第71話『観測の先に見えているもの』
【5月23日(土)午前/PLAYX NODE TOKIWA・三階イベントフロア/越智隆之】
受付終了のアナウンスから、ほどなくして大型モニターの表示が切り替わった。
映し出されたのは、見覚えのあるトーナメント表。
組み合わせ自体は、すでに大会公式ページで確認している。
左側のブロックに【たかちゃん】。
反対側には【Lunaria】。
勝ち上がれば、当たるのは決勝。
だが、今見るべきなのはその名前じゃない。
視線を一回戦の対戦カードへ移す。
【たかちゃん VS RUSH】
まずは、ここだ。
『それでは改めまして、CLANFIELD中四国エリア・オフライン大会のルールをご説明します!』
司会者の声とともに大型モニターが切り替わり、対戦ルールが表示された。
形式は一対一のPvP。制限時間は十五分で、相手のHPをゼロにすればその時点で勝利。時間切れの場合は、残存HPなど複数の判定項目から勝敗が決まる。
フィールドは試合開始直前にランダムで選出され、装備とスキル構成、精霊獣は事前登録制。大会中の変更はできない。
個人戦では精霊獣そのものは戦闘に参加せず、登録した一体の補助効果だけが適用される。
俺が登録した精霊獣は――ピカジョ。
『たかちゃんには、光が似合うよ』
オフ会のとき、こころがそう言って俺の前に置いた、ピカジョのチェーンマスコット。
それ以来、精霊獣を選ぶときはピカジョを選んでいる。
補助効果は、状態異常の効果時間をわずかに短縮するもの。派手さはないが、行動を制限される時間が短くなるのは悪くない。
今回も、登録を変える理由は特になかった。
大会では、こうして事前に登録した構成で戦うことになる。対戦相手に合わせて装備やスキル、精霊獣を変えることはできず、フィールドもランダムだ。
ランク戦でPvP自体は何度も経験している。
だが、使える構成が決まっていて、フィールドも選べないとなれば、事前に準備できる範囲には限界がある。
試合が始まってから拾える情報なら、いくらでもある。
地形、射程、遮蔽物、高低差。そして、相手との距離。
必要なのは、目の前にある情報だけだ。
『それでは第一試合に出場する選手の皆さん、準備をお願いします!』
指定された席へ向かい、ゲーミングPCの前に座る。
バッグから持参したキーボードとマウスを取り出し、PCへ接続。
マウス感度とキー配置を確認し、ディスプレイとの距離を調整する。
問題ない。
ヘッドセットを装着すると、会場の喧騒が一段遠ざかった。
画面が対戦待機表示へ切り替わる。
【たかちゃん】
WORLD RANK:146
CLASS:魔導士
SPIRIT:ピカジョ
そして――
【RUSH】
WORLD RANK:912
CLASS:剣士
SPIRIT:フレネック
世界ランクだけを見れば、高いとは言えない。
だが、オンライン予選を勝ち抜いてここまで来ている。
この数字だけで判断するのは早い。
向かい側へ目をやる。
座っていたのは、俺と同年代くらいの男子。
短く切った髪に、何度かマウスを握り直す仕草。
少し落ち着かない様子に見える。
こちらの視線に気づいたのか、相手も顔を上げた。
「よろしく、たかちゃん!」
「……よろしく」
「固いなぁ。もっとこう、盛り上がっていこうぜ!」
「試合前に必要か?」
「必要でしょ!」
そういうものなのか。
少なくとも、俺には必要ない。
画面中央に表示が現れる。
【FIELD SELECTING…】
森林、遺跡、市街地、渓谷。
高速で切り替わっていた文字が止まる。
【FIELD:古代樹林】
フィールドデータが読み込まれていく。
太い樹木が点在し、その間を縫うように細い道が走っている。中央付近は開けているが、左右には高低差があり、視界を遮る場所も多い。
剣士なら、木々を遮蔽物にして距離を詰めやすい。
一方で、移動経路はある程度絞られる。
悪くない。
【BATTLE START】
表示が消えた瞬間、RUSHが動いた。
《アクセル・ステップ》。
一気に距離を詰めてくる。
初撃を横へ避ける。
剣先がすぐ脇を抜けていった。
続けて《クロスエッジ》。
二連撃の一発目を後退してかわす。
二発目までは避けきれず、HPが削られた。
想定より減りが大きい。
フレネックの補助効果か。
攻撃力をわずかに底上げする効果。
近接主体のRUSHとは相性がいい。
『RUSH選手、開始直後から一気に攻めます!
