第67話『夢へと続くログイン』
【5月17日(日)午後/PLAYX NODE TOKIWA《プレイクス ノード ときわ》・ゲームセンター/越智隆之】
ボウリング場を出ると、すぐ隣から賑やかな電子音が流れ込んできた。
色とりどりのネオンが目に飛び込む。
ゲーム機からは絶え間なく効果音と音楽が響いている。
この喧騒に包まれると、自然と気分が切り替わる。
休日ということもあり、フロアは親子連れや学生で混み合っていた。
「ゲームセンターって、見てるだけでワクワクするね〜っ! でも、まずはプリクラいこっ!」
犬神が弾むような声を上げた。
さっきまでボウリングをしていたはずなのに、疲れた様子はまるでない。
むしろ、ゲームセンターへ入った瞬間から体力ゲージが全回復したように見える。
……その気持ちは分からなくもない。
「わぁ、プリクラいっぱいある〜!」
犬神が入口近くの機械を見つけ、小走りで駆け出す。
「走るな」
神田の声が飛び、犬神は慌ててぴたりと足を止めた。
「今日は何回言えばいいんだ」
「えへへっ」
犬神は振り返り、誤魔化すように笑った。
「今度はちゃんと止まったよ!」
「その前に走ってるだろ」
……論理としては、まったく反論になっていない。
河田が口元を押さえて笑っているのを見て、俺もそれ以上指摘する気にはなれなかった。
犬神は並んだプリクラ機を見比べると、一台の前でぴたりと足を止めた。
「これにしよっ!」
理由なんて聞くまでもない。
たぶん、本人も深く考えて選んだわけじゃない。
「ここ、箱の中に入るの?!」
ブースを見上げた河田が、少し驚いたように声を上げる。
「うんっ!」
犬神は笑顔で頷き、そのまま中へ入っていく。
「ほらほら、みんなも!」
俺たちも後に続いてブースへ入る。
河田は中をぐるりと見渡し、小さく感心したように呟いた。
「……思ってたより、中って狭いんだね」
神田が肩をすくめる。
「四人なら、こんなもんだ」
俺も周囲を見回す。
確かに思っていた以上に狭い。
ブース内のモニターへ目を向けた犬神が、小さく頷く。
「プリクラって四百円なんだ。一人百円ずつね!」
犬神に続いて、俺たちもそれぞれ百円玉を投入口へ入れた。
画面には撮影準備の案内が表示される。
『もっと寄ってね♪』
「はーいっ!」
犬神は何のためらいもなく、俺の隣へ並んだ。
肩と肩が触れ合う。
というより――完全に密着している。
(……近い)
甘いシャンプーの香りが、ふわりと鼻先をかすめた。
本人は画面を見つめることに夢中で、この距離をまったく気にしていない。
【接触ログ:犬神千陽】
▶ 肩部接触:継続中
▶ 推定距離:0cm
▶ 香気成分:甘い花香/石鹸系
▶ 心拍数(越智隆之):安静時比+16bpm
▶ 呼吸間隔:不安定化
(……待て)
視界の端に浮かんだ数値が、さらに上昇する。
【生体反応ログ:越智隆之】
▶ 心拍数:上昇継続
▶ 顔面温度:+0.5℃
▶ 視線制御:軽度低下
▶ [ERROR]感情干渉により原因特定不能
(原因特定不能なわけがない)
ブースが狭い。
他人との距離が近い。
それによる一時的な生体反応――ただ、それだけだ。
「越智くん、もうちょっとこっち!」
「っ……近い」
思わず声が出た。
犬神がきょとんとした顔で、こちらを見上げる。
「だって、画面がもっと寄ってって言ってるよ?」
「機械の指示をそこまで忠実に守る必要はない」
「えぇ〜っ、でも全員入らないよ?」
正論だった。
反論を組み立てるより先に、犬神の肩がさらに押しつけられる。
【警告】
▶ 接触面積:増加
▶ 心拍数:再上昇
▶ セーフティモード――作動失敗
(……なぜ失敗する)
いや、違う。
これはブースが狭いからだ。
それだけの話だ。
反対側へ視線を向ける。
河田も俺との距離がほとんどなく、頬を赤らめながら、少し涙目になっていた。
【観測ログ:河田亜沙美】
▶ 頬部:赤み上昇
▶ 瞳:軽度の潤み
▶ 呼吸:やや浅い
▶ 推定要因:狭所への緊張/初回撮影による戸惑い
▶ 判定精度:低
▶ [ERROR]感情要因を特定できません
(……?)
