2.とある記録の始まり(1)
1.既視感と記憶の欠片
奇妙な既視感、みたことない風景、知らない顔、吸わない紙巻きタバコの煙の香り。
白くて丸い惑星の表面。
そして、黒い何か。
他人の記憶を夢で見たようなそんな気分をなんと表現すればいいのか。
自分ではないのに自分自身のような感覚が妙に生々しい。
少し微睡んでいたというよりぼーっとしたのに近い感覚。
そこから覚めた俺は白いテーブルの上にあるグラサンを手に取り周囲を見回す。
奇妙な既視感のことはすっかり忘れてしまう。
燦々と光り輝く太陽はグラサンをしていても手をかざしたくなるほど眩く、打ち寄せる波のそのリズムと音域は時間の流れを曖昧にさせる。
切り取れば永遠だが永遠とは静止した世界。
少し向こうのほうに氷と書かれた看板、氷旗というらしいがゆらゆらしているのがみえる。
そのほったて小屋に群がる際どい水着の女の子たち。
その姿を遠目に見やる男の子たちは何故か皆丸坊主だ。
遠くには家族連れやアベックがちらほら見える。
一人の少女が眩しい太陽に目を細め日光を全身に浴びながら太陽よりも眩しい笑顔を振り撒き踊るように歩いている。
少女は周囲の視線を集めているだけでなく、太陽の光も集めているかの如くキラキラして意味ありげな視線を俺に投げかけてくる。
派手で大きなパラソルが少し斜めに砂浜へ突き立てられ、濃く大きな影を作っていた。
その影の中にビーチチェアと白いテーブル。
あとは「BEER」と書かれた缶、それと無骨な機械が鎮座していて、その機械から歌が流れてくる。
「挨拶するのよ、海風に……」
その歌声はとても透き通っていて、それでいて儚げな色気を含んでいた。
俺はレイバンのグラサンをひっかけ、大きな赤いハイビスカスをあしらった水色のアロハシャツのボタンを全開にして、黒いハーフパンツという出立ち。
なんというか少し露出が多く小っ恥ずかしい。
白いビーチチェアにふんぞり返り、大判タブロイドの写真を眺めていた。
一枚は大きな、多分どこかの惑星の表面と思われる写真。
青白く、表面にはさまざまなクレーターが存在するが、写真だけではそのサイズまでは不明だ。
その中でも一際大きなクレーターが目を引く。何がぶつかればこんなものができるのか、このサイズからしてよく惑星自体が破壊されなかったものだと不思議に思えるほどだ。
そしてクレーターの位置に偏りがあるのは、公転方向の影響なのだろうか——という疑問が湧く。
まぁ写真だけでは分からん。
右下に --20xx 07/28 23:55-- という表示がある。
現在の暦は標準暦。
Unix時間が32ビットの限界を迎えたことと、量子コンピュータの発達によって一度リセットされた際、新たに定義された暦だ。
もっとも、セシウム133の遷移振動に基づく「1秒」の定義は昔から一瞬たりとも変わっていない。
ちなみに、太陽暦と七曜もそのまま引き継がれている。
そうでもしないと人間の生活リズムが遺伝的記憶のせいで新しい時間の刻み方に適応できなかったからだ。
一説には新たに設計し直して浸透させるにはとんでもないコストと当時の人口が増えすぎていたからだとも言われている。
そして現在は標準暦27年。西暦に換算すると2268年だ。
桁数からすれば、これは200年以上前の西暦表記だと思われる。
さらにもう一枚の写真。そこには浜辺の古びたコテージが写っており、ウッドデッキの手すりに一人の少女が頬杖をついていた。
夕日に照らされたその表情は、微笑んでいるようにも憂いているようにも見える。
先ほど踊るように歩いていた少女にどこか似ていた。
沈みゆく夕陽が少女を照らしているのか少女が夕暮れを眺めているのか、主客の境目は定かではない。
だがそこには、一夏の思い出、過ぎ去りし日々、二度と来ない夏、忘れられない夏、忘れたい夏——そんな一幕を綺麗に切り取ったかのようなリアルさがあった。
2枚の写真に関連性はない、なぜそこにあったのかもわからない。
その写真を白いテーブルに戻して同居人の用意したソース焼きそばをぱくつきながら缶ビールをくびりとやった。
「うまい」
と一言呟いた。