対するたかちゃん選手は距離を取る!』
実況がヘッドセット越しに聞こえてくる。
攻め込まれている。
少なくとも、外から見ればそう見えるだろう。
だが、まだ始まったばかりだ。
牽制の魔法を放つと、RUSHは右へ避けた。
距離を取り直したところへ、再び《アクセル・ステップ》で接近してくる。
俺は、もう一度似た角度から魔法を放つ。
RUSHは同じ方向へ回避した。
今度も右、か。
二回では、まだ傾向とは呼べない。
RUSHは木の陰へ回り込む。
次の瞬間、木の左側から一気に飛び出してきた。
一歩下がって射線をずらし、同じように魔法を放つと、RUSHはまた右へ避けた。
三回。
偶然として処理するには、少し偏っている。
ただ、条件が揃っていない。
なら、もう一度試す。
距離と角度を可能な限り揃え、同じ条件を作る。
魔法を放つ。
「っと!」
RUSHが回避する。
右。これで四回目。
十分だ。
次の接近をかわしながら、《サイレント・スタック》を設置する。
目立ったエフェクトは出ない。RUSHが気づいた様子もなかった。
俺が距離を取れば、RUSHは追ってくる。
《ブレイクラッシュ》。
正面から受ければ一気に削られる攻撃だ。
発動直前に横へ抜け、そのまま魔法を返す。
RUSHは反射的に右へ回避した。
予測通り。
そのまま距離を取り直す。
「逃がさないって!」
右へ避けたRUSHが、木々の間を抜けて再び追ってくる。
接近に使う経路も、さっきとほとんど変わらない。
なら、次でいい。
《メトリクス・シフト》。
接近経路の先へ魔法を置く。
直後、木々の間を抜けてきたRUSHがその射線へ入った。
ステータス表示に【減速】のデバフアイコンが灯る。
「うわ、ここでそれか!」
動きが一瞬鈍ったところへ攻撃魔法を差し込む。
RUSHが回避に移る。
これまでなら、右。
だが、今は違う。
右には太い樹木。
さらに外へ回れば、こちらとの距離が開く。
RUSHが一瞬だけ迷った。
そして――左へ避ける。
そこだ。
左へ踏み込んだ瞬間、足元に魔法陣が走った。
《サイレント・スタック》。
「なっ――」
RUSHの動きが止まる。
今度はこちらの番だ。
拘束が続いているうちに詠唱を完了し、攻撃魔法を叩き込む。
HPが大きく削れる。
ただし、まだゼロには届かない。
拘束が切れた瞬間、RUSHは強引に前へ出た。
こちらの残りHPも、余裕があるとは言えない。
《アクセル・ステップ》。
速い。
だが、使う距離とタイミングはもう見ている。
接近から《クロスエッジ》。
一撃目をかわす。
《メトリクス・シフト》の効果は、まだ残っている。
二撃目が来る前に、今度はこちらから踏み込む。
RUSHの反応が、わずかに遅れた。
その隙へ最後の魔法を放つ。
着弾と同時に、残っていたHPがゼロになった。
【BATTLE END】
一拍遅れて、画面中央に結果が表示される。
【WINNER:たかちゃん】
『決まったぁ! 一回戦、勝者はたかちゃん選手!』
会場から拍手が聞こえてくる。
俺はマウスから手を離した。
四回の回避。接近時に選ぶ経路。
スキルを使う距離。
あとは、そこに地形を組み合わせる。
それだけで十分だった。
向かい側では、RUSHがヘッドセットを外している。
こちらへ顔を向けると、悔しそうに笑った。
「いやー、完敗! 最後の左まで読まれてた?」
「違う」
「え?」
「左を選ばせただけだ」
RUSHは数秒こちらを見たあと、吹き出した。
「そこまで計算してたのかよ!」
「必要だったからな」
「ははっ。じゃあ次も勝てよ、たかちゃん!」
「ああ」
ヘッドセットを外し、席を立つ。
まずは一勝――決勝まで、あと二つ。
*
一回戦が進むにつれて、トーナメント表の空欄が少しずつ埋まっていった。
Lunariaの名前にも、すでに勝者を示す表示がついている。試合内容までは見られなかったが、勝ち上がったことに驚きはない。
ここで負けられていたら、むしろ困る。
『続いて、準々決勝へ進みます!』
大型モニターに次の対戦カードが表示された。