狭い場所が苦手なのか。
それとも――
(初めてのプリクラで緊張してるのか)
「写真一枚撮るだけなのに、なんでこんなに密着する必要があるんだ」
神田が至って真面目な顔で呟く。
「えーっ!」
犬神は楽しそうに笑う。
「プリクラは、ぎゅっと寄って撮るからいいんだよ!」
「そういうものなのか」
神田は納得したような、していないような表情で小さく頷いた。
……密着、か。
そういえば、昔も似たようなことがあったな。
――あれは、小学四年生のとき。
* * *
「ほらほら、ジンベエザメが通るぞー。今がシャッターチャンスだ」
義父が笑いながらカメラを構える。
巨大な水槽の向こうを、青い光に包まれたジンベエザメがゆったりと泳いでいく。
「たかちゃーん! 真ん中、真ん中!」
義姉のこころが俺の左腕をぐいっと引っ張る。
「たかゆき。あと少し、こっち」
反対側では、従姉の沙月が淡々と右腕を引いた。
「おねえちゃん……いたい」
「たかちゃんは真ん中なのー!」
「構図のバランスを考えれば、この位置が最適よ」
「そのまま、そのまま。みんな、いい顔してるぞー!」
義父の明るい声と同時に、シャッター音が響いた。
* * *
……あれは写真撮影というより、綱引きだったな。
「ほらほら、もっと寄ってー!」
犬神の声で、意識が現実へ引き戻される。
『3、2、1――』
シャッター音が響いた。
その瞬間まで、犬神は楽しそうに笑っていて。
河田はぎこちなく笑顔を作り。
神田は最後までほとんど表情を変えなかった。
撮り終えたプリクラを見た犬神の表情が、一気に明るくなる。
「見て見て! すっごく盛れてる!」
「えっ、本当だ……!」
河田も画面を覗き込み、目を丸くした。
「わぁ、犬耳も付けられる!」
犬神は嬉しそうに画面を操作していく。
「……別人じゃないか」
神田がぼそりと呟く。
確かに、目は妙に大きいし、肌も不自然なくらい綺麗だ。
「まあ、記念にはなるだろう」
俺の言葉に、犬神は満足そうに頷く。
プリクラが印刷されると、犬神は丁寧に切り分けた。
「はい! 一人一枚ね!」
「ありがとう」
河田は嬉しそうに受け取り、神田も「……悪くないな」とだけ呟いて受け取った。
俺も一枚受け取り、財布へしまう。
「よーし!」
犬神は残った一枚を大事そうにバッグへしまった。
ブースを出るなり、早速辺りを見回す。
「じゃあ次は……」
「あった!」
目を輝かせる。
「次は太鼓の超人!」
犬神は新しいおもちゃを見つけた子犬みたいに、一直線に駆け出した。
「また走ってるぞ」
「はっ!」
神田に言われ、犬神は踏み出しかけた足をぴたりと止めた。
「今度はセーフ!」
「アウトだ」
「えへへっ」
まったく懲りていない。
気づけば、犬神に引っ張られるまま太鼓の超人の前まで来ていた。
「越智君、勝負しよっ!」
犬神がバチを二本持って差し出してくる。
「俺とか?」
「うん!」
さっきのボウリングでは負けた。
このまま犬神に負け越すのは少し癪だ。
せめて一勝一敗にはしておきたい。
「……一回だけだぞ」
バチを受け取り、筐体の前へ立つ。
隣では河田が画面を見つめ、神田は腕を組みながら静かに立っていた。
犬神が選んだ曲が始まる。
ドン。
カッ。
ドドン。
身体が勝手にリズムを刻む。
考えるより先に、手が動いていた。
「えっ……」
犬神が小さく声を漏らす。
視線は譜面から外さない。
コンボは途切れない。
演奏が終わると、リザルト画面が表示される。
「フルコンボだドン!」
ゲーム機の祝福するような音声が流れる。
「すごーい!」
犬神が目を輝かせた。
「越智くん、めちゃくちゃ上手じゃん!」
「たまたまだ」
「いや、たまたまでフルコンボは出ないだろ」
