↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『Excel《ログ》で恋が攻略できると信じていた俺は、全感情ヒロインたちに今日もデータを破壊される』〜“記録”が全ての理系男子が、初めて“恋”を知るまでの青春物語〜  作者: 犬神 匠
── 第二章 Lunaria ──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/75

第70話『リアルマッチ』

【5月23日(土)朝/越智家・リビング/越智《おち》隆之《たかゆき》】


出発予定の時間まで、あと三十分。

荷物を確認していると、二階からゆっくりと足音が聞こえてきた。


「……おはよ、たかちゃん」


階段を下りてきたこころは、見るからにいつもと様子が違っていた。


髪は少し乱れ、頬も妙に赤い。

何より普段なら朝から騒がしいくらいなのに、今日は声にまるで力がない。


「どうした」


「んー……ちょっと、だるいかも」


こころが額へ手を当てる。


「熱は?」


「ないない。たぶん寝不足――」


「測れ」


「……はい」


体温計を渡す。


しばらくして、電子音が鳴った。

表示を確認したこころの動きが止まる。


「……三十八度二分」


「今日は無理だな」


「待って」


「何だ」


「薬飲んだら下がるかもしれないし」


「行く気か?」


「だって……」


こころは体温計を握ったまま、視線を落とした。


「今日、ずっと楽しみにしてたんだもん……」


「たかちゃんが大会に出るところ、ちゃんと見たかったし」


「配信があるだろ」


「でも、会場で見たいの」


「駄目だ」


「即答……」


「当然だ」


こころは何か言い返そうとして、小さく咳き込んだ。


「ほら」


「……今のはたまたま」


「説得力がない」


「うぅ……」


そのまま、こころはソファへ沈み込む。


俺は時計へ目を向けた。

母さんは夜勤明けで、午前中には帰ってくる予定だ。


スマートフォンを取り出し、こころの状態を簡潔に送る。


『こころが38.2度。倦怠感と軽い咳あり』


ほどなくして返信が届いた。


『分かった。もう少しで帰るわよ。帰りに薬局にも寄ってくるから、それまで水分取らせて寝かせておいて』


画面を閉じる。


予定通り出れば、母さんが帰るまでこころを一人にすることになる。


意識ははっきりしている。

会話にも問題はない。


それでも――


「……俺も残るか」


「え?」


こころが顔を上げた。


「大会は?」


「欠場する」


「ちょ、ちょっと待って!」


さっきまでぐったりしていたこころが、勢いよく身体を起こした。


「なんでたかちゃんまで休むの!?」


「お前を一人にするわけにはいかないだろ」


「大丈夫だって! もう子どもじゃないんだから」


「三十八度ある人間の言葉に説得力はない」


「あるよ!」


「ない」


「あるってば!」


言い返した直後、こころがまた小さく咳き込む。


「……ほら」


「今のはノーカン」


「何の判定だ」


「と、とにかく!」


こころは一度息を整えると、今度は真っ直ぐ俺を見た。


「たかちゃんまで残らなくていいよ」


「一人にはできない」


「私のせいで出なかったら……その方が嫌だから」


言葉が止まった。


こころは少しだけ困ったように笑う。


「それに――ルナちゃんも待ってるんでしょ?」


そう言って、時計へ目を向ける。


「お母さんも、もうすぐ帰ってくるし」


なら、一つだけ方法がある。


「母さんが帰ってきてから出る」


「え?」


「それなら、お前を一人にする時間はない」


こころが目を丸くした。


「でも、間に合う?」


「余裕は減るが、問題ない」


交通状況に大きな遅れがなければ、受付時間には間に合う。


「だから、それまでは寝てろ」


しばらく俺を見つめていたこころが、ふっと頬を緩めた。


「……ほんと、そういうところ変わったよね」


「何がだ」


「なんでもない」


こころはソファへ横になり直す。


「じゃあ……今日は大人しく配信で応援してる」


「そうしろ」


「絶対見るからね」


「ああ」


