第68話『もう一度、会いたくて』
【5月18日(月)朝/宮下家・Lunariaの部屋】
……ん。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
ぼんやりと天井を眺めていると、昨夜のことがふと頭をよぎった。
『たかちゃん:少し大事な話があるんだが』
あの一文を見た瞬間――
「…………」
思わず布団を頭までかぶる。
「あぁぁ……」
枕へ顔を埋めた。
「何期待しとったんよ、あたし……」
頬が熱い。
“大事な話”
その言葉だけで、舞い上がっていた。
もしかして――なんて、勝手に期待して。
『じゃ、じゃあVCにせん?』
思わず、そんな返事まで送ってしまった。
『俺の夢、最近見たことないか?』
……夢。
まさか、そんな話だなんて思わんやん。
「もう……」
熱くなった頬を隠すように、枕へもう一度顔を埋めた。
でも、たかちゃんが話していた夢のことは、少しだけ気になっていた。
(たかちゃんが、あたしの夢を見るようになったんは……たぶん、あの日から)
PCショップで指先が触れた、あのとき。
(ロジカルリンク……)
あたしには見えた。
たかちゃんの記憶――たぶん、そうなんだと思う。
あの小さな女の子。
きっと、こころんだ。
お父さんを亡くして、今はたかちゃんと一緒に暮らしているのかな。
……待って。
あたしが、たかちゃんの記憶を見たのなら、
たかちゃんも、あたしの何かを……?
昨夜の話と、あの日の出来事が頭の中で繋がっていく。
白い空間。
そこにいたという、あたし。
けれど、そんな場所でたかちゃんと話した覚えなんてない。
(……どういうこと?)
偶然とは思えない。
けれど、それ以上のことは分からなかった。
「犬神神社……」
あそこなら。
姉さまもおる。
行こうと思えば、行ける。
それなのに、なぜか足が向かなかった。
――会ったら、何を話せばいいんだろう。
「……会いたいな」
その言葉だけが、朝の静かな部屋へそっと溶けていった。
* * *
【5月18日(月)昼休み/常盤高校・一階階段裏/Lunaria】
「ねえ、宮下さん」
「ん?」
チョコクロワッサンを齧りながら、隣の星乃を見る。
「今日、なんかぼーっとしてない?」
「……そう?」
「うん。なんか上の空」
「星乃さんだって、いつも眠たそうな目してるじゃない」
「これは生まれつき」
「便利な言い訳ね」
「でしょ?」
星乃は悪びれもせず、ゆるく笑った。
「でも、ひよりはちゃんと見てるよ」
「……何を?」
「宮下さん」
「…………」
そういうところ。
見てないような顔して、ちゃんと見てる。
「で、あたしがどうしたって?」
「今日、なんかいつもと違うなーって」
「……寝不足なだけ」
「ふーん」
それ以上、星乃は聞いてこなかった。
気づいてるくせに、無理には踏み込んでこない。
そういうところは、嫌いじゃない。
黒豆茶をひと口飲む。
「そういえば、クランフィールドの大会って今週だっけ?」
「ああ……土曜」
「応援、行こっか?」
思わず、星乃を見る。
「いや、大丈夫」
「そ?」
あっさり。
本当に、それだけだった。
「じゃ、配信で応援しとく」
「……見るの?」
「見る見る。顔も映るんでしょ?」
「たぶんね」
大会の配信ページには、選手カメラについても書かれていたはずだ。
ゲーム画面だけならともかく、顔まで映されると思うと少し落ち着かない。
「じゃあ、宮下さんがピンチになったら顔ですぐ分かるね」
「ならないけど」
「ふふっ、強気だねー」
頬杖をついたまま、こっちを見てくる。
「でも宮下さん、ちょっと楽しそう」
「……は?」
「大会」
「別に。いつも通りよ」
「そっか」
返事のわりに、どこか楽しそうだ。
ストローへ口をつけながら、まだこっちを見ている。
「なんか言いたそうね」
「そう?」
「そういう顔してるじゃない」
星乃は少し考えるように視線を上げた。
「んー……好きな人でもできた?」
「はぁ!?」
思わず声が大きくなる。
「またその話? なんで大会の話からそうなるのよ!」
「だって、ちょっと気になって」
「なんでよ」
「この前の交流会――」
「……何?」
「たかちゃんと話してるとき、ちょっと楽しそうだったよね」
「…………」
「なに、その間」
「……普通だったでしょ」
「そ?」
「そうよ」
「ふーん」
それだけ言って、星乃はまたストローへ口をつける。
……ほんと、ずるい。
聞くだけ聞いて、こっちが否定する前に引いていく。
「星乃さんは?」
「ひより?」
「人のことばっかり聞いて。この前言ってた“気になる人”はどうなのよ」
「あー、笹倉先輩?」
「科学部の展示で話してたとき、ずいぶん嬉しそうだったじゃない」
星乃の口元が、少しだけ緩む。
「うん。やっぱりすごいなーって思った」
