3 軟禁された聖女と、唯一の味方エンマ
結婚生活は地獄だった。
王宮ではやることがない。ジェラルド王太子の妻として、侍女や下僕たちがかしこまる生活。そんなものはリータは望んでいない。ただひたすらに患者の治療がしたかった。
もともとリータのバルティカ王国とシェフィールド海洋国家は、隣国でありながら深い交流はなかった。
リータはバルティカ王から、隣国は腐敗政治で国民が困窮して病気が蔓延していると聞かされていた。税負担で国民は食うものがなく、王都民は飢えて道端に死体が転がっていると。
――恐ろしい国、シェフィールド海洋国家。でも困窮して病人がいるのなら、聖女である私が診なければならない。その思いがずっとあった。
三年前からシェフィールド海洋国家の救護院のシスターから手紙が来るようになった。
『聖女様、わが国のシェフィールド海洋国家では伝染病が蔓延しています。どうかお助け下さい』と。
その手紙が何度となく届いた。
リータはバルティカ王に面会して、シェフィールド海洋国家に行かせてほしいと懇願した。けれど駄目だった。
「聖女様をあのような恐ろしい国に行かせられません」
バルティカ王は首を振った。
ところが二年ほど前から風向きが変わった。
シェフィールド海洋国家から様々な贈り物が王に届いた。宝石や貴金属類。さらに海の向こうの外国からの珍品に王は歓喜した。鎖国状態のバルティカ王国とシェフィールド海洋国家に、再び交流が始まった。
「シェフィールド海洋国家は、わが国の偉大さに膝を屈したようだわ、ガハハハ。いい傾向だ」
リータ聖女様は、機嫌の良いバルティカ王に再びシェフィールド海洋国家へ行かせてもらえるように懇願した。
リータのもとに届いた手紙には、女の子の母親が病気で苦しんでいると書いてあった。
女の子の自画像の絵とつたない文字が心を打った。リータは一刻も早く隣国に行って治療することしか考えていなかった。
「よし行ってもいいぞ。バルティカ王国の聖女様はここにありと、大陸中の国々に宣伝してくれ」
バルティカ王がそう言って機嫌よく送り出してくれた。
リータはバルティカ王に感謝の言葉を述べて、馬車に乗り込んだ。
結婚式から三ヶ月経った。
何度かリータはシェフィールド海洋国家の王宮から出て、人々を治療しようとした。その度に見つかって連れ戻された。
「こうなったらお前を軟禁する」
ジェラルド王太子は、離宮にリータ聖女様を閉じ込めた。
ジェラルド王太子と結婚式を挙げたけれど、それは脅迫され、騙されたからだ。
ジェラルド王太子の悪辣さにリータは嫌悪した。
結婚したのに男女の関係はなかった。ジェラルド王太子が寝室に来ることはなかった。
――だったらなぜ私と結婚したのかしら? そんなに私は魅力がないの。
と複雑な気持ちだった。
リータは侍女長から、傍付きの侍女を選ぶように言われた。
五人の候補から一番若い十六歳のエンマに決めた。侍女になって一年だから、王宮の色に染まってなさそうだった。
エンマは身の回りの世話から話し相手になってくれた。
「聖女様、なんで私を選んだのですか?」
ある日、髪を結ってもらった背後から唐突に聞かれた。
「先輩たちから妬まれるんですよ。一番要領の悪いお前が傍付き侍女なんて許せないって」
「虐められたの?」
「そうじゃないけど、嫉妬ですよ。新米なのに聖女様の側にいるのが気に食わないのです。聖女様、どうして私を選んだんですか?」
「うーん、可愛いから」
「嘘。あたし、そんなに可愛くないし」
リータは鏡の向こうのエンマを見た。
エンマは顔半分を隠していた黒髪を上げて首を見せた。首に“青い痣”があった。
「これのせいで自信が持てません。人混みを歩くのにも気を使います」
リータは振り返ってエンマの首に手のひらを当てた。
ジュッと首に熱が来た。エンマは一瞬怯んだ。火傷するのではと。
「そのまま動かないで!」
すると熱さが無くなった。すーと首元に爽やかな風が吹いた。
「終わったわ。鏡を見てね」
エンマの首の青い痣が消えていた。
「き、奇跡です。聖女様、ありがとうございました!」
「これで自信を持って歩けるわね」
リータは笑った。
その言葉にエンマは感激した。ポロポロと涙がこぼれ落ちた。