【たかちゃん】
WORLD RANK:146
CLASS:魔導士
SPIRIT:ピカジョ
対する相手は――
【Mellow】
WORLD RANK:684
CLASS:幻術師
SPIRIT:ピカジョ
準備を終えて指定された席へ向かうと、向かい側にはすでに対戦相手が座っていた。
二十代半ばくらいだろうか。
大会参加者の中では妙に力が抜けていて、緊張している様子もない。
男は対戦画面を確認すると、こちらへ顔を向けた。
「たかちゃん、か。ずいぶん可愛い名前だね」
「俺が付けたわけじゃない」
「へえ。じゃあ誰が?」
「姉だ」
「なるほど。お姉さんか」
Mellowが少し笑った。
「いい名前だね。覚えやすい」
「そうか」
「うん。名前って大事だからね」
何の話だ。
画面へ視線を戻す。
【FIELD SELECTING…】
表示が止まる。
【FIELD:水没神殿】
読み込まれたのは、浅い水に覆われた石造りのフィールドだった。
崩れた柱と複数の回廊が視界を分断し、その先には開けた中央部がある。
幻術師がこの地形をどう使うのか。
まだ分からない。
【BATTLE START】
開始しても、Mellowはすぐには仕掛けてこなかった。
こちらも距離を維持したまま、牽制の魔法を放つ。
Mellowは斜め後ろへ下がり、射線から外れた。
続けて、もう一発。
今度は前へ踏み込み、そのまま横へ抜ける。
回避の仕方に、分かりやすい偏りはない。
なら、別の情報を見る。
距離、スキル、移動経路。一つずつ拾っていけばいい。
そう考えた直後、Mellowの周囲に二体の分身が現れた。
《ミラージュ・ダブル》。
三体が一瞬交錯し、そのまま別々の方向へ走り出す。
『Mellow選手、《ミラージュ・ダブル》! 一気に幻像を展開します!』
本体は一つ。
だが、もう位置では判別できない。
移動経路、回避のタイミング、こちらの攻撃に対する反応。本体だけがプレイヤー操作なら、どこかに挙動の差が出るはずだ。
それを確かめるため、一体へ通常魔法を放つ。
命中した瞬間、その輪郭が崩れて消えた。
偽物。
残りは二体。
続けてもう一体を確認しようとした、その瞬間――右側から魔法が飛んできた。
回避が間に合わず、HPを削られる。
今のは本体か。
位置を確認しようと視線を動かしたところで、ミニマップの表示が消えた。
《ブラインド・スポット》。
「……なるほど」
思っていたより面倒だ。
視界の端に詠唱エフェクトが浮かび、反射的に距離を取る。
だが、攻撃は来ない。
偽の予兆。
《フェイク・シグナル》。
なるほど。情報を偽る幻術師、か。
拾える情報は多い。
だが、そのすべてが正しいとは限らない。
一回戦とは逆だった。
観察対象を増やすほど、判断材料の中に偽物まで混ざっていく。
「たかちゃんってさ。考えてるとき、分かりやすいね」
「……何がだ」
「一瞬だけ、動きが止まる」
「…………」
「あ。当たり?」
「試合に集中したらどうだ」
「してるよ」
Mellowが笑う。
「君のこともね」
その直後、足元に霧が広がった。
《アンカー・ミスト》。
移動速度が落ちる。
俺が考えている時間そのものを利用された。
正面から光弾が飛んでくる。
一発目を横へかわす。
続けて飛んできた二発目も、後ろへ下がって避ける。
視界の端では、残った幻像が回廊を抜けて距離を詰めてくる。
そちらへ意識を向けた瞬間、三発目が肩口を捉えた。
HPが削られる。
『Mellow選手、幻像を巧みに使って攻める! たかちゃん選手、これは苦しい展開か!』
幻像を消しても、また増える。
本体を見極めようとしても、その間に攻撃を受ける。
このまま一つずつ処理するのは効率が悪い。
情報が多すぎる。
なら――減らせばいい。
やがて、残っていた幻像の輪郭が薄れ、そのまま消えた。
想定通り、効果時間が切れた。
これで、視界にいるのはMellowだけ。
問題は、次に《ミラージュ・ダブル》を使われる瞬間だ。
ここまでの動きを思い返す。