神田が即座に突っ込む。
河田も嬉しそうに拍手した。
「越智くん、すごかった……!」
子どもの頃、こころや沙月に付き合わされてよく遊んだものだ。
そのせいか、この手のゲームは案外体が覚えている。
……あれも無駄ではなかったらしい。
*
景品コーナーの前で、河田が足を止めた。
「わぁ……!」
思わず見入ったように、小さく声を漏らす。
「かわいい〜!」
犬神もガラスケースへ駆け寄る。
ぬいぐるみやマスコットが所狭しと並んでいる。
見て回るだけでも飽きなさそうだ。
「これ見て! この子かわいい!」
「あっ、本当だ!」
二人はあちこちの景品を見比べながら盛り上がっている。
「クレーンゲームは沼なんだよな」
神田がぽつりと呟く。
「沼?」
犬神が首を傾げる。
「気付いたら財布が軽くなってる」
「こわっ!」
犬神が慌てて財布を抱きしめた。
「……でも、ちょっとやってみたいかも」
河田が苦笑する。
「ん?」
神田が隣のクレーンゲーム筐体を見やる。
「……CLANFIELDのコラボ景品か」
ガラスケースの中には、もふラビをはじめとしたCLANFIELDのぬいぐるみが並んでいた。
その中に、火の精霊獣――フレネックを見つけた。
(……こころが好きなやつか)
取れたら喜びそうだ。
財布を取り出し、小銭入れを開く。
……空だった。
(さっき使い切ったか)
百円玉が一枚もない。
さすがに両替してまで挑むほどではない。
財布をしまうと、犬神が首を傾げた。
「越智くん、やらないの?」
「小銭がない」
「あー、そっか!」
それだけで納得したように犬神は頷いた。
俺はもう一度だけフレネックへ目を向ける。
(……また今度だな)
*
一階へのエスカレーターへ向かおうとした、そのとき。
エスカレーター横の吹き抜けの先、三階へ続く階段の前に、大きな特設ポスターが何枚も並んでいる。
そのうちの一枚が、目を引いた。
⸻
CLANFIELD
中四国エリア オフライン大会
開催日 5月23日(土)
⸻
見慣れたロゴ。
ゲーム画面では見慣れた大会告知も、
こうして大きなポスターになると妙に現実味がある。
開催まで、一週間を切っていた。
以前なら、ただのゲーム大会だった。
でも今回は違う。
画面の向こうには、ただのプレイヤーネームじゃない。
実際に会って、その強さを知った相手がいる。
――Lunaria。
だからこそ、負けたくない。
「ゲームの大会?」
河田がポスターを見上げる。
「あっ、ほんとだ!」
犬神も興味深そうに近寄ってくる。
「わぁ、ゲーム大会だ!」
「来週か」
神田がぽつりと呟く。
「ああ」
来週の土曜日。
改めてポスターへ目を向けた。
「もしかして……越智くん、この大会に出たりするの?」
「出場登録は済ませてある」
「えっ、ほんとに!?」
「えぇっ!?」
二人の視線が、俺へ集まる。
「越智君って、そんなに上手だったんだ」
河田は感心したように呟く。
「神田くんは出るの?」
「俺は始めたばかりだからな。今回はライブ配信組」
「なるほど!」
二人は揃って頷いた。
ポスターの前では、写真を撮る人や、大会について語り合うグループの姿があった。
この日を待っているのは、俺たちだけじゃない。
もう一度、ポスターへ視線を向ける。
――5月23日。
その日付だけが、妙に鮮明に目に焼き付いた。
* * *
【5月17日(日)夜/河田家・自室/河田亜沙美】
ベッドに寝転び、今日作ったばかりのRINEグループを開く。
通知は一件。
犬神さんが、お昼にみんなで撮ったプリクラを投稿していた。
犬耳やしっぽ、肉球スタンプでいっぱいに加工された犬神さんは、不思議なくらいよく似合っている。
『今日はありがとー!
