして、準決勝第二試合が始まった。
大型モニターの前に移動し、最初から試合を見る。
Lunariaは序盤から相手に主導権を渡さなかった。
月光系の魔法で距離を保ちながら、相手が前へ出れば射線を変え、下がればその先へ攻撃を重ねる。
一つ一つの判断が速い。
それ以上に、次の行動へ移るまでの間が短い。
もふラビの補助効果もある。
だが、それだけじゃない。
わずかな時間を、Lunaria自身が無駄なく使っている。
相手も何度か攻撃を通したが、流れまでは変えられなかった。
やがて最後の一撃が決まり、画面が切り替わる。
【BATTLE END】
【WINNER:Lunaria】
歓声が上がる。
これで、決まった。
大型モニターに表示されたトーナメント表。
その最後に、二つの名前が並ぶ。
【FINAL】
【たかちゃん】
そして――
【Lunaria】
* * *
決勝開始の案内が流れ、指定された席へ向かう。
その途中、Lunariaと目が合った。
「ちゃんと来たわね」
「そっちもな」
「当然でしょ」
「準決勝、なかなか面白かったわよ」
「……見てたのか」
「決勝の相手くらい、見るでしょ。……途中、危なかったけど」
「……否定はしない」
「でしょうね」
Lunariaは小さく笑う。
「じゃあ――決勝戦、始めよっか」
「ああ」
約束していた相手は、もう目の前にいる。
――あとは、戦うだけだ。