最初に《ミラージュ・ダブル》を使ったとき、Mellowはこちらとの距離を取っていた。
そのあとも距離を詰めれば下がり、一定の間合いを保とうとしていた。
なら、見るべきなのは発動そのものじゃない。
その前だ。
こちらから距離を詰めると、Mellowは間合いを保つように後退する。
攻撃はせず、その挙動だけを見る。
一歩。
さらに一歩。
Mellowが距離を取る。
さっきと同じ間合い。
――ここだ。
魔法を放つ。
直後、Mellowの周囲に《ミラージュ・ダブル》の発動エフェクトが浮かんだ。
Mellowはスキルを中断し、横へかわす。
分身は現れない。
なら、もう本物を探す必要はない。
偽物が現れる前に、そのタイミングを潰せばいい。
再び距離を詰めると、Mellowは回廊側へ下がっていく。
その進路から外れた位置に、《サイレント・スタック》を設置する。
目立ったエフェクトは出ない。
位置だけを記憶する。
牽制を重ねながら、少しずつ立ち位置を変えていく。
Mellowもこちらとの距離を保つように移動する。
そして――さっきと同じ間合いに入った。
来る。
先に牽制の光弾を差し込む。
Mellowがスキルを中断し、攻撃をかわす。
その回避先は、さっき記憶した位置と重なった。
足元に魔法陣が走る。
《サイレント・スタック》。
「おっと」
Mellowの動きが止まった。
今度は逃がさない。
拘束が続いているうちに攻撃魔法を重ね、HPを削っていく。
拘束が解けると、Mellowはすぐに《アンカー・ミスト》を展開し、こちらの移動速度を落としてきた。
だが、ピカジョの補助効果で持続時間はわずかに短くなる。ここで距離を取るつもりはない。
一度逃せば、また偽の情報を増やされる。
《メトリクス・シフト》。
Mellowのステータス表示に【減速】が灯る。
そのまま攻撃を重ねるが、向こうも黙っては受けない。
反撃でこちらのHPも削られる。
それでも、距離は離さない。
Mellowが間合いを取り直す。
次に来るのは、もう分かっている。
《ミラージュ・ダブル》の発動エフェクトが浮かぶ。
それより先に――とどめの光弾を放つ。
分身が現れるより、こちらの攻撃が速い。
Mellowの身体を、魔力の一撃が正面から捉えた。
残っていたHPが、一気にゼロまで落ちる。
【BATTLE END】
【WINNER:たかちゃん】
『決着! 幻像を封じて主導権を奪い返した! 準々決勝を制したのは――たかちゃん選手だぁ!』
息を吐く。
一回戦より時間はかかった。
ヘッドセットを外すと、向かい側のMellowがこちらを見ていた。
負けたというのに、妙に楽しそうだ。
席を立って通路へ出ると、Mellowとすれ違う。
「君、人を見るの上手いね」
「観察してたのは、お互い同じだろ」
「はは。それはそうか」
笑いながら通り過ぎるかと思ったが、Mellowは途中で足を止めた。
「でも――」
穏やかな表情は、試合前と変わらない。
ただ、こちらを見る目だけが妙に鋭かった。
「見すぎるのも、弱点になるよ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味」
「説明になってない」
「今は、それでいいんじゃない?」
それだけ言うと、Mellowは軽く手を上げた。
「じゃあね、たかちゃん。次も頑張って」
去っていく背中を見送る。
――見すぎるのも、弱点になる。
何を指しているのかは分からない。
少なくとも、今ここで考える必要はない。
大型モニターでは、準決勝の対戦カードが更新されていた。
【たかちゃん】
WORLD RANK:146
CLASS:魔導士
SPIRIT:ピカジョ
そして――
【NOISE】
WORLD RANK:108
CLASS:双剣士
SPIRIT:かぜモン
今大会で初めて、自分より上の数字が対戦相手として表示された。
だが、順位だけで相手のすべてが分かるわけじゃない。
RUSHも、Mellowもそうだった。
なら、次も同じだ。
見るべきなのは、数字じゃない。
――目の前の相手だ。