「何が?」
「人を惹きつけるっていうか。ステージに立った瞬間、みんな見てたでしょ?」
「……まあね」
「ひよりも、ああいうのやってみたいなーって」
「……マジシャン?」
「それもあるけど」
「他にもあるの?」
「あるよ」
「何?」
「まだ内緒」
「なんでよ」
「まだ、ちゃんと決めたわけじゃないから」
星乃はそう言って、ゆるく笑った。
「でも、いつかやってみたいなーって」
「……ふーん」
やってみたいこと、か。
星乃がそんな話をするのは、なんだか少し意外だった。
「いいんじゃない?」
「ほんと?」
「やりたいんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、やってみれば。
……応援くらいはしてあげる」
星乃が一瞬、目を丸くする。
それから――嬉しそうに笑った。
「ありがと、宮下さん」
「……別に」
「じゃあ、ひよりからもお返し」
星乃はふいに、あたしへ片手を差し出した。
「宮下さん、ちょっと手出して」
「……何するの?」
「いいから、いいから♪」
言われるまま、手のひらを上に向ける。
星乃は何も持っていない両手を、ひらひらと見せた。
「ちゃんと見ててね」
「見てるけど」
あたしの手のひらを覆うように、星乃の手が重なる。
ほんの一瞬。
その手が離れる。
「はい」
「……え?」
さっきまで何もなかった手のひらに、小さな透明のカードが乗っていた。
中に閉じ込められているのは――四つ葉のクローバー。
「……いつ出したの?」
「内緒」
「いや、今ずっと見てたんだけど」
「見てても分からないから、マジックなんだよ」
星乃は、ちょっと得意そうに笑った。
……こういうときだけ、いつもの眠たそうな目が少しだけ輝いて見える。
「で、これは?」
カードを光に透かしてみる。
「宮下さんにあげる」
「あたしに?」
「うん。大会のお守り」
「お守り……」
「勝負運、入れといたから」
「……どうやって?」
「魔法で」
星乃は得意げに、ぱちっとウインクした。
「……都合のいい魔法ね」
「持ってって。幸運のおすそ分け」
手のひらの透明なカードへ目を落とす。
「……ありがと」
「どういたしまして」
星乃はまた、何事もなかったようにストローへ口をつける。
こういうことを、さらっとやるから反応に困るんだけど。
「そうだ。大会、勝ったらお祝いしよっか」
「……お祝い?」
「うん。どっかご飯行こ」
「なんで星乃さんが祝うのよ」
「んー……友達だから?」
「なんでそこで疑問形なの」
「じゃあ、友達だから」
「言い直した……」
星乃がくすっと笑う。
「宮下さん、何食べたい?」
「ちょっと待って。もう勝つ前提?」
「だって、勝つつもりなんでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「じゃ、決まり♪」
勝手に話を進めて、星乃は満足そうに頷いた。
「……じゃあ、負けたら?」
「そのときも行けばいいじゃん」
「それ、お祝いじゃないでしょ」
「じゃあ残念会」
「結局行くんじゃない」
「うん。行こ」
あまりにも当然みたいに返されて、思わず笑ってしまった。
手のひらには、小さな四つ葉のお守り。
さっきまで頭を占めていた昨夜のことが、今は少しだけ遠く感じた。
* * *
【5月18日(月)夜/宮下家・Lunariaの部屋】
夕食を済ませ、自室へ戻る。
パソコンを立ち上げ、いつものようにCLANFIELDへログインした。
大会まで、あと五日。
今日は誰かと組む気にはならず、一人で練習用フィールドへ入る。
敵の動きを見て、魔法を放つ。
一体。
二体。
次。
いつもと同じ。
考えるより先に指が動く。
それでも――
ほんの一瞬、操作が遅れた。
「……」
画面の端に表示された通知へ目を向ける。
『たかちゃん オンライン』
その名前を見た瞬間、昨夜の言葉がよみがえった。
『俺と同じ夢を見たことはないか?』
「…………」
(もう忘れよ……)
視線をゲームへ戻す。
一度途切れたリズムを取り戻すように、次の敵へ魔法を放った。
しばらくして、練習を切り上げる。
ふとフレンドリストへ目をやると、
たかちゃんはまだログインしていた。
「……」
別に、用事はない。
昨夜話したばかりだし。
そのままフレンドリストを閉じて、大会ページを開いた。
『CLANFIELD 中四国エリア オフライン大会』
開催日――5月23日(土)。
「……ちゃんと来てよ」
決勝まで。
あの日、そう約束したんだから。
モニターの横には、昼休みにもらった四つ葉のカード。
帰ってから、見えるところに立てかけておいた。
「……絶対、勝たんとね」
小さな四つ葉を眺めながら、そっと息を吐く。
土曜日。
――もう一度、たかちゃんに会える。




