4 聖女が見た隣国の真実
「聖女様の要望を叶えてやる」
ジェラルド王太子が言った。
「これから好きなだけ治療させてやる。感謝しろよ」
ジェラルド王太子は各国から病気の貴族を呼び寄せた。
《聖女様、治療ツアー》だ。
それで高額の治療費で国庫を稼いだ。
なにしろ本物の聖女様だ。病人をほっとけない。いくら気のすまない病人であっても、回復すると心から満足した。
――そうよ。身分なんて関係ない。病人がそこにいれば治療する。それが私の生きがいであり天命だ。それは絶対に揺るがない。
リータは考えた。
外国の貴族を治療するだけではいけない。この国の王宮の外には、私を待ってる人たちが大勢いるはずだ。その人たちをほっとけない。
リータは侍女のエンマに協力を頼んだ。エンマは喜んで手伝ってくれた。
「明日の昼から夕方まで部屋に籠って女神様と交信を行います。決して部屋には入らないでください。」
リータがジェラルド王太子に言った。
「食事はどうする?」
「断食を行います。儀式の間は飲み食いはいたしません」
「わかった……侍女長に伝えておく」
ジェラルド王太子は仏頂面で言った。
翌日、昼前にエンマが部屋にやって来た。背嚢を床に下ろして中身を取り出した。
《メイド服だった》
「用意出来ましたけど、私のサイズで大丈夫ですか?」
「背格好がエンマと似ているから、多分大丈夫と思う」
実際、エンマに手伝ってもらって着替え、姿見に全身を晒すと、ピッタリのサイズだった。
「どう、似合うかしら?」
「こんな綺麗な侍女はいません!」
エンマは感極まって泣きそうになった。
――メイド服もいいわね。私はドレスだってシンプルなのが好きなのよ。ジェラルド王太子はちょっと不機嫌になるけどね。
そして髪を結んで茶髪のウィッグを付けた。金髪が隠れて別人になった。
リータ聖女様の傍付き侍女は、王宮から自由に外出できた。
「聖女様からお買い物を頼まれました」
門番が外出申請書のサインを確認して通してくれた。
二人は王宮を徒歩で出て、乗り合い馬車に乗った。
王都の馬車の停留所で二人は降りた。
リータは侍女に変装して町を歩いたら、人々の顔が妙に明るいことに気づいた。町そのものに活気があった。
町の至る所に港に繋がる川があって、船で荷物を運んでいた。荷馬車が通りを行き交う。この国の経済は順調のようだ。
そして、どこにも死体は転がっていない。
――シェフィールド海洋国家は『王都民は飢えて道端に死体が転がっている』じゃなかったの? どういうことなの。
「町の様子って……こんなのかしら」
「はい、賑やかですね。港付近はもっと騒がしいです」
エンマが言った。
「あら、侍女さんかえ」
老婆が近づいて、一輪の花をリータに差し出した。
「受け取っておくれ」
「いくらです?」
「無料じゃよ。ジェラルド王太子が聖女様と結婚式を挙げたの知っとるじゃろ。町中で話題になっている。それが嬉しくて花を配ってるのじゃ」
「ありがとうございます」
「何であんたがお礼を言うんじゃ?」
「王宮でお勤めをしているからです」
「やっぱりそうか。王宮は侍女さえも高貴な顔をしておるのー」
お婆さんはジロジロとリータの顔を見た。
「王都はともかく、地方では伝染病が流行ってるのですか?」
「伝染病? この国は衛生環境が段違いに整っておるからのー。そんな疾病の流行は聞いたことがないわ、ハハハ」
老婆が行ってしまった。
「エンマ、今の話はほんとなの?」
「はい。伝染病は聞いたことはなかったです。もちろん病気はいくらでもありますけど、この国の医療は発達しているので安心していられます」
その時、リータの心の中の鏡がひび割れた。
バキバキと無惨にも飛び散った心の鏡の欠片。
それが自分の一部のような気がした。
――もしかして、私の思っていたことは“逆”なんじゃないの。
それを確かめるには、ジェラルド王太子に直接聞くしかない。
夕方、王宮に戻ったリータ聖女様。部屋に戻って元のドレス姿に着替えた。
そして向かった先は、ジェラルド王太子の部屋だ。侍女長から、公務を終えた王太子が部屋にいると聞いた。
リータはドアをノックした。
名前を告げると「入れ」の声がドア越しから返ってきた。




