第65話『打ち上げ日和 〜Connection Time〜』
【5月17日(日)昼/常盤町/PLAYX NODE TOKIWA《プレイクス ノード ときわ》/河田亜沙美】
テニス交流会を終えたあと、私たちは打ち上げの待ち合わせ場所で犬神さんと合流した。
「お待たせーっ!」
試合を終えたばかりとは思えないくらい元気な笑顔に、肩の力がふっと抜けた。
「それじゃ、いこっか」
ここへ来るのは、今日が初めてだった。
温泉もゲームセンターもボウリングもあって、
こんな場所へみんなと来られたことが、なんだか嬉しい。
四人で館内を歩いて、お目当ての食事処――
『湯あがり処 なごみ』へ向かった。
暖簾をくぐると――
案内された個室は、思っていたよりもずっと落ち着いた雰囲気だった。
木のぬくもりを感じるテーブルと、障子風の仕切り。
みんなで席に座ると、館内の賑やかさが嘘みたいに遠くなった。
ほっと息をつく。
「こういう和室って落ち着くね」
私がそう呟くと、犬神さんも辺りを見回しながら笑った。
「うんっ! なんか旅館みたいだよね〜!」
少し前までなら――
こんなふうに友達と笑いながら、ご飯を食べに行くなんて想像もしなかった。
そんな時間を過ごしている自分が、少しだけくすぐったい。
向かいには越智くんが座っていて、真剣な顔でメニューを選んでいる。
それだけなのに、つい目で追ってしまう。
(メガネ姿も、改めて見ると格好いいなぁ)
……目が合ったら、また変に意識しちゃいそうで。
照れ隠しに手元のメニューを開いた。
「……わぁ、結構いっぱいあるね」
「こういうの、すぐ決められないかも」
定食、丼物、お蕎麦にうどん。
温泉施設らしい和食がずらりと並んでいる。
「よしっ!」
犬神さんの声に顔を上げる。
「決めた!」
「えっ!? もう?」
まだ一ページも見終わってないのに。
犬神さんは勢いよくメニューを指差した。
「鶏むね肉のグリル定食! ブロッコリーが載ってる!」
「そこで決めたの!?」
自分でも驚くくらい、声が弾む。
「うんっ!」
即答だった。
「犬神さんって、そういう健康そうなメニュー選びそうだよね」
「えへへっ。試合のあとは、ちゃんと栄養も取らないと!」
「それに、こういうところで食べるブロッコリーって――なんか特別な気がするんだよねっ!」
神田くんが苦笑する。
「やっぱり基準はブロッコリーか」
「そう! 美味しいものは――正義ってやつだよっ!」
犬神さんは褒められたと思ったのか、満面の笑みで胸を張っている。
越智くんも少しだけ表情を和らげた。
「そこを誇れるのも、犬神らしいな」
「あはっ。それだけ好きなら、ブロッコリーも喜んでそうっ」
その言葉に、犬神さんは照れくさそうに「えへへ」と笑った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員さんがやって来る。
「はいっ! お願いします」
犬神さんの返事だけが、ひときわ元気だ。
みんなが順番に注文を伝えていく。
店員さんは注文を復唱すると、一礼して個室を後にした。
「それじゃ、さっきの続きなんだけど――」
犬神さんのブロッコリー談義は、まだまだ止まらない。
(ふふっ、また始まっちゃったね)
……そんな時間が、なんだか心地よかった。
*
しばらくして――
襖が静かに開き、店員さんが料理を運んできた。
「お待たせいたしました」
湯気の立つ定食が次々とテーブルへ並べられていく。
香ばしく焼き上がった魚の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。
揚げたての天ぷらは、さくりとした衣が食欲を誘い、
大きな唐揚げは、今にも肉汁があふれてきそうだった。
そして――。
「見て見てっ!」
犬神さんが嬉しそうに自分の定食を指差した。
「ブロッコリー! しかも梅おかかで味付けしてる!」
小鉢に添えられた緑色のブロッコリーを見つめる目は、おやつを前にした子犬みたいにきらきらと輝いていた。
「わぁ、美味しそう。
梅って疲労回復にもいいんだよね。試合のあとには、ぴったりかも」
待ってましたと言わんばかりに、犬神さんは勢いよく頷いた。
「うん!