「だから、ちゃんと勝ってきて」


「保証はできない」


「そこは『任せろ』でしょー……」


語尾がそのまま弱々しく消えていく。


「じゃあ、せめて――」


こころはブランケットを口元まで引き上げると、少しだけ笑った。


「楽しんできて」


「……ああ」


テーブルの上に、水と体温計を置く。


必要なものが手の届く場所にあることを確認してから、時計へ目を向けた。


母さんが帰ってくるまで、あと少し。


出発予定は変わった。

それでも、まだ修正できる範囲だ。


今日という日は、もう始まっている。


* * *


母さんが帰宅したのを確認して、家を出た。

予定より遅くなったが、受付時間には十分間に合う。


電車を乗り継ぎ、常盤町へ向かう。

駅を出ると、見覚えのある建物が視界に入った。


PLAYX NODE TOKIWA。


ここへ来るのは今月に入って二度目だ。

けれど今日は、入口から様子が違っていた。


『CLANFIELD

中四国エリア オフライン大会』


大きな案内パネルの横を、参加者らしい人たちが次々と通り過ぎていく。

首から参加証を下げた選手、大会ロゴの入ったシャツを着たスタッフ、スマートフォンで会場案内を確認する観客。


打ち上げの日に見かけたポスターの大会が、今は目の前で始まろうとしている。


エスカレーターで三階のイベントフロアへ上がると、ゲームのBGMに混じってマイクを通したスタッフの声が聞こえてきた。


会場中央には何台ものゲーミングPCが並び、その奥には大型モニター。

さらに、選手の顔を映すためのカメラまで設置されている。


思っていた以上に、本格的だ。


受付へ向かい、スマートフォンに表示した大会受付用のQRコードを提示する。


スタッフが端末で読み取り、画面を確認した。


「越智隆之さんですね。プレイヤーネームは『たかちゃん』でお間違いないでしょうか?」


「間違いありません」


参加証を受け取り、首から下げる。


【たかちゃん】


ゲームの中では見慣れた名前だ。

元々は、こころが考えたプレイヤーネームだった。

それがこうして参加証に印字されていると、妙な違和感がある。


受付を離れ、会場を見渡す。


まだ試合開始までは時間がある。

選手同士で話している者もいれば、黙って機材を確認している者もいる。


「……たかちゃん?」


聞き覚えのある声に足を止め、振り返る。


少し離れたところに、銀色がかった髪の少女が立っていた。


首元の参加証には――


【Lunaria】


「……来たんだ」


「ああ」


「そっか」


Lunariaはわずかに視線を逸らした。


「出場登録している以上、来るのは当然だろ」


「……そういう意味じゃないんだけど」


「?」


「……なんでもない」


小さく息を吐く横顔を見て、昨夜の言葉を思い出す。


『じゃあ、また明日』


画面越しでは何度も話しているし、実際に会うのも初めてじゃない。

それでも、互いの胸元にゲーム内の名前があるだけで、今までとは少し違って見えた。


オンラインでは、何度も共に戦ってきた。

そして今日は、勝ち上がれば戦うことになる。


「ねえ、たかちゃん」


Lunariaがこちらを見る。


さっきまでとは違う、いつもの勝ち気な目だった。


「途中で負けたりしないでよね」


「随分勝手な条件だな」


「決勝まで来なさいって言ったでしょ」


「もう当たる前提か」


「当然」


迷いのない即答だった。


「たかちゃんも、そのつもりで来たんでしょ?」


「……否定はしない」


「ふふっ」


Lunariaは小さく笑う。


「じゃあ――あとでね」


「ああ」


軽く手を上げ、そのまま選手待機スペースへ歩いていく。


その背中を見送る。


不思議と緊張はなかった。

それよりも、早く始まってほしいという感覚の方が強い。


『まもなく、CLANFIELD中四国エリア・オフライン大会の受付を終了いたします』


会場にアナウンスが響く。


首から下げた参加証へ、もう一度目を落とす。


【たかちゃん】


ここから先は、ログでも夢でもない。


――現実の勝負だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。