またみんなで遊ぼうわんっ!』
思わず笑みがこぼれる。
私も返信を打ち込んだ。
『今日は楽しかったよ。
またみんなで遊べたら嬉しいな』
送信すると、すぐに犬神さんからスタンプが返ってきた。
しばらくグループチャットを眺めてから、そっと画面を戻す。
友達一覧の中にある、一つの名前。
『越智隆之』
指先が、その名前の上で止まった。
入力欄へ指を触れる。
『今日はありがとう。楽しかった』
……こ、これだけなら変じゃないよね。
でも、送信ボタンを押そうとすると、指が止まってしまう。
(みんなで遊んだのに、越智くんだけに送るのって……変かな)
一文字ずつ消していく。
空っぽになった入力欄を見つめながら、小さく息を吐いた。
(何を送ればいいんだろう……)
結局、その名前を眺めているだけで、
時間だけが過ぎていった。
* * *
【5月17日(日)夜/越智家・自室/越智隆之】
夕食と風呂を済ませ、自室へ戻る。
今日一日歩き回ったせいか、体にはほどよい疲労が残っていた。
パソコンの電源を入れ、CLANFIELDへログインする。
クランチャットには、すでに新しいメッセージがいくつも並んでいた。
『C0c0r0n:今日はお疲れさま〜♪』
『KanDa00:早速、レイドでも行くか?』
『あまちゃん:ウチ、待ってたで〜!』
『ひよこ:いくいく〜!』
『Lunaria:じゃあ一周だけ』
昼は遊び尽くして、
夜はいつも通り、CLANFIELD。
そんな空気も悪くない。
それでも。
俺の頭の片隅には、ずっと引っ掛かっていることがあった。
――夢。
白い空間。
Lunaria。
そして、犬神神社。
レイドを一周だけ終え、メンバーが一人、また一人とログアウトしていく。
時計は午後十時を少し回っていた。
フレンドリストを見る。
『Lunaria オンライン』
少しだけ迷ってから、個別チャットを開く。
短くメッセージを打ち込んだ。
⸻
『たかちゃん:少し大事な話があるんだが』
⸻
送信。
すぐに既読が付く。
……返事がない。
(離席中か)
そう思った、その時だった。
⸻
『Lunaria:……え?』
『Lunaria:大事な話って……』
『Lunaria:今なん?』
⸻
立て続けに三件。
思わず首を傾げた。
そんなに驚く内容だっただろうか。
俺はそのまま返す。
⸻
『たかちゃん:時間があるなら』
⸻
数秒後。
通知音が鳴る。
⸻
『Lunaria:……ちょっと待って』
⸻
(?)
間を置いて、もう一度通知音が鳴る。
⸻
『Lunaria:じゃあVCにせん?』
⸻
文字より、その方が早いということか。
俺は短く返事を打つ。
⸻
『たかちゃん:分かった』
⸻
ヘッドセットを着け、VCへ接続する。
「……急に、どうしたん?」
Lunariaはどこか落ち着かない話し方だった。
「一つ確認したいことがある」
「う、うん……」
「何?」
少しだけ間を置く。
「俺と同じ夢を見たことはないか?」
数秒。
VCの向こうが静まり返る。
「……へっ?」
「た、た、たかちゃんの!?」
明らかに動揺した声だった。
「そうだ。この前、不思議な夢を見た。その中に、お前もいた」
「ふーん……」
「夢の中で話した、あの神社。
資料と照合した結果、過去の犬神神社と一致する可能性が高かった」
また少し沈黙が流れる。
「犬神神社? 知ってるけど。でも……夢でそんな話をした覚えはないわ」
少し間を置いて、Lunariaは続けた。
「そもそも、そんな夢なんて見てない」
「……そうか。急に悪かった」
「ううん。別にいいけど」
それだけ言葉を交わして、通話を終えた。
ヘッドセットを机へ置く。
思えば、あの妙にリアルな夢を見るようになったのは、Lunariaに触れてからだ。
Lunariaの様子を見る限り、嘘をついているようには思えない。
やはり、単なる夢だったのか――。
それでも……。
あの夢は現実と見紛うほど鮮明だった。
白い空間。
犬神神社。
そして、Lunariaとの会話。
どれも、不思議なくらい鮮明に思い出せる。
「……考えすぎか」
そう呟き、俺はクランフィールドの画面へ視線を戻した。