疲れてるときほど、おいしいもの食べるのが一番だから!」
「美味しいものか……犬神の中じゃ、ブロッコリーはもう殿堂入りしてるだろ」
神田くんが呆れたように肩をすくめる。
「そこは譲れないもん!」
そんな話で盛り上がっているうちに――
気づけば、料理はすべてそろっていた。
「それじゃ――みんな、いいかな?」
私がウーロン茶のグラスを持ち上げると、みんなもそれぞれグラスを掲げた。
「中間テストも交流会も、お疲れさま〜!」
「かんぱーい!」
犬神さんが真っ先に声を上げ、四つのグラスが軽く触れ合う。
カラン、と澄んだ音が個室へ響き、みんなが一斉にグラスへ口をつけた。
「ぷはぁ……」
神田くんがぽつりと呟く。
「これは五臓六腑に染み渡るな」
一瞬だけ静まり返ったあと、私は思わず吹き出した。
「なんでそんなに貫禄あるの!?」
犬神さんも笑いながらツッコむ。
「ウーロン茶なのに!?」
「問題あるか?」
神田くんは真顔のまま首を傾げ、越智くんが苦笑する。
「言ってることは間違ってないんだけどな。
ウーロン茶でそのコメントは渋すぎる」
「そうか?」
神田くんはもう一口飲み、少しだけ考えてからぽつりと言った。
「……やっぱり染み渡るな」
「あはははっ! 神田くんって面白い!」
犬神さんの笑い声につられて、みんなの表情も自然とほころぶ。
「じゃ、冷めないうちに食べよっか」
「うんっ!」
「いただきます!」
四人はそれぞれ料理へ箸を伸ばした。
「ん〜っ、おいしい!」
犬神さんが最初に声を上げた。
「梅おかかブロッコリーも最高っ!」
「いい食いっぷりだな」
神田くんが呆れたように笑う。
「お腹すいてたし、ブロッコリーは裏切らないからね!」
「って……あれ?」
目をぱちぱちさせながら、犬神さんが首をかしげる。
「わたし、今日ずっとブロッコリーの話しかしてない!?」
「今さらだな」
越智くんがさらっと返す。
さっきから個室の中は笑いっぱなしだ。
こんな何気ない時間が、こんなにも楽しいなんて。
そんな穏やかな空気の中、みんなそれぞれ箸を進めていく。
犬神さんは味噌汁をひと口飲むと、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば――」
「みんな、中間テストはちゃんと赤点回避できたね!」
「打ち上げの条件だったからな」
神田くんが淡々と返す。
「よかったぁ。もし赤点だったら……あの白石先生の補習だよ〜?」
「それだけは避けられてよかった……」
私は思わず苦笑する。
「河田も頑張ってたからな」
越智くんが静かに言った。
「……うん。みんなのおかげで、なんとか」
「これで安心して遊べるよ〜っ!」
楽しそうにはしゃぐ犬神さんを見ていると、
今日の試合がふと頭に浮かぶ。
あと一歩、届かなかった――あの最後のショット。
「……ねぇ、犬神さん」
「ん?」
「今日の犬神さんの試合、本当にすごかったよ」
「……ありがと。でも最後、本当にあと少しだったのに……」
さっきまで賑やかだった個室が、少しだけ静かになった。
それでも、犬神さんの表情はもう前を向いていた。
「負けちゃったけど、
得たものもいっぱいあったと思うんだ」
「そうだな。胸張っていい試合だったと思うぞ」
神田くんがぽつりと言う。
その言葉に、越智くんも静かに頷いた。
「高橋先輩は最後まで犬神の判断を尊重していた。
……それが全てだ」
犬神さんは一瞬だけ目を丸くしたあと、照れたように笑う。
「……えへへ。そう言ってもらえると、嬉しいな」
その笑顔を見ていると、勝ち負けだけじゃない強さがあるんだって、改めて思う。
そんな犬神さんだから、私は応援したくなるんだよね。
*
食事もひと段落すると、それぞれが湯のみへ手を伸ばす。
私は何気なくテーブルの端に置かれた館内マップを手に取った。
「わぁ……」
広げてみると、思っていた以上に広い。
ゲームセンターだけじゃない。
ボウリング。
カラオケ。
温泉。
ゲームコーナー。
お土産売り場まである。
「結構広いね」
思わず声が漏れる。
犬神さんも身を乗り出してきた。
「ほんとだ! これ、はぐれたら大変そう!」
「犬神さんなら迷子になりそう」
「ならないもん!」
と、すぐに返ってきた。
「……多分」
「最後の『多分』で説得力がなくなったぞ」
神田くんが淡々と返す。
越智くんは館内マップへ目を落としたまま、
何か思い当たったように口を開く。
「そういえば」
「全員ではRINE交換してなかったよな」
「あっ」
そういえばそうだった。
犬神さんとは交換している。
でも、越智くんとも神田くんとも、まだだった。
「犬神が迷子になったときの連絡手段も必要だからな。
せっかくだし、交換しとくか」
神田くんがスマホを取り出す。
「もうっ!神田くん、子供扱いしないでよ〜っ!」
四人でテーブルの真ん中へスマホを寄せる。
「はいっ。まずはここからねっ」
犬神さんは自分のQRコードを表示して、みんなへスマホを向けた。
「犬神さん、こういうとき手際いいね」
「えへへ。
こうやってみんなと繋がれるのって、嬉しいよねっ」
順番に読み取りが終わるたび、
『友達が追加されました』
の表示がスマホへ並んでいく。
その中に、『越智隆之』の名前があった。
その名前を見つけた瞬間。
胸が、ふわっと高鳴った。
……越智くんとも交換、できた。
ただRINEを交換しただけなのに。
なんだか今日は、嬉しい思い出がまたひとつ増えた気がした。
「よしっ!」
犬神さんが嬉しそうに画面を操作する。
「グループも作っちゃうね!」
数秒後。
♪♪
四人のスマホがほぼ同時に鳴った。
グループ名は――
『5月17日 打ち上げ日和!』
「そのまんまかよっ」
神田くんが苦笑する。
「えへへ、分かりやすいでしょ?」
犬神さんは胸を張る。
「犬神なら、そういう名前を付けそうだ」
越智くんがそう言うと、犬神さんは照れくさそうに笑った。
『打ち上げ日和』――。
なんだか、この四人で過ごす時間がますます楽しみになってきた。




