5 幼い約束が、十年後の執着になる
時は十年前に遡る。
ジェラルド王太子は病に罹った。ベッドから出られずに、うんうん唸っていた。
難病で病名も分からなかった。医者も匙を投げたところ、隣国バルティカ王国の聖女様に助けを求める声が上がった。
王は勅使に宰相を命じて、バルティカ王国に向かわせた。
勅書を読んだバルティカ王は、ニンマリと笑った。
「聖女様のご加護が欲しいとあるが……この提案は本当なのか?」
「はい。わがシェフィールド海洋国家の国宝──契約の古剣レガリアをお譲りします」
「なぜだ。レガリアがなければシェフィールド海洋国家の正統性が無くなるんだぞ」
「王の地位よりも王太子殿下の命が大事だと言うことであります」
「……よしわかった。聖女様をそなたの国に派遣しよう」
「それには及びません。王太子殿下はバルティカ王国に連れて来ております」
「なんだと!」
「一刻も早く聖女様の治療をお願いします」
宰相は膝を屈して床に額を付けた。
リータ聖女様がジェラルド王太子の部屋に入った。
ベッドで横になった十歳の男の子が、虚ろな目でリータを見た。
「聖女様なの? 僕を助けてくれるの」
右手を弱々しく差し出した。
リータ聖女様はその手を両手で握りしめた。汗ばんだ手のひらも気にしなかった。
「アワワ、本物の聖女様だ」
「リータと呼んでください。ジェラルド王太子様」
リータはジェラルド王太子の手をドレスの服地の上から自分の胸に当てた。
思わず手を引っ込めそうになったジェラルドを、リータは叱りつけた。
「駄目です! 私の心臓の鼓動を手のひらから直接感じるのです。それが病気を治す治療です」
「えっ、まさか生で触れるの?」
「当然です。何か問題ありますか?」
そう言ったリータはドレスの胸のボタンを外した。
「聖女様、待ってください。目が潰れます! 僕、元気になりました」
「じゃ、病気は治ったのね。良かった」
リータは満面の笑みを浮かべた。
**********
ジェラルド王太子の病気は、“恋わずらい”だったのだ。
以前、外交使節団がバルティカ王国から戻って来たとき、リータ聖女様の肖像画を持って帰った。
その肖像画を見たジェラルド王太子は、心臓が飛び出すようなショックを受けた。
(こんな綺麗な人が聖女様なのか……会ってみたい)
十歳の子供の淡い恋というなかれ、ジェラルドの初恋だったのだ。
ジェラルドは朝から晩まで肖像画を眺めて、深いため息をついた。
そして熱が出た。
朝から晩まで聖女様のことで頭が一杯だった。一目会いたい。会って僕の恋心を伝えたい。隣国バルティカ王国とは領土をめぐる問題もあって微妙な関係。会いたくても会えないことがフラストレーションになって、ジェラルド王太子は寝込んでしまった。
ガリアーニ宰相は、医師からの報告を受けて直接対面し、聖女様に対する思いを聞いた。
ジェラルド王太子にとって兄のような存在のガリアーニ宰相に、全てを告白した。
十歳の子供の恋心に誠実に向き合うガリアーニ。からかうことも冷やかすこともしない。ただジェラルド王太子の言葉を真剣に受け止めた。
「……でしたら、このまま病気で押し通して聖女様に診てもらうのはどうですか? こちらから折れることで、バルティカ王国の面子が保たれるでしょうから、上手くいくかもしれません」
「ガリアーニ、お願いします」
ジェラルド王太子はベッドから飛び起きた。嬉しくてたまらないという笑顔だった。
「殿下、それでは病人に見えません!」
ガリアーニ宰相は呆れたように言った。
「あっ、ごめんなさい。へへへ」
ジェラルド王太子は頭をかいた。
**********
「リータ聖女様、僕の病気は恋わずらいです」
「えっ」
「聖女様にずっと恋していました。将来、僕と結婚してください!」
リータは戸惑った。生まれて初めての告白が、王太子といえど十歳の子供だったからだ。
でも無下にできない。子供といえど隣国シェフィールド海洋国家の王太子だ。粗相があって隣国との関係が悪くなってはいけない。そのことは重々承知していた。
「そうね。殿下が二十歳になったとき、私は二十六です。その時私が行き遅れて独身であったら、よろしくお願いします」
「約束だよ、絶対!」
リータは遠回しに断ったつもりだった。
――ジェラルド王太子は二十歳になる頃には魅力的な男性になってるに違いない。貴族界隈で素敵な女性を見つけて、私のことなど完全に忘れてしまうでしょう。
十年後は、二十歳と二十六歳。六歳上のお姉さんにいつまでも執着が続くとは思えないわ。
しかし、その思惑は見事に外れた。




